黒炎砂漠第四層 黒炎人形戦②


 黒炎人形討伐作戦前 【黒炎払い】本拠地にて


「【黒炎払い】の大半の連中は既に燃え尽きている。現状を改善するつもりも無し。ましてやラース解放など全く、目指すつもりも無い」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「黒炎払いという仕事自体、確かに危険だが慣れさえすれば、事故はかなりの確率で防げる。報酬も良いのだ。」


 特に遠征組にとって、10年という年月が長かったのも災いした。黒炎への対処が安定してからの日々が長すぎた。日常となった毎日を、ある日突然捨てて困難に挑むのは苦痛だろう。


「だがお前は、お前の都合でそんな彼等全員を引っ張り出そうとしている。希望者に限り、などという可愛らしい要望をするつもりは無いのだろう?」

「そうだな。半端は出来ない」


 ウルの判断は正しい、とボルドーも思う。戦力の出し惜しみは出来る相手ではない。【黒炎砂漠】は迷宮であるが故に、人数が多く固まれば魔物の襲撃を招くものの、上手くバラけて行軍すれば、魔物の襲撃を起こさず、番兵の広間に包囲網を敷くくらいのことは出来る。それは10年前に実証済みだ。

 そして、そこまでやっても勝てなかったのだ。現在の手数は当時よりも少ない。だというのに、更に戦力を減らす理由は皆無だ。


「今に納得している者達を、お前は死地へと連れて行こうとしている。殆どの者は納得などしないであろう。俺が声をかけたとしてもギリギリだ」

「ああ」

「覚悟を見せるとお前は言った。ならばその覚悟で全員を納得させろ」


 ボルドーの条件は、ウルにとっても必須条件である。もしも今後もラースの攻略を続けるというのなら。【黒炎払い】を真の意味で此方の目的に引き込めなければ、話にならない。ウルは頷いた。


「今回の戦闘では一人たりとも死亡者は出せない。被害が出た瞬間、それで引き上げだ。理由は分かるな?」

「現状の士気じゃ、一人でも欠けた時点でお終いだろうな。それはわかるよ。それで?」


 ボルドーはウルを指さす。


「最も死ぬ確率の高い危険な仕事をお前が担え。それが条件だ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




《ウル、攻撃までは望むまい。“囮として”時間を稼げ》

「りょーかい」


 ウルはボルドーからの通信を切り、前を見る。

 ウルが現在居るのは広間の真正面。砂漠化により身を守るための手立てが一つも無い場所にウルは立っている。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 そして目の前には【活性化】した黒炎人形がいる。

 【暴走】した人形はウルも身に覚えがありまくるが、しかし活性化はまた少し様子が違って見えた。暴走と比べて、人形としての形を留めている。獣のように四足歩行をしだしたりはしない。単純に出力が上がったような印象だ。そしてなによりも全身から立ち上る黒い炎が激しさを増している。

 手強いだろう。ウルは確信した。しかも1ミスも許されない相手だ。


 この人形に包囲網を突破させないための囮を、ウルが担う。


「……やーりあいたくねえ……」

「だから言っただろうが、バカ」


 咄嗟に漏れた弱音に、隣りに立ったガザが思い切りウルを罵った。


「言っただろうが!ここでやっぱ辞めるって言っても隊長は怒らねえぜ!」

「いや、やる」

「……お前って本当頭おかしいよな」

「それに付き合う貴方も大概だけど」


 そしてガザの背後からレイが口を挟む。


「お前だってそーじゃん!」

「私はあくまでも後衛支援。不味くなったら逃げる。それでいいのよね、ウル」

「十分だ。行くぞガザ」

「うるせえ命令するなバカ」


 二人は前へと跳んだ。同時に


「AAAA………!!」


 黒炎人形が、至近の冒険者に気づく。周囲の砲撃も脅威であるが、自己保全は人形の優先度の中では低い。最も優先すべき使命は侵入者の迎撃である。

 だから、誘導は容易い。囮が死ぬかもしれないリスクを無視すれば。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「散開!!」


 ウルが叫ぶ。同時にガザとウルは別れて跳んだ。あまりに巨大な拳がふり下ろされる、

 大地が震える。だが、それで終わりではない。


「黒炎が来るぞ!!」


 腕で燃えさかっていた【黒炎】が、衝撃でまき散らされる。巻き起こる風によって飛び散る炎は爆弾だ。【黒睡帯】は全身に巻き付けているが、黒い炎に対する完全な防御を約束してはくれない。ウルもガザも回避に専念した。


《撃てぇ!》


 その間もボルドーの指示による砲撃は続く。

 だが、砲撃の頻度は必然的に落ちた。人形が動き出したことで狙いが定めづらくなっている。大砲を持ち運んだ場所の足場も悪い。方角をずらすだけでも一苦労だ。加えて、ウルとガザに万が一にでも当てるわけには行かない。タイミングは見計らう必要があった。

 こうなることは織り込み済みだ。10年前の戦いの詳細をガザ達がうんざりするまでウルは掘り下げた。あらゆる状況を想定し、対策も練った。故に動揺も少ない。だが、


「地獄だぁ!!」


 端的に戦場の状況をウルは言葉にした。

 戦場で黒い炎は至る所で燃えさかっている。まだウル達が駆けるだけの範囲は残されているが、時間をかければこの黒い炎は戦場全体を覆い尽くした黒炎の海に変わるだろう。そうなったら戦うこともままならない。そこまで至らなくても、黒い炎の猛烈な熱が、体力をみるみる奪っていく。呪いなど関係なくだ。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 そしてその黒い炎を糧に人形は回復し、強化される。


「回復兼バフ兼デバフ兼即死トラップ!?てんこ盛りだな!!!」


 その性質は理解はしていた。小型の黒炎鬼との戦いで体感もした。だがこの番兵が撒き散らす黒炎の量と質は、次元が違う。囮として逃げ回るだけでは、確実に行き詰まる!


「顎延長」

『AAAAAAAAAAAAA!!!』


 拳が再び来る。ウルへと大雑把に狙いを定めた拳が落ちてくる。ウルは横に跳んで寸でで躱す。身体を捻る。

 淀みない動作だった。一日も休むこと無く重ねた動作だ。竜牙槍の重量と自身の体重。その全てを不安定な砂場の足場を踏みしめることで伝え、そしてそれを回すことで更に強く、早くする。


「【輪、閃!!】」


 そして歯を食いしばり、万力を込めて、ふり下ろされた拳へと放つ。


『AAAAAAAAAAAAA!!?』


 拳は、激しい音を立て、僅かに砕け、そして吹っ飛んだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「おおお!!?」


 歓声が沸いた。ウルの一打が。人形の手を打ち、そして弾き飛ばしたのを周囲を囲む戦士達は目撃し、感嘆した。大木よりも大きな巨大な腕が、激しい破損音と共に、吹っ飛ばされる姿は爽快ですらあった。

 当然それは、彼等を率いるボルドーも見ている。彼もまた僅かに目を見開き、素直に驚いた。


「想像以上だな……」


 この数日、ウルの能力のおおよそをボルドーは把握していた。

 度胸はある、頭も回る。冷静さもある。咄嗟の反応はやや未熟。そして、魔力で強化した筈の身体能力の扱い方は更に未熟だった。単純に冒険者として戦ってきた経験そのものの年数が浅いのだろう。常人離れした身体能力を、元の常人としての感覚が引っ張っている。


 銀級に至っていない、と、ウルの能力を指した理由はそれだ。


 これを馴染ませるには絶え間ない鍛錬と、なによりも時間が居る。超人じみた自分の身体能力を“当然のことなのだ”と肉体が受け入れるには時間が必要なのだ。


 その時間がウルには欠落していた。本当に、よっぽど急激な成長をし続けたのだろう。


 それはウルも理解していたのだろう。彼は【黒炎払い】の活動の最中も訓練は欠かさなかった。その訓練の内容はもっぱら、自分の力がどの程度有り、どう動かせば良いかを計り続けるものだった。


 そして、実際彼が全力を出してみると、想定をとてつもなく上回っていた。


《なんだあのバカ力!!すげえ!!!》


 ガザが叫ぶ。

 黒炎人形の身体が揺らぐ。重力術式で身体のバランスを常に整えている巨体。だが、裏を返せば重力術式なしでは立っていることもままならない程、無理をして成立させた人型なのだ。

 突然の反撃に、人形は動きをモタつかせている。紛れもない、好機だ。


「今だ!!全力で腹を狙え!!」


 ボルドーは叫ぶ。人形の腹に、砲弾の爆発が直撃した。


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