少年が寝ている間に何が起きたか④ クロノトリ
「団長!?!!なんだ!?なんだ!!!」
突如とした魔物の襲撃、そして無様であっても指揮官である騎士団長が突如灰燼となった異常事態は、黒剣騎士達を驚愕させるに十分な破壊力があった。一体なにが起きたのか、現場と間近であった彼らには予想も付かなかった。
ビーカン団長の真上から、突如として三メートルくらいの黒い炎が突撃し、彼を一瞬で焼き払った。それが巨大な鳥の姿をしていたと認識出来た者は居なかった。それを目視で確認するには距離が近すぎた。
分かっているのは団長が死んだこと。そして恐らく敵が襲撃してきたこと。
《【竜殺し】を放ちなさい》
不意に、彼らの足下から声がした。それはクウの声だ。黒剣騎士達の影にも彼女は自らの使い魔を仕込み、迷宮を探索する際は分断された部隊を的確に指揮していた。
元々【黒剣騎士団】達を指示し動かしていたのはビーカンではなく彼女だった。故にビーカンの焼死は衝撃であったが、しかし彼らの指揮系統に混乱は生じなかった。
「投擲しろ!!」
黒剣騎士達が竜殺しを投げる。
ビーカンと違い、選出された彼らは騎士としての鍛錬は行ってきた。腐敗した黒剣騎士団の中でも実務部隊の者達だ。時として都市国の外で暴れるような犯罪者達を相手にする事もあるくらいだ。少なくとも竜殺しを投げつけるだけの技術は持ち合わせている。
故に、突如舞い降りた巨大なる黒い炎、黒い炎を纏った巨鳥に槍を投げつけることにも成功した。炎の揺らめきと実体の区別が見分けづらく幾つかは外れたものの、残る竜殺しは全て巨大な鳥に直撃した。
『AAAAAAAAAAAAAAA!!!』
巨大な鳥はうめき声を上げる。
間違いなく強力な魔物だったが、大きさ自体は魔物にしては平均を上回る程度だった。炎の揺らめきが大きく見せているだけで、それが無くなればもっと小さいかも知れない。だがそれ以上に魔物それ自体が放つ圧力があまりにも違った。炎の揺らめきのその奧で見える瞳が、騎士達を竦ませるほどだった。
だが、だからこそ今が好機だった。その凶鳥は今、飛翔という自分の武器を捨てて、ビーカンを殺すためだけに下に降りてきたのだ。
《飛び立たせないで。団長の犠牲を無駄にしてはいけないわ》
指示のままに、黒剣騎士団は竜殺しを投げつける。
相手がどれほどの脅威であっても、どれだけの強さだろうと、【黒炎】を纏っている以上、【竜殺し】は有効だ。
「何もさせるなあ!!!殺せえ!!!」
間もなく竜殺しそのものが尽きれば矢と魔術を放ち続けた。一切の間断なく攻撃を続けた。それだけの備えが用意されていた。影から次々と武器や矢弾の補充が行われた。
【焦烏】のクウによる隙の無い的確な指示と補充は、黒剣騎士団達を圧倒的な戦力へと一時的に押し上げていた。
【黒炎払い】達では実行困難な、数と物量による一方的な殲滅がそこにはあった。
そして、
『AAAAAAA……… 』
黒炎の巨大鳥は倒れ伏した。その場で歓声が沸いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……凄まじいな」
その光景を【黒剣騎士団】の包囲の外から待機して眺めていたボルドーは、黒剣騎士団達の恐るべき物量攻撃と、それを一切乱れなく指揮したクウの手腕に素直な賞賛を口にした。
事実、それは素晴らしい連係だった。凄まじい攻撃だった。戦闘というものは、単純に物量があれば勝てるというものではない。戦士や、物資が増えれば増えるだけ、それを淀みなく扱うには的確な指揮が必要となる
それをクウは一人でやってのけた。
地下牢で影の魔術による諜報活動の能力ばかりに気を取られていたが、彼女の能力はそれ以上に油断ならないものであるらしい。ボルドーは自分の隣で微笑むクウへの見方を改めた。彼女は決して、権益を啜ることを目的とした妖女というだけではないらしい。
そして、彼女の指揮の下、黒剣騎士団は勝利した。たった一人の犠牲――それも手痛くない犠牲――で、あの謎の巨鳥を一瞬の反撃も無く撃破出来たのだ。快勝と言っても良いだろう。
「…………まさか」
だが、その勝利を導いたクウは、何時もの妖しげな笑みを伏せ、竜殺しが大量に突き刺さって、血に塗れて絶命した巨鳥を睨み続けている。
「どうした?」
「――――昔、大罪都市ラースには、神獣がいたの」
「……なに?」
突然クウが話し出す。何の話だというボルドーの疑問をよそに、クウは会話を続けた。強く眉を顰める。予期せぬ事が起きてしまったかのように。
「精霊による栄華と繁栄を極めていたラースは、その力でもって、一体の強大な使い魔を産みだそうとしたの。【竜吞ウーガ】とはまた別の方法でね」
「ウーガ…?」
外の情報を持たないボルドーには“ウーガ”という名称には一つもピンとこなかった。だが、それも無視してクウは更に言葉を重ねる。
「四元の精霊達の力を集めて、束ねて、調和させた。そして生み出したの。賢く、優しく、そして強い。あらゆる外敵を焼き払う――――そして何より」
不意に、視界の端の異変にボルドーは視線を前へと戻す。血塗れになって死亡した魔の鳥。身じろぎせず、力の源となる黒い炎も徐々に消え失せようとしていた。が、その最中、不意に黒い炎の揺らめきが僅かに強くなった。
ボルドーは経験からそのほんの僅かな変異の兆候を敏感に感じ取り、そして叫んだ。
「お前達!そこから離れろ!!!」
「何よりも凄まじかったのは、死んで尚、
黒剣騎士団達はボルドーの声に何事かと驚き、しかし条件反射の様に一歩下がった。そしてその直後
『 A 』
巨鳥の死体が奇妙な絶叫とともに爆発した。
否、爆発のように見えたのは黒い炎の活性化だった。 小型の黒炎鬼達のそれとは比較にならない規模の、それこそその間近にある【憤怒の残火】にも劣らないほどの巨大な炎の塊は、迂闊にも近付いていた黒剣騎士達を何人か巻き込んで焼き払った。
「っが!?」
「ぎゃあああああああああああああ!!!!?」
「あああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』
幾人かは、その余波に巻き込まれ、一瞬で黒炎鬼に変貌した。
その恐ろしい光景に悲鳴を上げる、包囲が崩れ、黒剣騎士達に混乱が巻き起こる。空を仰ぐように溜息をついた
「《油断しないように》って、ちゃんと言ってたのに。馬鹿な子達ね」
「おい!?早く撤退指示をだせ!このままだと」
「残念ながらもう遅いわね……まさか、あの時からずっと生き続けていたなんて」
クウは活性化し燃え上がる黒炎を指さす。
死亡後の黒炎の活性化は、その薪となった黒炎鬼そのものが再び蘇る代物ではない。あくまでもその周囲の鬼達の黒炎を強くするものだ。
『AAAAAA……』
その筈なのだが、今回のそれは様子が違う。周囲で、鬼となった黒剣騎士達は活性化しない。こちらに襲いかかろうともしない。むしろ逆に、巨鳥の死体が生み出した巨大な黒い炎へと足を進め、跳び込んでいった。自らの身体を炎を焼べるための薪にするように。その異様な光景にボルドーと共にその光景を目撃した【黒炎払い】達は思わず後ずさった。10年間【黒炎砂漠】で戦い続けた彼らであっても、そんな異様な光景は見たことが無かった。
活性化した【黒炎】は更に巨大となり、そして
『 A AAA AAAAAAAAAAAAA!!!』
中から、再び黒い炎を纏った巨大な鳥が姿を現した。
回復!?
と、一瞬ボルドーは思ったが即座にそれを否定する。回復ではない。何故なら黒剣騎士団達の攻撃は、間違いなくあの巨鳥の息の根を止めていたからだ。全身くまなく竜殺しは突き刺さり、鬼としての機能を停止させていた。
だから違う。最早傷も無い。サイズも一回り大きい。何もかも違う個体。あれは――
「ラースは、自分たちが生み出した強大なる使い魔に名を付けたの。幾度となく死んでも尚、自らの炎の中で再誕する最強の使い魔」
名を不死鳥。
そして、その不死鳥が黒い炎に呪われて、墜ちた姿がアレなのだ
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
【黒炎不死鳥】と言うべきそれは、大地をも震撼させる恐ろしい声を上げ、自らの再誕を示すのだった。
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