陽喰らいの儀⑯
《…………何故そうなったか聞いて良いか?》
冒険者の指輪から聞こえるビクトールの酷く困惑した声に、ウルは大変申し訳なく思った。だが、これでもシズクを背負い、ロックを装備するという珍妙な姿は、ウルなりにこの限界ギリギリの状況で必死に編み出した策だった。
「……推測も混じるんだが、未来視の魔眼の打ち消し合いはその使用者の肉体だけに起こる現象じゃ無いんだ」
《……その根拠は?》
元より【未来視】の数は極めて少ない。その”打ち消し合い”に起こる現象までは流石に彼も把握できていなかった。ウルは言葉を続ける。
「未来視をもう一度してみると、見えなかったのは竜だけじゃなかった。竜の周りで風を起こすために飛び交っている【鎌鼬】も”虚ろ”だった」
《未来視の魔眼の保持者だけでなく、”その意思で動かしている物”も見えないと?》
恐らくだが、鎌鼬達は竜が【魅了】の魔眼の類いで操っているのだろう。あるいは元から竜に従うようにデザインされているか、どのみちあの魔物は黒竜の意思通りに動いている。だからウルには鎌鼬の未来も見えない。
で、あればそれを逆手に取ることも出来る筈だ。
「俺の仲間の力を俺の意思で動かせば、未来視には引っかからない」
《……かなり、ギリギリの抜け道だな。上手くいくと思うか?》
「少なくとも、戦車から抜け出した俺以外の仲間も竜は感知していない」
《…………》
推測に希望的観測を交えた考え方だ。
普段ならばビクトールはそんな不確かな発想からでた作戦なぞ即座に却下する。
《念のため確認するがその状態であれば君一人よりも生存率は高いんだな?》
「高い」
《万が一の場合、骨の使い魔は兎も角シズクは死ぬことになる。行けるか?》
「私はウル様と一蓮托生です」
《分かった……未来視の魔眼を破壊しろ。完了後は竜は気にせず撤退しろ。武運を祈る》
通信は切れた。ウルは大きく息をつく。そして前を見据える。視界に広がるのは巨大な黒竜の身体、そしてその周辺の砂塵の壁と、それを破壊する鎌鼬達だ。
当然、ウルの敵う敵ではない。なんだったら周囲の鎌鼬すらもマトモに戦えばそれなりに苦戦するだろう。しかし、今は別に真正面からマトモにやり合って倒す必要など無い。
「……つまるところ、俺の仕事は魔眼の暗殺だな」
隠れ潜み、竜の武器を破壊する。正面きっての力は要らない。必要なのはバレないこと。
「ウル様、それではどうしますか?私は貴方の道具なので好きに指示を」
ウルは後ろを見る。シズクはとても良い笑顔でコチラに微笑む。この状態だと顔が近すぎて目の毒だった。
「変な物言いやめろ……不可視の魔術をかけてくれ。魔眼に捕らえられないようにな」
『見えない相手なら、魔眼に見られることもないか、なるほどの』
「気休めだがな……目安つけられて適当に焼かれるだけで俺は死ぬ」
シズクに【不可視】、ついでに【無音】の魔術を重ねて貰う。
そして戦車から這い出て、ゆっくりと地面に降り立った。
「………………」
改めて視界に広がる竜の身体はやはりデカイ。完全に壁である。コレよりも更に大きなウーガを知っているが、スケールが大きすぎてウルからすれば大差ない。
そしてその身体に幾つもの魔眼が並んでいる。このどれか一つでもウルを見定めればその瞬間ウルは終わる。
「…………行くぞ」
『うむ、頑張れやウル。やれる限りはしてやるわい』
「ご武運を」
装備した仲間達に励まされながら、ウルは脚を進めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
人目に付かずにこっそりと移動する。
所謂スニーキングは、昔はウルもよくやっていた。アカネの事を隠し通すため、人目を避けたり隠れたり、上手くやり過ごす術という物は身につけていたからだ。
重要なのは静かに、素早く、そしてゆっくりと動くこと。だから慣れていると言えば慣れていた。
ただしその相手が【竜】だったことは、無い。 当然の話だが
「……ふっ………ふっ………」
ウルは息を殺しながら地面を蹴り、駆けていた。【不可視】と【無音】により、コチラから何かをしなければ即座に見つかるような状況で無いと判断しての行動だった。後の体力を温存するため全力疾走は出来ないが、飛ばしていた。
『軽快じゃの。大丈夫か?』
「時間も無いからな……!」
ジリジリと、自分の魔眼から放たれる熱をウルは味わっていた。単純な力の拮抗ではない、圧倒的に魔力が上の魔眼の力をかき消そうとするために起きている現象だとシズクは推測していた。
耐えられないほどの熱ではないが、キツイ。定期的なシズクの治癒は必須だった。
目的である未来視の魔眼のある位置は分かっている。竜の頭部先端付近だ。虚ろに見える竜の未来視の中、唯一輝いている場所が其処だった。
だがそれはつまり、向こうも魔眼をこちらに向ければ、ウルの魔眼の光を目視で確認できると言うことだ。不意にうっかりとこちらに未来視の魔眼を向けただけでアウトだ。魔眼の視線誘導は外のビクトール騎士団長達を信じるしか無い。
ウルは兎に角急ぐ必要がある。慌てず、素早く、でもゆっくりと――
『GEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!』
「……っ」
ウルは息を殺す。竜の声とはまた違う、魔物の声が聞こえてきたからだ。当然、警戒すべきは竜だけではない。魔物に見つかってもアウトだ。視覚と音以外から感知するような魔物に遭遇すればアウトだ。
だが一体どこから。
『下じゃ』
ロックの指示でウルは視線を下に向ける。天空庭園に長い胴体を横たえる竜。その胴体の隙間から、何かがもぞもぞと動いていた。それを見て、ウルは産毛が逆立つのを感じた。
『GAAAAAAAAAAAA』『GEEEEEEEE!!!』『GAGAAGA!』
「子竜の群れ」
かなりの小型だが、黒竜と同じ色合いの、蛭のような形をした竜が次々に這い出てくる。これはつまり、今この黒竜は、”出産している”。
ふざけんなこの野郎、という思いを抑える。相手になんて当然しない。先を急ぐ。
「ロック、跳ぶぞ。」
『うむ』
脚にロックの骨が集中し、ウルが地面を蹴りだすと共にそれを補助する。魔術は可能な限り控える。隠蔽の魔術以外を使用し、それに気付かれるのを避けるためだった。
高く跳び、着地する。止まらずそのまま再び走り出す。
「ウル様。前方からはぐれた鎌鼬が一匹接近しています」
「気付いていないなら無視する」
「完全に感知はしていないようですが、恐らく何かしら違和感を覚えています」
ウルはロックの剣を抜いた。腕に骨が纏わり付く。剣を振るうのはウルだ。ロックはその動きを補正するのみ。それを強く意識する。間違ってもロックの意思だけで剣を振ってはいけない。
『めんどうじゃの?』
「全く、だ!」
再び跳ぶ。砂塵の中から鎌鼬が確かに一匹竜の内側に流れてきている。中型の獣、翼のように皮膚が広がり、爪が恐ろしく伸びている。風の刃を生み出す爪はフラフラと此方に向いている。まだ何処に向かって良いか分からないといった様子だが……もうすぐ気付く。
まだ気付かない。
首を傾げるようにこっちを見ている。
まだ平気だ。
まだ。
まだ。
気付いた。
『KI!?』
交差する寸前に剣を振るう。不格好な姿から振られた剣とは思えない程に鋭い一閃は鎌鼬の首を一刀でたたき落とした。振り返らず、ウルは更に突き進む。
これで竜に感知された可能性もある。更に急がなければならない。
『だが、これはこれでおもしろいの、カカカ』
「面白くねえよクソ」
「右前方に再び鎌鼬。少しずつ気付かれ始めていますね」
「急ぐぞ」
ウルは再び地面を蹴り跳んだ。
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