計画と奔走する者たち


 シズクとユーリの秘密裏の会合から数日後


 大罪都市プラウディア領外周 【大迷宮ナル】


「【魔断】」


 ディズの一振りが大迷宮の真核魔石を守っていた主、厳めしい大角を振りかざした狂牛の首を断ち切った。だがそれでも尚、首から下の肉体は激しく蠢く。首の断面から激しく血を吹き出しながら、それでも尚身体は真っ直ぐにディズを轢き殺そうともがいていた。


「【天剣】」


 だが、それよりも早く、もう一人の七天であるユーリの金色の剣がその身体を更に二つに切り裂いた。正面から二つに切り裂かれた身体は、立ち続けることも適わなくなって砕け、そして崩壊する。

 大迷宮ナルの攻略は成った。


「ふう、しつこかった」

「魔断のキレ、少しはマシになったみたいですね」


 溜息をつくディズに、ユーリは小さく指摘する。ディズは笑った。


「今回の陽喰らいは良い経験になったね」

「誰よりも弱いのだから精々努力を怠らないことですね」

《ちょーえらそー》

「励ましてくれてるんだよ。可愛いでしょ?」

「都合が良いことを言うの止めなさい」


 ディズがクスクス笑うのをユーリは耳を強く立てて止める。ディズは肩を竦め、アカネの形を解いた。「眠っててね」と小さく囁いて、自分の外套に溶け込ませる。

 これで迷宮の中はディズとユーリの二人きりだ。


「それで、わざわざ自分一人でも攻略可能な迷宮に私を連れてきた理由は何かな?」

「此処なら邪魔は入りませんから」


 主を失ったが真核魔石は未だディズ達の居る部屋の中央に鎮座している。迷宮の機能そのものはまだ失われておらず、魔力は充満している。精霊の力を有した神官でも、容易に聞き耳は立てられないだろう。


「天陽騎士団の君の自室だって対策はしてるだろうに」

「身内にも聞かせたくないことがあります」

「お父さんとか?」

「あのヒト最近やたら口うるさくなって鬱陶しいです」

「可哀想」


 ビクトール騎士団長への小さな同情を口にしながらも、ディズは「さて」と話を切った。主がいないとはいえ、此処は迷宮、のんびりダラダラとしていい場所でもない。ユーリもそれに応じて頷いた。


「貴方はシズクについて調べましたか?」

「彼女が気になる?……って、まあ、気になるか。そりゃ」

「当たり前でしょう。なんなんですかあの生物は」


 ユーリの洞察力がなくともハッキリしている。アレは異常だ。

 天才的な魔術の技術だとか、死霊術の圧倒的な操作能力だとか。そういう才能センスなど本当にどうでも良くなるくらいの異端だ。

 才能という一点で比較するなら、むしろユーリの方が上だ。驕りでも無く、ただ事実としてそうだ。もし、直接彼女と戦闘で対峙すれば、【天剣】を抜くこと無く、ユーリは彼女を斬殺出来る。ユーリは戦闘において真に天賦の才を持っている。


 だが、では実際に彼女を殺せるかといえば、殺せない。


 既に、彼女は今回の協力を機に、“王の計画”に食い込みつつある。ユーリ自身、彼女を強く警戒していた筈なのに、気がつけば中枢にまで彼女は滑り込もうとしている。防ごうにも、彼女がもたらす情報を、利益を堰き止めることが出来ない。


 あまりにも、彼女は有益すぎた。その存在がどれだけ得体が知れずとも。

 まるで、毒と知っても尚、口にすることを止められない花の蜜のように。


「それでも、見て見ぬ振りして放置するわけにもいきません」

「ごもっとも、君の情報と大差ないと思うけど、摺り合わせしようか」


 ディズとユーリの二人はシズクの情報を提示し合った。


 その結果は事前にディズが言ったとおりだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その起こりはおよそ数百年以上前とされている。

 グラドル領とスロウス領の境目にある人類生存圏外でありながら魔物の出現数が極端に少ない空白地帯に存在する【冬の精霊ウィントール】の神殿。【邪霊】と見なされたが故に都市の内には信仰の神殿を作れず、辺境の地に追いやられ、それでも尚祈ることを止めなかった者達の集い。

 邪霊としての汚名を濯ぎ、そして”太陽を眠らせる”といった誤った信仰を正すべく彼らは努力した。

 そして、その対策の一環として生まれたのが「対竜研究」だった。ウィントールの巫女として竜を討ち、その正しさを証明する。その結果、大衆の冬の精霊に対する偏見を取り除き、正しい信仰を与えることで歪な信仰を取り払う。そう言った狙いがあった。


「と、ここまでかな」

「冬の小神殿への調査は?」

「王の謁見後、向かわせたよ。結論は『不審な点は無し』だ」

「肝心の対竜術式は?」

「術式の開発は秘密裏に行われていたため、表の連中は関与していないらしい。シズクの事すら、詳細には知らないって。研究者の所在も不明」

「……ウルも証言していた、迷宮の真核魔石を起点に転移したと言う話は?」

「記録では、古い転移術にそういう手法があったのは確かだよ。ウィントールの小神殿があると思しき場所は、魔物の出現は少ないけど人里からかなり遠い陸の孤島だ。近くの都市国にたどり着くには、6‐7級の魔物がうようよするような道しかない。なるほど、転移によって無理をして移動したという線は

「……………………」

「すっっっごく煮え切らない顔だね。まあ、言いたいことは分かるよ。ユーリ」


 歯に挟まり続ける何かを吐き捨てるようにして、ユーリは言った。


「胡散臭い……!」

「だね。全部が全部胡散臭い。でも全部、“否定し切れない”範疇に留まっている。どれもこれも、突いても埃は出てこなかった。彼女を疑わしいと思うのは、私達の勘でしかない」


 怪しいところがないのが怪しい、などというのはあまりにも愚かな物言いだ。それは分かっている。ただの勘にどこまでも時間を費やすわけにはいかないのも事実だ。時間は有限で、自分の身は一つなのだから。調査だけなら、他の者にもできる。

 とはいえ、不満というか、言いたいことはある。


「彼女といい、そのギルド長といい、【歩ム者】というのは潜在的脅威の集まりか何かなのですか……?」

「うん?ウル?」


 ポツリと漏らしたユーリの呟きに、ディズは首を傾げる。ユーリは自分の失言に眉をひそめた後、溜息をついた。


「……貴方にも一応聞いておきますが、【歩ム者】のギルド長が、ラースを攻略出来ると思いますか?」


 そんなわけあるか。という感情を隠さずにユーリは尋ねた。

 すると、


「―――あー……」


 ディズは、曖昧な表情で口を開けた。

 ユーリは、眉を強く顰めた。


「ちょっと待ちなさいなんですかその反応」


 ユーリが本気で訝しんだ声をあげたので、ディズは慌てて両手を振る。


「あ、いや、うん。まさか。

「……はあると思ってるんですか、貴方」


 ディズは自分の口に手を当てた。明らかに自分の失言を自覚したらしい。


「……うん、思ってるね。私はそう思っているらしい」


 ユーリは驚愕した。

 彼女はディズのことを弱いと確信しているが、一方で戦士として一流の域にあることを認めている。判断力もある。異才に塗れた七天の中で、凡庸で、神の加護も持たぬが故に、市井の者達の視点を誰よりも理解している。

 ユーリはディズを弱者と見ているが、見くびってはいない。

 そのディズが、とてつもなく血迷ったことを口にしたのだ。耳も疑いたくなる。

          

「……シズクは、ええ。まあ、。ですが」

「そうだね。彼には謂われは無いよ。ソレは保証する。彼の過去と出自には、何一つとして彼を特別たらしめる要素は存在しなかった。アカネを預かったとき、一緒に調べた」


 唯一、彼に特異な点があるとすれば、妹だろう。しかし彼女のことを、彼は全くもって扱いきれていなかった。そもそも彼は妹を踏み台に何かを得ようとか、何かに成ろうとする気は皆無だった。彼女がその本領を発揮し始めたのは、ディズの手元に来てからだ。


 彼にとって妹は、冒険者に身を置く羽目になる切っ掛けにしかならなかった。


 先代勇者の孤児院出身、というのも弱い。そもそも彼の孤児院出の名無しはウル以外にも一杯いる。そしてウルとアカネがその孤児院にいた時間は、他の孤児達よりも短いときた。それだけで大罪迷宮を攻略できるなら、先代勇者の孤児院は大英雄まみれだ。


 ウルを特別たらしめているものはない。


「なら、彼にはなにがあると?」

「わかんない」

「斬りますよ」

「ごめん、本当に分からない。何なんだろうね。彼」


 ディズは。自分の咄嗟に口に出てしまった言葉に本気で戸惑っているらしい。


「才能も、一芸も、経験も無い。自他共にそれは認めるところだよ」

「なら何だと?」

「あえて言うなら、精神力かなあ……」

「根性論で竜が殺せますか」

「うん、だから、ただの精神力じゃない」


 自分の中に在る、得体の知れない確信を、なんとか言語化するように、ゆっくりと、ささやくようにして、ディズはそれを口にした。



 無理矢理言語化されたその言葉の異様さに、ユーリは眉を顰めた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「…………なんというか、迷宮攻略よりも疲れました」

「ごめんね?」

「首とばしますよ」


 冗談めかして笑うディズを睨み付けながらも、ユーリは溜息をついた。

 本当に、無駄に疲れた。迷宮攻略よりも疲労が溜まった。が、これ以上気にしても仕方が無いのは事実だ。どれだけ【歩ム者】のナンバー1,2が得体が知れなかろうが、今は味方側に居る。

 敵では無く、味方に集中を削がれて躓くなど、あまりにも愚行がすぎる。


 切り替えるしかない。胸のもやもやを振り払うようにユーリは首を振った。


「それで、話はこれで終わり?違うよね?」

「ええ、勿論」


 そう言って、ユーリはディズに改めて向き直った。


「王が我々に語った、【理想郷計画】について――――」

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