白銀と蒼剣と骨②
大罪都市プラウディア 天陽騎士団本部
偉大なる太陽神ゼウラディアの代行人、天賢王の膝元で天賢王の守護に当たる天陽騎士団。神殿内における様々な秩序を維持し、時としてその内側の過ちを正し、外敵を討つ事を目的とした神殿の剣こそが天陽騎士団であるわけだが、特に此処プラウディアにおいてはその役割は重く、大きい。
プラウディアの神殿に仕えると言うことは、天賢王に仕えることに他ならない。
しかも彼らのトップは王の懐刀である、天剣が務めているのだ。否応なく彼らに求められるモノは多くなる。それを自覚し、日夜鍛錬に励み、神殿の秩序を守ることに従事する精鋭達の集まり。
故に彼らにあやまちを犯すモノなど一人もいない――――と、なるなら苦労はない。
「運命の小神殿周辺で発生した“事故”は以上となります」
「やはり、多いですね。どう考えても」
広いプラウディアに点在する小神殿の管理を担う【守護隊】隊長騎士、トルーマンの話を聞きながら、ユーリは溜息をついた。トルーマンは深々と頭を下げ、深く額に皺を寄せている。
「申し訳ありませんユーリ様。その多くの”事故”について、事件性に繋がるだけの証拠は未だ、見つかっていません」
神殿内における秩序を守り、不正を正す役割を担うのが天陽騎士。
故に、ユーリの耳にも運命の小神殿に渦巻いている黒い影を把握していた。
曰く、運命の小神殿は都市民達を脅している。
曰く、運命の小神殿は精霊の力を私的に利用している。
曰く、運命の小神殿は以前、衛星都市で運命の精霊の愛し子を謀殺した。
どれも問題だ。天陽騎士が動くに足るだけのものである。しかし、実際に調査を開始しても、確たる証拠は現状見つかっていない。
彼らは慎重で、狡猾だった。神官にありがちな、精霊の力のみに頼り傍若無人に振る舞うような間抜けはさらしていない。プラウディアの幾つもの大ギルドと繋がり、結びつき、そしてそのコネクションを活用し、上手く、その身を隠し続けていた。
「調査してすぐに何もかも判明するとは思っていません、顔を上げなさい。」
「はっ……」
2メートル超の巨体の獣人の彼に対して、年齢も年若いユーリは彼の身体の2分の1ほどしかない。見た目は子供と大人だろう。しかしその立場は逆だった。ユーリは落ち着きを払っており、提示された「事件一覧」に目を通し続けている。
「ユーリ様、スーア様は動けぬのでしょうか?あの方であれば……」
その彼女に、トルーマンが提言する。
天祈のスーア、あらゆる精霊に精通する最強の神官であれば、精霊を神官達がどのように扱っているのかを見抜くことも出来るのではないか。そう考えるのは自然だ。
しかしユーリは即座に首を横に振った。
「あの方は万能ではありません。その力の大半を、大罪迷宮の挙動の監視に充てています。これ以上の負担をかけるわけにはいかない」
スーアが現在請け負っている仕事は大きい。
都市の奥深く。迷宮の底。本来ならば精霊の力が通らなくなる大罪迷宮最深層の大罪竜達の動向を監視する役割を担っている。こればかりは、スーア以外に担うことは出来ない。それでも、濃密な竜の気配で精霊の力は完全には届かない。その無理を通すため、その監視に力のリソースの大半を充てている。
必要以上にスーアの力に頼る事は出来ない。それで大罪竜への監視を怠れば本末転倒だ。
だからこそ、出来ることは此方でやる。それができなくてなにが天陽騎士か。
「全容を把握するには10年前、運命の小神殿に神官ドローナが着任した日よりも更に遡って行く必要があるかも知れませんね。」
「10年以上前ですか……それは……」
「少しばかり時間と人員を割いても構いません。余さず調べていってください。」
トルーマンは少しの間逡巡したようだったが「承知しました」と深々と頭を下げ、そのままこの場所から去って行った。彼が扉から出て行った後、ユーリは視線を書類から、今し方トルーマンが出て行った扉へと移して、小さく呟いた。
「さて、上手くいくでしょうか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天陽騎士団団長、ユーリの部屋から外へと出たトルーマンは暫く廊下を闊歩した後、本当に小さな声で呟いた。
「調査で済ますなど、温い命令だな。やはり、小娘か」
彼の口元には明確な嘲りがあった。
――ドローナ様から警戒を促されていたがなんてことはない。
彼もまた、運命の小神殿に取り込まれていた。
10年前、衛星都市国セインからプラウディアへと移り、小神殿を建てたドローナ率いる運命の神官達は狡猾だった。彼らは強い味方を着実に増やしていた。そしてそれは彼らを裁く立場にあるはずの天陽騎士にも及んでいた。
運命の神官達が自由に動き回り、その証拠が見つからないのも当然である。それを内側から裁く立場に居るはずの天陽騎士が彼らの味方なのだから。
無論、その手は都市国そのものの法の番人であるプラウディア騎士団にも及んでいる。この問題は非常に大きく、そして根深かった。
――あのような子供をお飾りと言えどトップに据えるなど、王も随分と血迷ったものだ。
トルーマンはあまりにも不敬と言える言葉を心中で吐き出す。
自身の上官であるユーリのみならず、王に対しての侮りでもあった。が、しかし、ユーリという幼い少女が、巨大な組織のトップに立つ事、それ自体歪と言えばそうだった。
ユーリ自身は有能である。個人が修める武勇は言わずもがな、判断力もある。組織の秩序に対してむやみな正義と権威を振りかざさないだけの理性もある。
だが、それでも子供は子供だ。自分よりも二回りも下の子供相手に深々と頭を下げて、その命令に服従すること、それ自体に不満を抱き、不和を生む要因になってしまうのは避けられない。
彼女をこの天陽騎士団のトップに据えた天賢王はその事を分かっていない。トルーマンのみならずそう思い、不満に思っているモノは少なくは無かった。
尤も、そうであるから悪徳を行うこと、見過ごすことの免罪符になど決してなることも無い訳だが――――トルーマンはその事実を都合良く無視した。
「この分なら放置しても問題なさそうだ。王の御子も動けないならば、恐れるに足らない」
そうひとりごちて、やや気の抜けた歩調で彼は歩き出した。
故に気付かなかった。
『カカカ』
小さな小さな骨の音が、彼の歩みにつきまとっていることに。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夕刻
天剣のユーリは天陽騎士団本部を出て、プラウディアの南東区画へと歩を進めていた。
騎士団長としての責務を済ませた後、王の依頼が無い日はそのまま鍛錬に勤しみ、自身を研ぎ澄ますことがいつもの日常だったが、今日の彼女は鍛錬所に足を向けることはなかった。
格好も、普段の天陽騎士の鎧を脱いでいる。官位持ちの少女としてのきらびやかな衣装も身につけていない。地味な色をして、皺の寄った古着をしたただの都市民の娘にしか見えない(尤も、愛らしくも凜々しい顔立ちと、空の色のような蒼髪は尚も目立ったが)
常にヒトの出入り激しい大通りをするすると抜けて、途中道を外れる。
大通りから外れ、高層建築物の隙間を幾つも抜けていくと徐々に薄暗くなっていく。基本的に都市民達は陽光の差し込まない場所を嫌う。故に人気も比例するように減っていった。彼女はその中を進んでいく。
そして一際に薄暗く、古びた建造物へと足を踏み入れる。
かつては利用されていたのだろう。造りはプラウディアによくある高層建築物となんらかわりはなかった。が、今はヒトの気配が全くない。窓はひび割れ、調度品は放置され埃を被っている。
通常であれば、土地の限られる都市国の中で、必要でなくなった建物が放置されると言うことはありえない。土地は神殿が正確に管理し運用しているし、土地を与えられた神官らも、その価値の重大さは理解しているからだ。
しかしこの場所は使われていない。
理由は単純で、この場所を所有しているのはユーリ自身だからだ。
かつて邪教徒が使い、多くの忌まわしき術を使用していたため、それらが無力化されるまで放置されている。そんな噂が伝えられているため、誰もこの場所には近付かない。噂を広めたのもユーリだった。
誰も、此処に近づけさせないためだ。
彼女は建物を登っていく。周囲はいかにも埃が積もり、放置されているように見えるが、彼女が通る足下には埃が積もっている様子はない。出入りが全くない場所であればそうはならないだろう。利用しているモノが居る証拠だった。
彼女は一つ一つ階段を上る。頂上近くにたどり着いたとき、不意に周囲の様相が変わる。荒れた様子は消える。備え付けの魔灯が通路を仄かに照らしている。明らかなヒトの気配がある。ユーリはその道を進んだ。
『カカカ』
不意に、なにか打ち鳴る音がした。
彼女の足下に小さな白いモノが蠢いていた。人形のように思えるそれは、しかしよくみればヒトの人骨の形をとっていた。場合によっては悲鳴がでるような恐ろしい光景だったが、それだけでは済まない。
『カカカ』『カカカ『カカカ』『カカカカカカカカカカカカ』
骨が、どこからともなく次々に現れるのだ。彼女と同じように通路を行くモノ。その逆にすれ違って去って行くモノ。様々な骨の人形達が通路をひしめいている。しかしユーリは一切その光景を気にすることもなくずかずかと歩みを進める。そして一つの部屋の前で足を止めた。
「失礼」
このような異常な空間であっても、律儀に彼女はノックと共に扉を開けた。
部屋の中は更に奇妙だ。本棚が立ち並び幾つもの書籍がそこに収められている。それだけでなく床や机にも様々な書類が積み重ねられていた。その書類の中には通常は持ち出しも禁じられている天陽騎士団の書類もあった。
『カカカ!』
そして、外にいた大量の骨のヒトガタは数を増していた。壁や床。天井に至るまで人骨を模したそれは所狭しと動き回っている。虫などが苦手なヒトがいれば卒倒するような光景だろう。
ユーリは、しかし気にせず部屋の中へと踏み入れる。途中、一体か二体かの人骨を踏み砕いてしまったがそれも気にしない。彼女が過ぎ去った後、砕けた骨はカタカタと音を鳴らして元の形に復元し、また移動を開始していた。
『おう、
そして部屋の中央で、この異様な光景の中心人物が姿を現した。
歩ム者、死霊兵ロックは一人優雅にテーブルの上で遊戯本を片手にテーブルゲームに興じていた。それをみたユーリは眉をひそめる。
「何を暢気に遊んでいるのですか」
『ちゃあんと仕事はしとるぞ?カカカ』
骨は笑う。同時に彼の背中から伸びた幾つもの”追加の腕”が蠢いていた。奇妙な腕だった。ヒトの形を模してはいない。虫のような関節をしていた。その腕は部屋の四方へと伸びていた。
そして腕の先で、部屋の屋上からつり下がる”銀の糸”を支えていた。
「……随分と、異形となりましたね。よく自由に動かせる」
『コツを掴むと簡単じゃぞ?ヒトの形だと出来ないことをするのは楽しいしの!カカ!』
ロックは平然と笑う。
だが、死霊兵と呼ばれる存在はそもそも彼のように軽快に笑うような事もできないのが普通だ。意思の大半を失っていたり、あるいは精神の均衡が崩れて発狂していたりもする。魂を貶める悍ましい行いだからこそ、死霊術というのは場所によっては禁忌とされる。
しかし彼は平然としている。その上、生身の頃とはかけ離れた形になってもそれを自在に操っている。彼を生みだした邪教徒がよほどやり手だったのか、あるいは彼の魂が元々規格外の強靭さを持っていたのか、彼が生前の記憶を完全に損失したことが上手く働いたのか、それは分からない。
「それで、貴方の主はいますか?」
が、その疑問をユーリは一先ず脇に置いた。今の彼女の目的とは無関係だ。
『おるぞー。ずっと奧で”聞き耳”を立てておる』
「そうですか。では」
『おー。作業終わったら模擬戦でもせんカ?新技試してみたいんじゃ』
「忙しいので」
ユーリが素っ気なく応じるとロックはぶーぶーと抗議の声をあげた。
ユーリの剣技に興味がそそられたらしく、ロックはことあるごとにこちらを剣の打ち合いに誘いに来る。異形の戦士との模擬戦は、それはそれで悪くない鍛錬になるが、しかしそれもまた今の目的とは関係ない。彼女はロックの抗議を無視して部屋の奥へと足を進める。
部屋の奥では、先程ロックが支えていた銀の糸が集結していた。蜘蛛の巣の様に張り巡らされた糸が彼方此方から伸びている。よく見ればそれは開け放たれた窓を通して部屋の外まで伸びているのだ。
そして、それらの糸の中心には
「
無数の銀の糸を身体にまとわせ目を閉じている銀の少女がいた。
光に照らされるとわずかに輝くその糸を、ドレスのように身にまとう少女は芸術的に思えるほどに美しかった。
「ああ。蒼剣様。いらっしゃいませ」
目を開くと、彼女は微笑んだ。
「挨拶はいいです。それよりも、上手く使えていますか。その【銀糸】は」
するとシズクは笑って、そのまま剣へと伸びた糸の一つに触れ、その細く長い指で軽く弾いた。すると、
《――――道理を知らぬ無能な王が小娘を騎士団のトップに据えたときは腹が煮えたが、しかし都合良く踊ってくれるなら話は変わる。精々その小ぶりな尻を振っていてもらおうじゃないか!ハハハ!》
「……」
「まあ」
「糸を通じて、トルーマンの脳漿を炸裂させる事は出来ますか?」
「ばいおれんすでございますね?」
残念ながら出来ないらしい。
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