陽喰らいの儀⑭ 打消
【真なるバベル】作戦本部 ビクトールは報告を聞いて額に深い皺を寄せた。
「ある程度の失敗は覚悟の上だったが、まさか何もかも上手くいかないとはな……」
こうなってくるといっそ笑える。と思ったが、残念ながらピクリとも顔は動かなかった。
だが、空から何故竜が自分から降りてきたかは理解できた。消去魔術をかけられ上空から落下しダメージを負うリスクを避けるためだ。更に砂塵による魔眼の防御は他の魔物を調達することである程度回避した。そして翼を奪おうとする竜殺しは先んじて潰そうとする。
確かに間違いなく、向こうはコチラの作戦を読んでいる。だが、どうやって?
「スパイなどがいるのでしょうか」
「竜は人語を解さない。知性が低いのではなく、根本的に我々と大きくズレている」
竜に対しての読心を試みた者がいたが、そのことごとくは廃人となった。あまりにもヒトとは感性がかけ離れていたためだろう。つまりその逆に竜達もコチラの事を理解は出来ないだろう。
無論、ヒトと竜を介する何かがあればまた話も変わるだろうが、あるかどうかも分からない物を前提に考えても仕方ない。一先ずは作戦を盗み聞かれるなんていう可能性は低い、で良いはずだ。
だが、それでは何故作戦が読まれるか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《たまたま偶然、と言うことは?》
《無い。この動き方はそうでは無い。》
《断言しますね、リーダー》
竜の魔眼射程圏外、砂塵によってギリギリ射程圏外になったその場所で【白海の細波】は未だに鎌鼬と戦っていた。無数に沸いて出ては不可視の風で砂塵を消し飛ばそうとする鎌鼬達をベグードは切り裂いていく。その動きはとても効率的だ。彼等の周りには瞬く間に鎌鼬の死骸が積もり、砕けていく。
《魔眼封じの砂塵と、鎌鼬の出現はほぼ同タイミングだった。これを偶然と呼ぶにはあまりにも出来すぎている》
《でも、それならどうやって……』
《だから考えている。些細なことでも分かったら騎士団長に報告忘れるな》
『KI!!?』
ベグードはそう言いながら剣を更に振るう。三体の鎌鼬が同時に細切れになり、砂塵の中、一見して小動物のようにしか見えない小柄な鎌鼬達は首を落として倒れた。
順調に殺している。だが、それ以上に鎌鼬の数が多い。かなり執拗だ。何が何でも魔眼の視界を潰させまいとしている。魔術師達が力尽きるまでになんとかしなければ――
《……魔術師部隊は何処に配備された》
《我々からやや後方に守られている、筈ですが……?》
それを聞くや、ベグードは空を駆けた。竜が降りた理由が落下防止の為の回避であり、その後ことごとくコチラの攻撃を潰してきている。対して砂塵の防御手段は鎌鼬の風による防御に留まった。
だが、向こうの本来の目的は腹の中のスーアの奪取でありこの場からの逃走だ。
ならば、砂塵を生む魔術師の部隊、【消去魔術】による飛翔能力の簒奪と落下を可能とする魔術師部隊を放置するわけが無い。
「本部!砂塵の魔術師部隊を下がらせ守りを固めさせてください!」
《もう指示をだしている!だがそのまま向かってくれ!!》
「了解!」
つまり何かがあったのだ。
ベグードは更に跳ぶ。飛び交う魔物達は片っ端から刻みながら近寄ると、魔術師部隊の姿が見えた。騎士達の防壁にて魔物達から身を守っている。だが、その防壁が激しく揺れていた。なんだ?と近寄れば魔物達の影に隠れ、一回り大きな塊が蠢いている。
黒く、太く長い胴、蛇というよりも巨大な蛭のような生物がのたうちながら、防壁をかみ砕こうとしている。アレは、
「【子竜】か!!!」
子竜(ドラゴンパピー)だ。成体とは言いがたい小型の竜が紛れている。しかも一匹や二匹ではない。どこから沸いて出た?!という疑問が頭を過るが、即座に動いた。
「【固着!】」
魔眼はまず通った。その点に少し安堵しながらも至近の一匹に剣を叩き込んだ。だが、
「固いな……!」
『GYYYYYYYYYAAAAAA!!』
赤子といえど竜は竜。皮膚は硬い。鱗のないぬらぬらとした黒い皮膚をほんの少ししか裂けていない。技量で引き裂ける強度を大幅に超えている。しかも力が強い。見た目と比べ明らかに重量がある。単純に体当たりされるだけでも骨が砕けるだろう。
だが、小人でありながら前線の戦士として戦ってきたのがベグードだ。困難な強度を持つ敵との戦いは、慣れていた。
「腸まで固いか?」
『G!?』
剣を引き抜き、身体の大きさと比べやけに大きな口に剣を突っ込む。当然鋭い牙で腕を食い千切ろうとするが。それを魔眼で固着させ止めた。
刺し、捻り、引き裂く。子竜は固定されたままビチビチと痙攣し、間もなく動かなくなった。ベグードは返り血を浴びながら、剣を引き抜きそれを拭い感想を漏らした。
「”まだ”弱いな、本当に生まれたてか」
だが、竜の成長は異様に早い。時間は駆けられない。ベグードは魔術師達を守る防壁に狂気じみた体当たりを繰り返す子竜を殺すべく急ぎ、同時に通信した。
「本部!やはりコチラの動きが全て読まれている!対策が必要だ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ロックンロール号内部
「何故、どうやって竜は私達の動きを読むのでしょう……」
「シズク、考察しているところ悪いが俺たち今絶賛シェイクされて死ぬとこだからな」
ウルはひっくり返った状態で考え込むシズクにひっくり返ったまま突っ込みを入れた。現在二人はロックンロール号の中に身体を押し込めている。
「恐らくはしばらくは大丈夫です。竜も、最初は着地の衝撃で暴れていましたが、今は腰を据えています。飛行の障害を潰すまで動くつもりがないのでしょう」
「そりゃ良い情報だが……今度はここからどう脱出するか考えなきゃいけないわけだ」
ウルは身体の彼方此方に出来た青たんやたんこぶをさすりながらしみじみ言った。竜が急降下し強引に着陸した際、ロックンロール号は軽く吹っ飛び、同時に何をどう間違えたのか竜の尾の先の棘にぶっささってしまったのだ。
『器っ用~~~に装甲と装甲の隙間に差し込まれとるわ!こら簡単にはぬけんぞ!!』
結果としてウル達はロックンロール号の内部で竜が暴れるに任せて結構な大ダメージを負うはめになってしまった。シズクも割と酷い姿で、額から血も流れている。
だがあまり気にしている様子もない。じっと考え込んでいる。作戦本部からの通信で大体の事情はウル達も把握していた。それを聞いてから彼女はジッと考えている。そして不意にウルを見た。
「ウル様やロック様はどう思いますか?」
「どうって、言われてもなあ……」
『ワシはそういうの苦手じゃ、ウルに任す』
ロックは早々に思考を放棄した。ウルはひっくりかえったまま頭を掻いた。
「正直なところを言うと、竜のスケールがデカすぎて、想像力が鈍い。」
竜に作戦を読まれた、と聞いたとき、ウルが思った感想は「竜ならばそういう事も出来るのかも知れない」だった。相手との力量差が大きすぎて、思考が停止しているのだ。相手のスケールが大きすぎて、なんだって出来る気しかしない。
戦場において良くない考え方だと分かっているが――――
「ウル様」
シズクがウルを見る。真剣なまなざしだった。逆さまの状態でも彼女は美しかった。美人というのは逆さまになっても美人なんだなと言う馬鹿な感想が頭に浮かんだ。
「竜が、どれだけ常識から外れた生き物であろうとも、彼等は生き物で、殺せば死にます。其処だけは決して揺らぎません」
その点に関してはディズも繰り返していたのは覚えている。竜は死ぬ。必ず殺せると。かなりしつこく念を押していた。その時はまだ、ウルには理由は分からなかった。
だが、今なら少し分かる。彼女はウル達が”こうなること”を懸念していた。そしてそれをシズクもまた分かっている。
「殺せると言うことは、私達と同じ道理の中で生きていると言うことです。ならばこの竜の動きにも必ず理由がある」
「……了解。ちょっと考える」
ウルは逆さまになりながら頷いた。竜と対峙した者が陥る沼にはまりかけていたらしい。なんとか思考をフラットに戻そうとウルは額を揉んだ。
確かにシズクの言うとおりだ。竜は理不尽なバケモノだが、しかしコチラの抵抗が一切通じない強靭無敵な存在であるかといえば、否だ。もしも何も通じないなら、【鎌鼬】のような抵抗手段を用意しない。砂塵の目隠しなど無視してやれば良いのだ。無視せずに妨害した時点で、それはつまり竜もそれを嫌がったと言うことだ。
竜は滅茶苦茶だ。恐ろしく危険だ。しかし一切の道理が通じないわけでもない。
「…………」
では、コチラの作戦の全てを読み切る道理とはなんだろう。こちらの作戦そのものを知っていたかのような動き。先読みしていたかのような、あの動きは。
竜。飛翔の竜。魔眼の竜。作戦の対策の先取り。先読み――
「――シズク、パイセンが黒竜の情報話すとき、どうやられたか言ってたよな」
「ええ。同種の魔眼による”打ち消し”が発生し、【固着】が破られたと……」
ウルはそれを聞くと、ロックンロール号の出口の扉を開く。戦車そのものがひっくり返るので出口は足下にある。それを慎重に開いた。
「ロック、俺を支えてくれ。落下しないように」
『何じゃよく分からんが、ええぞ』
骨の両腕がウルを支える。ウルはそれに身を預けて、吊り下げられた状態でゆっくりと、自らの眼帯を取り外した。【未来視】の魔眼で、ジッと竜を覗き見る。すると、
「…………――」
黒睡帯を通さずに左目の魔眼で世界を見ると、ウルは常に世界がダブって見えた。ろくに制御の出来ていない、扱い切れてもいない未来視の魔眼は常に数秒先の未来を映し、故に通常の視界と重なるとダブって見えて大変に気持ちが悪かった。
だが、今ウルの視界はそれとは違う。
世界は確かにダブっている。だがその中心に居るはずの竜の姿が何故か見えない。竜の居る場所だけが欠落している。元々竜の鱗の色が黒いからその所為かとも思ったが、そうではなかった。
竜が居る場所に、何も無い。視認できない。居るはずのものをウルの魔眼が捕らえない。
そして、虚無の中、一点だけ輝くものがあった。魔眼だとすぐに分かる。その魔眼は身じろぎもせずジッと、している。ただその輝きだけはやけに強くて、ウルは思わずその光に目を見張った。その強い光はウルを惹きつけ、そして同時にその目をジリジリと焼いた。
「っぐ!?」
『ぬお!?暴れるんじゃ無いわい!』
その熱さに耐えられなくなって、ウルは意識を浮上させる。そして痛みに悶える。ロックが支えてくれなかったらそのまま落ちていただろう。ロックはその手でウルを引っ掴むと戦車の中に放り込んだ。
「ウル様!」
「……作戦、本部聞こえるか。分かった。竜が何でこっちを読むか分かった」
ウルはシズクからの治療を受けながら、呻くようにして叫んだ。
「【未来視の魔眼】だ!!」
自分の未来視が消去されるのではなく打ち消しあった。同種の魔眼によって。
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