陽喰らいの儀⑮ 変なの


「巫山戯るなクソトカゲ!成るほど納得だ!!良くやったウル!!!」


 ビクトールは理不尽にキレることと、腑に落ちて納得することと、発見者を褒めることの三つを同時に行った。

 未来視の魔眼。この状況下を考えるに最悪の魔眼が飛び出してきた。

 魔眼の類いについては彼は詳しい。都市の治安を守る騎士団にとって肉体が変質した魔道具とも言える魔眼は、街中に自由に持てる凶器と同義であり厄介なトラブルの種だからだ。故におおよその魔眼の類いを彼は把握している。故に貴重で数が少ない未来視も理解している。

 数秒間先の「非常に精度の高い未来の幻視」だ。


「コチラの防御も弱まるがやむを得ん。砂塵から消去魔術に切り替え、完全に魔眼の効力を失わせ……」

「団長?」

「……今から竜を覆う範囲型の消去結界を作成するのに要する時間は?」


 問われ、情報班は通信魔具で砂塵をかける魔術師部隊に連絡を取り、そして解答した。


「およそ2分で」

「では今から準備を行い、。ただし半数で行い、残り半数は砂塵を行い続けろ。情報班は時間計測及び竜の観察開始。」


 ビクトールの指示の真意を理解できた者もそうでない者も、ひとまずは指示通りに動き出す。竜を囲う魔術師達も動き出す。そしておよそ一分が経過した頃。


「子竜の大群が黒竜の周りから出現!!魔術師部隊の方へと向かいます!」

「消去魔術停止!!防御陣を展開し一時後退!!!」


 ビクトールは即座に指示を出し、魔術師達を下がらせる。すると動き出そうとしていた竜はその動きを止め、再び魔眼と鎌鼬による周囲への攻撃を再開した。

 ビクトールは判明した事実に歯噛みした。


「未来視は確定。だが、先を読むか……!」


 未来視は大抵、数秒先を読むものだ。少なくともヒトが身につける魔眼の類いの限界はその程度だ。そもそもそれ以上長い未来を見たとしても普通は扱えないだろう。二種の視界が離れすぎて、なにが起きているのか理解できない。

 だが、竜は違うらしい。1分先の未来を読み、そして自分が窮地に陥る攻撃を的確に読んできている。


「……だが、万能ではない筈だ。未来視の全ての情報を受け取れるなら、今頃黒竜討伐のメンバーは全滅だ……」


 万能であれば首尾良くスーアを捕らえた後、上空で【天賢王】に捕らえられる様なこともなく逃げ出していただろう。あるいは今、周囲を囲う冒険者達も動きを先読みして殲滅しているはずだ。

 それができないのは制限があるからだ。

 出来れば慎重に情報を集めてから動きたい。が、


「灰の竜!!接近しています!!防壁と接触まであと100メートル!!!」

「時間が無いか…!」


 時間が無い。窮地は黒竜だけではない。黒竜だけに戦力を集中させる訳にもいかない。

 ではどうするか、確実性を捨て、強引に動くしか無い。現在の手札の中で、最悪ではない選択肢を選ぶしか無い。条件不明な未来視を条件を明かさぬまま潰す方法。

 それは、それは――


「……全く、本当にクソッタレだな」


 ビクトールは彼としては珍しく、直球の悪態をついた。


「団長?」

「黒竜に再生能力の類いは確認できたか?」

「いえ、在りません。恐ろしく頑丈でありますが、【天賢王】との戦闘時破壊された幾つかの魔眼も再生されないままです」

「では【歩ム者】のウルに連絡を取れ」


 彼の声には自身に対する深い失望が込められていた。しかし、彼が採れる選択肢は限られていた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ロックンロール号内


「……つまり、俺が、未来視の魔眼を破壊しろと?」

『死ぬんじゃないカの?』

《今私は滅茶苦茶を言っていると自覚してる。その上で確認する。行けるか?》


 ウルは押し黙る。汗が額から流れるのは何も、熱に痛む自分の魔眼の所為だけではないだろう。現状を理解するが故に掛かるプレッシャーに潰れそうなのだ。


 騎士団長、ビクトールの言ってることは確かに正しい。未来視の魔眼を持つウルは竜の魔眼の予知を打ち消す事で、竜の予知を潜り抜けることは可能なはずだ。幸か不幸か、今最も竜の懐に近いのもデカい。

 だが、逃れられるのは予知だけだ。他の感覚器官が死んでいるわけでも無し、竜がウルに気付けば、ウルは虫の様に殺されるだろう。それで終いだ。


 無茶苦茶を言っている。だからビクトールも通信越しに渋い声を絞り出しているのだろう。死にに行ってこいというレベルの無茶な指示だと自覚しているらしい。


 だが、此処でウルが動けないと、黒竜の退治が遅れる。

 スーアが助け出せない。

 戦況が悪くなる。

 世界が滅ぶ。


「………やります」

《……………あらゆる手でそちらを支援する。頼むぞ》


 通信は切れた。通信が切れると同時に戦車の中から頭蓋骨が顔を出し、ウルの方へと振り返った。


『で、どうする気じゃい?相当な無茶ぶりじゃったが』

「……今考えてる」

『言っておくがの、無理なら無理っていうんじゃぞ?』

「だが、それを言ったら向こうは更に困るだろ?そんで世界の危機だ」

『知ったことじゃないわい。そんなもん指揮官と王サマが考えることじゃ』


 ロックはそう言いきる。無礼で無責任な発言だった。しかしそれがウルを気遣っての言葉であると理解できないほど、ウルも察しが悪いわけでは無かった。


『世界を救うためにお主はこんな所まで来たのカ?違うじゃろ?』

「…………そーだな。ありがとよ。ロック」


 ウルは素直に感謝を告げる。ありがたい指摘だった。

 連続したスケールのデカイ戦いと、突如として跳び込んできた戦況を左右する状況での大任に一瞬目が眩みそうになっていた。自分は、自分のために此処まで来て戦っているのだ。極論世界の命運は二の次だ。それを忘れてはいけない。


 まさしくその通りだ。そしてその上で、ウルはまだ退く気は無い。


 やけっぱちになっているわけではない。かといって明確な勝算が在るわけでも無い。

 しかしウルとてこの戦いに心血を注ぎ奮闘する者達の努力と覚悟は理解できるのだ。そして、彼等が守ろうとする”世界”なんていうものまではよく分からないが、その世界で生きる者達の事くらいはウルにも分かる。ウルが好ましく思うヒトも、ウルを育ててくれた育ての親も、その世界で生きているのだ。

 それを放り投げるのはご免だった。


 しかしそうなると尚のこと、どうするか……


「ウル様」


 シズクがウルの手を握る。


「作戦の時に言いました。、必要ならば使ってください」

「頼りにはしている。だが、シズクが動いても未来視に捕らえられ――」


 そこでふと、気がついた。


「ウル様?」

『ウル?』

「………不細工なのは今更か」


 ウルは覚悟を決めたように竜牙槍を握りしめた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 黒竜周辺、魔眼射程範囲外にて


「リーダー!」


 部下達の元に、ベグードが空から飛び降りた。

 先ほど魔術師部隊を助けた後とんぼ返りしてきたのだ。これから始まる作戦に備えるためである。


「様子は?」

「まだ、動きません……本当に、やれるのでしょうか?」

「……例え、アイツらが脚がすくんだならそれでいい。我々でも動く。準備は忘れるな」

「はい!」


 指示を出しながらも、ベグードは不快感を抑えられずに居た。

 彼を苛立たせているのは、これから最も重要な作戦を【陽喰らい】の参加者の中で最も実力と経験の浅い者に、自分らの命運を託す羽目になっている自分の不甲斐なさだ。


「……情けない」


 部下に聞こえない声で小さく呟く。

 失せろと言った相手に命運を託す羽目になるなど、恥ずかしくて笑えてくる。が、その感情はなんとか押し込める。恥だろうが何だろうが、世界の危機の前には些事だ。乗り切った後、彼等の前で頭を下げるでもなんでも気が済むまですれば良いのだ。

 今は忘れろ。恥など幾らでもかいて良い。此処を乗り切るためならなんだってしてやる。

 そう思っていると、【遠見】で様子をうかがっていた部下が叫んだ。


「【歩ム者】動きます!」

「……本当にいくのか」


 脚がすくんだならそれでいい。と、部下にベグードが言ったのは本心だ。この状況、ウル少年の双肩に全てを託すのはあまりに酷だ。逃げ出しても、怯えすくんでも文句を言うつもりは無かった。

 だが、それでも彼は動いた。ベグードは言葉にしないが驚き、同時に心底から感心しながら視線を上げ、そして見た。


「…………………んん?」

「本部!聞こえますか!本部!!」


 そしてベグードは目を疑い、部下達は本部に向かってありのままの状況を叫んだ。


「変なのから変なのが出てきました!!」


 骨の鎧を身に纏い、右手に禍々しい剣、左手に竜牙槍、そして背中に銀髪の美少女を背負い装着した状態のウルが戦車から姿を現した。

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