黒炎砂漠第四層 黒炎人形戦③
「凄い」
レイもまた、戦場の状況を見て感嘆の声をあげる。
レイも戦場で長らく魔物達を打ち倒してきた戦士だ。魔物達から打ち倒すことで魔力を得て、超人めいた身体能力を持っている。だが、彼のソレは少々次元が違った。
魔力による身体の成長曲線は基本、最初が最も強く、以降はなだらかになっていく。魔力吸収が進むごとに、倒す魔物との魔力総量の差異がなくなり、吸収効率が下がるからだ。要は強くなって、更に強い魔物と戦い続けるような頭のおかしい選択を取らなければ、成長し続けることは出来ない。リスクケアをしようとすると、絶対に成長は何処かで止まる。
だが、ウルの強さは絶対に、リスクを前に躊躇した者のソレではない。
強敵と戦い続けて、更なる強敵を倒し続ける選択を取ったものの強さだ。
「っっだあら!!」
『AAAAAAAAAAAAAAA!!!』
跳んで、叫んで、そして槍を振る。そのたびに、人形の身体が僅かにブレる。そしてそこに連続して爆撃が飛んでいく。空を貫くような巨人が、10年前自分たちを追い散らした【番兵】が追い込まれている。
まさか、まさか勝てる?
レイは自分が今そんなことを考えていることに気がついた。戦場にまで出ておいて、ここまでのお膳立てと準備をしていながら、【番兵】を倒すというイメージを一ミリたりとも描けていなかったことに、この時気がついた。
《レイ!何やってんだ!!矢ぁ撃て!!核狙え!!》
「っ分かってる」
ガザの馬鹿でかい声でレイは集中を取り戻す。魔導核を狙い撃つ。矢には【発破】の魔術が込められている。人形の【黒金】の表皮に直撃してもまるで傷にはならないが、核に直撃するなら話は別だ。
そして人形もそれを理解しているのか、ひび割れた身体の奧にある自分の心臓を狙い撃つ矢を嫌って守る動作に入る。そうやって余計な動作をさせるだけでも、至近で戦うウルやガザの攻撃を逸らすに大きな効果があった。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
人形が暴れる。足下の、小さな小さな侵入者達を排除すべく両足を踏み鳴らし、腕を振り回し、炎をまき散らす。滅茶苦茶な攻撃だが、それでも触れれば致命傷の呪いの炎だ。レイはかつてそれに焼かれた仲間達を思い出して身震いした。
「こ、の!!」
「だああああぶねえ!!」
しかし、ウルもガザも動き回る。ウルはその強大な身体能力で回避し、ガザは十年間鍛え培ってきた技術でもって黒炎を躱し、時に【竜殺し】でそれを打ち消して戦場を広く保っている。
人形を狙う砲撃は今も続く。周辺からこちらに近付く黒炎鬼達はまだ結界で封じることが叶っている。これは、この状況は――――
「…………ガザ」
《ああ?!なんだよこっちも忙しいんだぞ!!》
「私達……勝てるの?」
《ああ!?》
レイが思わず漏らした問いに、ガザは疑問の声をあげ、そして少しして、何時も通りの大きな声で叫んだ。
《ったりめえだ!!俺たちは勝つために此処にきたんだよ!!!》
「…………そうね」
レイは再び矢を放つ。その一射は今までよりも増して正確に黒炎を切り裂き、飛んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ガザもまた、己の役目を果たすべく戦いを続けていた。
片手に【竜殺し】を握りしめながら、戦場を駆け回っていた。
「っだああ!バカ!!あんま滅茶苦茶動くんじゃねえ!!サポート大変だろうが!!」
《すまん、上手く動けていない!》
この戦いにおけるガザの役目はウルのサポートだ。
だが想定ではあくまでも「ウルがヘマしたとき、助けてやる」程度のものだった。
まさか、ここまで徹底してサポートに回らなければいけなくなるとは思わなかった。
「だあぁら!!」
『AAAAAAAAAAAA!!!!』
ウルが攻撃する度、人形の身体は弾け、一部が破損する。黒炎人形の腕は既に幾つも亀裂が走っていた。だが、同時に黒炎が飛び散る量は加速する。身体が崩れる度に、その破片が新たな黒炎の種となって戦場を浸食するのだ。
「っちぃ!!」
ガザはそれをかき消して回っていた。
ウルの動きは激しい。予想も付かない方角にすっ飛んでいく。そのすっ飛んでいった方角に万が一黒い炎があればその瞬間、彼はお終いだ。そんな間抜けな最後が起こらないように彼はウルの激しい動きに必死に先回りしていた。
なんとも涙ぐましい努力である。完全な下働きだ。
しかしガザは全く気にすることは無かった。滅茶苦茶に動き回るウルを犬みたいに追いかけ続けるのも、彼が戦うための場所を必死に用意して回るのも、一つたりとも苦ではなかった。
【黒炎人形】を倒すことが出来るなら、なんだって構わない。
「ウル!お前から見て右後ろの黒炎は大体払った!!そっちに移動しろ!!」
《助かる!》
ウルは後ろに下がる。人形はそれを追う。そのたびに身体の彼方此方から破片が落下していく。そのたびに黒い炎が飛び散った。放置すればあっという間に場を埋め尽くしてしまう黒い炎をガザは苦々しく思い、同時にそれを払える【竜殺し】の強さを実感した。
そうだ。勝てる。勝てる要素は既に揃っていたのだ。
ウルの力は確かに予想以上のものだ。だけどもしも彼がいなかったとしても、きっと戦い方はあった。ダヴィネと協力して武器を授かって、知識と技術を集めて、【番兵】一体を倒せるくらいの力は、既に【黒炎払い】は蓄えていたのだ。
それをしなかったのは、ビビっていたからだ。昔の大敗を、自分たちの失態を怖がって、足を止めていたからだ。
「ダサ過ぎる……!」
その事実から目を逸らすために、来ていきなり無茶苦茶を言ったウルに当たり散らした。彼の言葉を全部バカにして、自分の正当性を主張しようとした。なにもせず、呪いが徐々に身体を蝕んでゆっくりとした自殺をしている自分たちが正しいんだと言おうとした。
ダサすぎて死にたくなる話だ。
だけど結局ウルは全く諦めず、自分は彼をいつの間にか手伝ってて、そしてあっという間にレイやボルドー、他の仲間達まで引っ張り出した。
そして今、話題に上げることすら避けてきたような【番兵】との再戦に挑んでいる。
ガザがずっと出来なかったこと、やらなきゃいけなかったことをウルがやった。
妬ましいと思った。眩しいとも。だけど、それ以上に嬉しかった。
「そうだ!!倒す!!倒せるんだコイツを!俺たちは!!もっと先に行ける!!」
ガザは叫ぶ。
倒す。倒せる。倒して、勝つ。そして証明する。
俺たちは負け犬ではないのだと。
「番兵どもを全員ぶっ倒して!!そして最奥のラースまで行って!平和を取り戻す!!!」
かつて、彼が此処に誘われたときに言われた言葉。
それを口にしたとき、他の皆はガザをバカにして大笑いした。そんな言葉で騙される大間抜け、見たことがないと嘲笑われた。以降、一度も口にしたことの無かった目標を、ガザは今度こそ大声で叫んだ。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
同時に、黒炎人形が悲鳴のような咆吼を上げる。もともと入っていた腹のひび割れが激しくなり、大きく砕けて落ちる。その先に、丸く大きな黒い塊が露出した。魔導核。人形の心臓が完全に露出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「っぐう、ぉお……!?」
ウルは自分の肉体の制御に全神経を集中していた。
あの【陽喰らい】を越えて、自分の肉体に不相応の魔力が蓄えられていたのは自覚していた。その制御のために魔力が馴染むまでキチンと身体を休ませたのも正しい判断だったと思う。そして、【黒炎払い】の活動で、自分がどれだけ成長したのかを自覚した――――筈だった。
だが、認識を誤っていた。安全が確保されている場所で使う力と、窮地に際して引き出される力は全く違った。自分の取り込んだ魔力量を甘く見積もりすぎていた為に、力の把握に失敗していたのだ。
正直最悪だった。よりにもよって本番でその事に気付くなど。
だが、戦いが始まってしまった以上やるしかない。やり直しなんて出来ない。ウルは溢れる力をなんとか黒炎人形に叩きつけることに全神経を集中し続けた。ガザがフォローに回り続けてくれなかったら、黒炎に身体ごと突っ込んでいてもおかしくは無かっただろう。
「魔、導核……!!」
そして、なんとか此処まで来た。晒された心臓、それを破壊すれば勝てるところまでこぎつけた。心臓部を護るための黒炎人形の腕はボロボロだ。後は周囲の砲撃で狙いを定め、打ち抜きさえすればそれで勝てる――――
『AAAAAA!!!』
だが、それは、人形自身も理解してたのだろう。
人形の黒い炎が更に激しさを増した。それが死の間際の炎の激しさであるとウルは理解した。同時に、人形の身体が激しい異音を立てながらめきめきと動いた。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
「身体が……!?」
割れる。集中して狙われ、破損だらけになった腰回りが激しい音と共に割れていく。ヒトと同じ可動域を持ったはずのソレが、あり得ない角度で曲がって、関節部が砕けて自損を続ける。
そして身体が真っ二つにへし折れた。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
そして、上半身だけになって落下した人形は、そのボロボロの両腕で地面をかきながら真っ直ぐに突撃した。侵入者のウルとガザに向かって。魔導核を引きずりながら。
「滅茶苦茶だ!!!暴走したのか!?」
ガザが目を見開いて叫ぶ。
だが、これは暴走ではない。人形としての使命をただ果たすためだけの本来の活動の果ての姿だ。かつて、宝石人形の頭を破壊し、暴走を引き起こしたウルは、暴走状態がまだマシな状態だったのだと理解した。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
侵入者の排除、その命令を実行する。
その為だけに自壊すら恐れず蠢く人形のなんと恐ろしいことか。
「さっさと死に腐れよ……!!!」
ウルは竜牙槍を突き立てて、背中に背負った【竜殺し】を引き抜いた。
ガザと一緒に渡された一本ずつ。【番兵】と戦うと言ったとき、ダヴィネがその紛失を恐れて二本しか貸し出さなかったそれを、ボルドーはウルとガザに一本ずつ預けた。
それを使う。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
「喧しい!!」
恐ろしい咆吼と、凄まじい速度で接近する壊れた人形の上半身。虚ろな口から溢れ出る黒い炎はどこまでも呪わしい。接近すると壁のように思える重量が全速力でこちらに接近してくる。その全てでウルという存在を挽きつぶそうとしている。
普通なら、対峙するだけで足がすくむような光景だ。だが、
「でけえのに追い回されて殺されかけるのにはもう慣れてんだ――――よ!!!」
脚部に力を集中し、一気に横へと跳ぶ。砂煙を上げながら、人形の側面に飛び出す。巨大な重量の人形は、ウルの動きについてこれない。急所である魔導核を、ウルの視界に晒した。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
莫大な黒炎を、砂煙を、人形はまき散らし続けるその状態で、制御の効かない身体で核を狙うのは困難に思えた――――が、投擲という一点ならば、現在の有り余りすぎる力の状態でも、狙い撃てる自信があった。
何せ、「我が一族の誇りを背負ってしょーもないミスをするなんて絶対許さない」と、恐ろしい形相をした白王狂いの戦友と共に、スパルタな鍛錬を積んできたのだから。
「【疑似――――】
その応用が今、生きる。
制御の効かない力を足に込め、一気に踏み込み、力を移動させ、腰を回し、肩を回し、手の指先まで伝え、放つ。
「【―――白王突貫ッ!!!】」
竜殺しの黒槍は一直線に放たれ、此方を振り返ろうとした人形の腕を穿ち、そのまま真っ直ぐに胴へと至り、そして魔導核へと着弾した。
『A 』
人形の咆吼が止まった。砕けかけていた身体が更に崩壊し、ひび割れていた腕が落下する。全てを保ち、形としていた魔力の核が砕かれた、人形そのものの形が砕けて行く。
極めて重い【黒金】を維持するための重力魔術が一気に解け、莫大な重量が砂の海に落ちて、砂煙が巻き起こり、一帯の視界が一気に潰れた。
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