少年が寝ている間に何が起きたか⑤ 別離、一方その頃
【黒炎不死鳥】の復活で致命的だったのは、黒剣騎士団の包囲が崩れたことだった。
『A AA AAA……』
「うあ……わあああ、あああ!!」
「いやだあ!!!助けてくれぇ!!」
不死鳥復活前の活性化で黒炎に飲まれた、黒炎鬼となった仲間達を前に騎士団は恐慌状態に陥っていた。
ビーカンが一瞬で飲まれたときはまだマシだった。彼自身が鬼になる間もなく灰燼になったこと、なによりもあまりにも一瞬の出来事だったため、騎士団が恐怖を感じている暇が無かったからだ。
しかし、今回は違う。勝利したと勘違いし、浮かれ、高揚した所に叩きつけられた恐怖は、彼らの士気を一気に崩壊させてしまった。何よりも仲間が鬼になった姿を間近で目撃してしまったのが何よりも最悪だ。
「あいつらはもう使い物にならんな……」
逃げ始める黒剣騎士団の様子を見て、ボルドーは苦々しくその状態を評した。
ボルドーが黒炎払いを率いるとき最も注意するのが仲間の黒炎鬼化だ。単純に味方が減り、敵が増えるというだけの話ではない。それが発生した瞬間、味方の士気は致命的なレベルで低下するのだ。場合によっては再起不能になるまでに。
最初から敵だった相手には剣を振るえる。
だが、味方だった者に剣を振るえる者は希だ。
この半年、黒炎払いは快進撃を続けていた。
死者もゼロの圧倒的な快勝の連続。「何故最初からそうしなかった?」と言われたこともあった。だが、その認識は間違いだ。そもそもこの黒炎砂漠では「快勝でなければならない」のだ。
一人でも死者を出せば、その味方が鬼となる可能性が極めて高い。
そして、もしもそうなってしまったら、現場の士気は致命的なレベルで下がる。どれだけ快勝していても、そのたった一度の失敗でマイナスにまで到達する。そうなればもう立ちあがれない。
この砂漠はそういう戦いを強いられる。
そしてそれが今起こってしまった。
「う……」
「ま、不味いぞ……!?」
部下の黒炎払い達からも怖じ気を感じ取る。10年前を知る彼等にとってもあの現象はまさにトラウマだ。ひたすらに自衛に努めていた間にも犠牲者が出なかったわけではないが、安全を確保された状況と今とでは全く別だ。
ボルドーはこの遠征が大失敗に終わったことを悟った。ボルドーはクウへと視線をやった。
「撤退する。文句は無いな」
「ええ、勿論。ただ……」
そう言ってクウはちらりと、黒剣騎士団達が逃げていく背後で、凄まじい黒炎をまき散らしながら吼え猛る不死鳥を見た。不死鳥は騎士団達を次々と焼き払い、鬼にしていきながら、やがて逃げた先に居たボルドー達に目を向けた。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
「アレから、逃げられるなら、だけど」
「【竜殺し】用意!!!」
ボルドーは鋭い声で叫んだ。混乱した状況で硬直していた黒炎払い達が隊長の声に意識を引き戻される。敵がどのような姿形であろうとも、相手は黒炎鬼であり、その立ち向かい方を彼らは知っている。精神的な動揺がどれほどあろうとも、経験を積んだ肉体は乱れない。
「倒すことは考えるな!【竜殺し】は自衛のみに使うことを許可する!敵の感知能力と感知範囲を下がり速やかに撤退するぞ!!!レイは後方の待機部隊にこのことを伝えろ!」
「了解!!!」
「騎士団どもも鬼化している!空ばかり見上げて足下の警戒を怠るな!!」
指示と同時に黒炎払い達は動きはじめる。ボルドーは不死鳥を睨む。
「苦労して此処までたどりついたのだ!!!こんなところで死ぬんじゃないぞ!!!」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
間もなく黒炎不死鳥も動き出した。巨大な翼を羽ばたかせると共に、周囲に黒い炎がまき散らされる。単純な特性は黒炎鳥にも似ているがその規模があまりにも違う。しかも奴は空を飛ぶ。機動力が異常だ。下手すればいつまでも感知範囲から逃げられないこともあるかもしれない。
被害無しで逃げられるか?!
最悪の場合、囮となってあのバケモノを惹きつける必要があるとボルドーは覚悟した。
「【影結び】」
『AAAAA!!?』
だが、直後にクウが不意に足下の自分の影へと手の平を伸ばす。
ボルドーが何事かと目を見開くと、途端、空へと飛び立とうとした不死鳥の身体が停止した。不死鳥の足下の影から、真っ黒い手の形をした何かが不死鳥の身体を掴み、捕らえたのだ。
「クウ!!」
「急いで撤退することを勧めるわ。長くは保たないから」
そう言うクウの表情には冷や汗が浮かんでいた。実際、不死鳥も自分を掴む影を鬱陶しそうに振り払おうと暴れている。そのたびに影は歪な音を立て始めていた。ボルドーは彼女の意図を理解し、撤退を再度指示する。
「急ぐぞ!!」
「ああ、そうだボルドー」
最後に振り返ると、クウは依然としてその場に留まっていた。早く逃げろと伝えるつもりだったが、彼女は動かない。手の平を自分の影から離さない。そうしなければあの拘束術は使えないらしい。
だが、それは詰まるところ、彼女は殿を務めるということだ。最後に振り返ったとき、クウは何時も通り、妖しげな表情で語った。
「ウルに、私の仇をよろしくと伝えておいてね」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
同時に不死鳥の声が響いた。黒炎の嵐がやって来る。それに一瞬で飲み込まれる彼女を見たボルドーは今度こそ前を向き、部下達と共に全力で後退した。
背後では不死鳥の背筋の凍るような鳴き声と、黒剣騎士団達の悲鳴だけが聞こえてきた。
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【地下牢・黒炎払い本部】
「以上が、【灰都ラース】で起こった状況だ」
「…………」
身体が回復し、起き上がることが出来るようになったウルは、改めてラースで起こった状況を帰還したボルドー達に確認した。彼らが戻ってきたのはウルが目を覚ました直前だったらしく、彼らもまた随分と疲弊していた。
聞いた内容としては、事前にガザに聞いていたものと殆ど変わりは無い。最後のクウの遺言じみた言葉以外は。
「クウは結局戻らずか。なんで俺に託すんだか……」
ウルは溜息をついた。ただでさえ一気に変化した状況を理解するのに必死だというのに、また重たいものを託されてしまった。が、彼女のお陰で最も重要な戦力であるボルドー達が無傷で帰還したのだから、蔑ろにもしづらかった。
「……んで、黒剣騎士団達は壊滅と」
「ビーカンの阿呆が、自分の仲間や信頼できる相手をつれて出て、そしてそいつらと一緒に丸ごと燃えたからな。しかも黒剣を実質切り盛りしていたクウも消えた。指揮統制が崩壊している」
此処では本塔の情報が入ってくる事は少ないため、一体どのような有様になっているか不明だ。しかし、本塔と地下牢を唯一繋ぐ通路の向こうから聞こえてくる騒乱と罵声、混乱の声はずっと響いている。どのような悲惨な状態になっているか想像もつかない。
「なんつーかクウは兎も角、ろくに【焦牢】に顔出さない役立たずだと思ってたけど、居る意味は一応あったんだなあ……ビーカン」
「組織という集まりである以上はな」
ガザの変に感心したような言葉にボルドーは同意する。ビーカンの焼失は正直言ってウル達の心境になんら変化や驚きを与えることは無かったし、なんならスッキリしたと言っても良いくらいだ。だが、その結果もたらされる混乱は他人事では無かった。
「……で、そうなるとやっぱ【地下牢】の状態も酷いのか?」
ウルは癒務室から【黒炎払い】の本拠地まで直行で来ていた。黒炎の呪いを可能な限りまとめて隔離する目的上、癒務室と【黒炎払い本拠地】はほど近い。ほぼ直通だった。故に地下牢の様相というのはウルはまだ殆ど目撃していない。できれば、アナスタシア達の無事は確認しておきたかった。
ボルドーが首を横に振った。
「すまんが、地下牢に関しては、俺たちも殆ど状態は確認していない」
「まあ、バカみたいな喧嘩は起こってないみたいだけど」
確かに、今の地下牢は静かだ。地下空間故に音は良く響く。誰かが騒ぎを起こせばすぐに何処でなにが起こっているか分かるものだ。今は何も聞こえない。
とはいえ、それが何の保証になるわけでもない。直接確認に行くか、と、ウルが立ち上がった時だった。
「おお、ウル、此処に居たのかよぉ」
「っと、ペリィか?」
ウルの職場、魔法薬製造所で働くペリィが黒炎払いの本拠地に姿を現した。ペリィはウルの姿を見てほっと肩をなで下ろした。
「癒務室の爺が「アイツはもう行っちまった」とか紛らわしい言い方したからビビったぁ」
「ああ、済まん。だが丁度良いや。ペリィ」
地下牢の状況を知るにはうってつけの相手だった。ウルは尋ねた。
「今地下牢はどうなってる?混乱してるか?アナは無事か?」
「あーんー………そうだなぁ」
するとペリィは少々困ったような顔になった。少しウルを不安にさせたが、少なくととも悲劇に口を噤んでいるとかそう言った様子ではない。どう説明するべきか悩んでいる様子だ。そしてやがて頭をかき回すと、
「あー説明面倒くせぇや。ウルもお前等も一緒に来いよぉ。直接見せてやるよぉ」
「いや、何をだよ」
「地下牢の現状だよぉ」
そう言うペリィの表情は困惑に満ち満ちていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
黒炎払いと共に地下牢の様子を見るために飛び出したウルだったが、正直を言えばそこまで驚くようなことは起こるまい、とたかを括っていた。
そもそもウルが地下牢を離れたのは黒炎砂漠8層目の攻略を行う遠征のために此処を発ってから。そして黒炎蜥蜴の吐息に飲まれて【焦牢】に戻ってからも意識を失い続けた数日間である。
8層目の行き来のための時間を含めるとだいたい約十日だ。勿論その間に黒剣騎士団壊滅というビッグイベントが起こったのは起こったのだが、かといってそう簡単に同レベルの異変がホイホイ起こってたまるか――――という、甘い見積もりをウルはしていた。
そしてその甘い考え方をウルは即座に自覚した。
「……やけに静かだな」
「今って日暮れ時だろ?仕事終わってる奴ら多いんじゃねえのか?」
ウルとガザがキョロキョロと周囲を見渡す。地下牢内は静かだった。静かすぎた。何時もの囚人達の雑多な声がどこからも聞こえない。特にここ半年、【黒炎払い】達の活躍により地下牢の活気と荒れ具合は以前よりも更に増していた。囚人達が集まる時間帯になれば自然とどこからか喧嘩の声が聞こえていたくらいである。
それがない。まるで地下牢が無人になってしまったかのようだ。
「今は集会場にいるからなぁ。皆」
「集会場?ダヴィネがまた無茶を言っているのか?」
ボルドーが問う。確かに、いくらかカリスマが落ちているとはいえ、現在の地下牢の囚人達全員を自由に動かせるような力を持つのはダヴィネくらいだ。彼の顔が頭に浮かぶのは当然の流れだった。
しかしペリィは首を横にふる。
「ちげぇんだよなぁ。まあ見たら分かるよぉ」
ボルドーが訝しがるが、しかし、間もなくその集会場へとたどり着く。ペリィは答えを口にしないまま扉に手をかけて、1度振り返った。
「静かになぁ」
は?と全員が疑問に思っている間に扉が開け放たれる。そしてその先の集会場を前にして、先の疑問の答えと、更なる疑問が待っていた。
「……………どういう状況だコレ」
ウルは小さく囁いた。
「………………」
ウル達の目の前には囚人達が集まっていた。彼らは全員、声も出さず、音も立てず、両の手を合わせて静かに沈黙し続けていた。その状況はウルも見覚えがある。
神殿での祈りの儀式だ。精霊達に祈りを捧げ、力を溜めて、その力を神官達が活用するための都市民の義務。それ自体は、この世界ではありふれた光景の一つだ。
問題は、此処が地下牢で、彼らが囚人達であるという点である。当然、今日までの地下牢でウルはこんな風に囚人達が地下牢で祈りの儀式を行う姿など見たことが無い。地下牢では祈りの力が弱い名無しが多数派な上、そもそも祈ったところでその力を使う対象がいない。焦牢に備わる小規模の太陽の結界の維持は本塔の連中が行っているらしいし、結局祈りを捧ぐ理由がなかった。
だが、彼らは今は祈っている。それも嫌々という様子ではない。慣れていない者も多いからか、不細工な姿勢の者も多かったが、それでも真剣だった。異様に思えるほどに。
「……あれ、見て」
しかも、レイが囁き指さす先には、【探鉱隊】所属の土人達の姿があった。それだけではない。【魔女釜】の魔術師達も、【地下工房】のダヴィネの部下達も、地下牢に暮らすあらゆる勢力がこの場所に集まり、そして喧嘩もせずに一心に祈っているのだ。
「……いや、どうなってんだよこれ」
ガザは不気味そうだ。他の黒炎払いのメンバーも同様だった。しかしそんな中、ボルドーだけが恐れとは別の表情を浮かべていた。
「……まさか」
そして同時に、ウルもまたこの状況に心当たりが一つあった。ウルは前へと行くペリィに尋ねた。
「おい、ペリィ。“あいつ”何処だ」
「こっちだよぉ」
ペリィは頷いて、囚人達の祈りを邪魔しないように回り込むようにして集会場を進んでいった。ウルは黙ってそれについていく。途中、グラージャやフライタンといった者達まで彼らに並び祈りを捧げているところをみてウルは驚いたが、今は無視した。
そして、集会場の奧の玉座にたどり着く。そこにはダヴィネが腰掛けて――――居なかった。ダヴィネは玉座の隣りで、他の囚人達と同じように祈りを捧げている。そして彼の代わりに玉座に座っているのは、
「ああ、ウル、くん。目が覚めて、良かった」
廃聖女アナスタシアが心の底から安堵した様子で、微笑みをうかべていた。
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