陽喰らいの儀⑰ ■■■■■■



 作戦本部


「ウルの移動位置とは対角に魔術師達は移動させろ。ただし、一カ所に固まりすぎるな。あくまでも消去による未来視の魔眼の封印は狙い続けろ。」


 ビクトールは次々に指示を出す。

 ウルに伝えたとおり、ウルの”未来視破壊”の支援を続行していた。竜が現在、”砂塵”と”消去”を操る魔術師の遊撃部隊を集中して狙っている事から、逆に彼等を囮としていた。結果として現在それは上手く行っている。

 実際、彼等こそが魔眼を封じる為の本命なのだ。脅威に思って貰わなければ困る。


「常に消去魔術の脅威を竜に見せつけろ。飛び立てば落ちるというリスクを与えろ」

「【竜殺し】はどうしますか?!今なら撃てます!」

「まだ撃つな。敵の誘導とプレッシャーは魔術師部隊にまかせる。ただし飛び立とうとしたら即撃て」


 ビクトールはじわじわと迫る”超巨大”灰色竜の接近に焦る部下達を抑える。最早地響きが間近まで迫っているのをビクトールも感じていた。本当に時間が無い。だが、此処で焦っては本当の勝機を失ってしまう。

 魔眼を潰すのは重要だが、本命ではない。竜そのものの撃破にスーアの救出。この二つが成せなければ結局意味が無い。


《こちらベグード、【鎌鼬】の討伐は進んでいるが、数の減り方は鈍い。どこからか、恐らく上空のプラウディアの眷属竜が追加で寄越している。完全な掃討は無理だ。》

「いや、上出来だ。そのまま続けろ。ウルの発言から、【鎌鼬】も竜が操っている事が判明した。ならば効果はある」

《了解、処理を続ける》


 数を減らせば、その分だけ竜はまた、新たな【鎌鼬】を魅了し、操らなければならなくなる。竜がしなければならないタスクは可能な限り増やす。この場に縛り付けるため。そしてウルという暗殺者を安全に移動させるために。


「ウル、ポイントに到達しました」

「よし……」


 情報班の報告にベグードは頷く。しかしまだ喜ばない。ここからが本当の勝負だからだ。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「よし……」


 ウルは焼け付く目で、竜の【未来視】の魔眼の位置を再確認する。

 現在ウルが居る場所は、黒竜の頭部近辺だ。黒竜は頭を大きく持ち上げて、ゆらゆらと揺らしながら周囲を見渡している。獲物を前にした蛇のような動作だが、それが実際には、【未来視の魔眼】で周囲の情報を取得するためであると分かる。


 その【未来視の魔眼】はというと、頭部からややずれた位置にあった。ヒトで言うところの首横辺りだろうか。黒竜の魔眼は全てそうだったが、まるで面白半分で埋め込んだような位置の眼球が蠢く姿は不気味だった。

 しかしその魔眼はまだウルを捕らえていない。見向きもしていない。砂塵の外で奮闘している仲間達のお陰だろう。


「シズク、ロック、準備を頼む」

「承知しました」

『カッカカ、いよいよじゃの』


 シズクが幾つかの強化魔術を唱え始める。ウルは備えていた強壮薬を幾つか飲み干し、ドーピングしていく。当然、こんな強化すぐに途切れて反動が来るが、此処が正念場だと割り切る。

 ロックもウルの身体に更に強く縛り付ける。鎧というよりも、ウルの動きを補正し強める為の強化装備として。

 そして準備完了後、ウルは身構える。しかしすぐには動かなかった。


「本部、準備が完了した。これからに入る。」

《了解》


 それは事前に打ち合わせていたことだった。


 ――竜の未来視はウルを捕らえない。が、魔眼が破壊される瞬間は捕らえると思われる。


 当然と言えば当然の話だ。ウルという存在と、それが引き起こす現象を捕らえることは出来ないとしても、それ以外の機能は正常に働いている。

 で、あれば、”未来視の魔眼が破壊されその先が見えなくなる未来”も当然、情報として獲得するはずのなのだ。そしてそれを確認すれば、即座に竜はその回避に動くだろう。

 故に、まずは待つ。ウル達や他のメンバーが万全の状態を整えてから、更に”1分”待機する。即座に破壊に動けば、。そしてその1分後に未来視の魔眼を破壊する。それがビクトールから指示された内容だ。ウルはそれに従い、待機準備に入った。

 入ろうと、した。


『GAYAAAAAAAAAAAAA!!!』


 だが、その直前、竜が動いた。叫び声を上げ、まるで慌てるように翼を動かし始める。すぐにそれが飛翔する準備だとわかり、ウルは羽ばたいてもいない白い翼から生まれる強風に顔を伏せながらも、しかし口端をつり上げた。


「――――1分後に魔眼が潰されたんだな?」


 潰される未来が見えたから、竜が回避のため動いた。やはり厄介だが、ウルにとって吉報でもあった。

 何故なら、竜の見た未来で、ウル達は竜の魔眼の破壊に成功したということなのだから。


「本部!」

《勝負時だ!!竜殺し構え!!翼への消去魔術も用意!最早予知など気にするな!!》


 指示を出し、ウルも同時に動いた。最早コソコソと、ひっそりと隠れる必要は無い。

 ここから先は互い、望む未来を奪い合う為の鍔迫り合いだ。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

「出来るって保証をくれてありがとよ!!ロック!!」

『おうとも!!』


 竜の咆吼に負けぬ声でウルは叫び、跳ぶ。ロックの骨がロープのように細く長く伸び、竜の肉に突き刺さる。当然、大した傷ではない。だが、飛び立つ竜に自分を結びつけるには十分だ。

 ウルは飛び、暴れる竜の身体に飛び乗った。


「完全に飛ぶ前に、目を潰す!シズク!頼む!」

「【大地よ唄え、我等を結べ、かの方へ】」


 シズクが魔術を唱え、重力を操りウルの身体を竜に結びつけた。

 安定感は増した。が、魔術部隊の消去魔術がかかったら、その瞬間ウルは落下死する。だがもう余計なことは考えない。ウル達よりずっと実力が上の皆が助けてくれると信じよう。


「行くぞ!!!」


 ウルは竜の身体を蹴る。大地を蹴るのと同じように竜の身体を蹴りつける。蠢き、暴れ、時として弾き飛ばされるのを必死に堪え、ひたすらに走った。


『GYAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 竜の咆吼が響く。流石にこちらに気付いたのだろうか。側面に幾つもある魔眼がぎょろぎょろと蠢く。不可視の魔術でウルは見えないが、完全な隠匿からはほど遠い。間もなくしてウルの周囲で発火、爆発、様々な魔術が放たれ始める。

 だが、もう既に、目的の魔眼は間近まで迫っていた。ウルは自分の魔眼が焼け付く感覚を堪えながら叫ぶ。


「シズク!!!いけるか!?」

「はい、この距離なら聞こえるでしょう」


 シズクがウルの背中から身体を起こす。片手で振り落とされないようにウルを抱きしめつつも、もう片方の手を握り額に当てる。神官の祈る所作にそれは似ていた。


「【■】」


 そしてそれを口にした。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 対竜術式。

 邪霊の名誉回復のため、唯一神ゼウラディアに奉仕するため、冬の精霊ウィントールの巫女達が編み出した術式。

 その詳しい概要をウルは知らない。彼女はラストの審問会議でその術式自体は明かしたが、どの魔術師にもその再現は不可能だった。「私自身の肉体を起点としているため、他の方では再現は困難であると思います」とシズクが補足していた。


 ――実のところ、私自身、上手く作用するか自信が無いのです


 竜相手に練習する機会などあるわけが無い。【大罪竜ラスト】の一回も殆どぶっつけ本番だったのだ。

 だから今、背中のシズクにその術式を使ってもらうのは、ウルからすれば「当たれば大きい」程度の認識だった。上手くいけばしめたもの。失敗したらそれはそれとして別の手段を考える。そう思っていた。




「【■■■■■■■■■■■■■■■■■■】」




 だが、響く彼女の声には、ウルの思惑をかき消すような”力”が満ち満ちていた。

 必然的に耳元でその声を聞く事になったウルは、背筋が凍り付くような寒気に襲われていた。早々にこの姿勢で彼女を抱えているのを後悔して、彼女のことを衝動的に手放しそうになった程だ。


 なんだ?シズクは何を言ってる?


 何も聞き取れない。魔術の詠唱であるのは間違いない。何時も通りメロディーを奏で、魔術を構築する。だが、肝心のその言葉を一つも聞き取れない。

 いや、違う。聞きたくない。理解したくないと脳が拒んでいるのだ。

 何時もの彼女の美しい声をそんな風に思ったのはウルも初めてだった。気持ち悪い。気持ち悪い。早く終わってくれ――


『しっかりせい!!ウル!!!』

「っ!!」


 ロックの叱責でウルは正気を取り戻す。大きく息を吸い、そして吐き出す。再び竜の身体を蹴る。何も考えるな。思考を止めろ。今はこの槍を竜の魔眼に突き立てることだけを考えろ!!

 そして同時に、シズクの術式が成就する。



「【凍 ■ ■ ■】」



 シズクが黒竜を指し、言い放つ。同時に


『GAAAAAAAY!?!』


 銀の魔法陣が発生する。竜が、動きを止めた。ピタリと停止させた。まるで時でも止まったように、魔眼の破壊から逃れるための全ての抵抗を停止させたのだ。

 竜は驚愕する。ウル達の周囲の魔眼の全てがウル達を、正確にはその背中のシズクを睨む。無機質で、無理矢理とってつけたような魔眼からこれまで感情が読み取れる事は無かったが、今は何を考えているのか分かった。


 恐怖と、驚愕だ。


 だが、どれだけ睨もうと、魔眼の力は今機能していない。まさしく最大の好機だ。


「此処ぉ!!!」


 蹴る。跳ぶ。振りかぶり、突き出す。渾身の突貫でウルは突撃した。

 会心の踏み込みだとウルは思った。天地もひっくり返ったような状態で放った突撃ではあったが、少なくとも自分が扱える最大の力を竜牙槍の穂先に全て乗せられた。


 魔眼を潰せる、そう思った。


「…………――――ああ』

「は?!」


 突然、竜の身体から湧き出てきた【天祈のスーア】に竜牙槍をぶん殴られて破壊されるまでは。

 

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