陽喰らいの儀⑬


「どうして黒竜が既に落ちている!?」


 黒竜討伐作戦、その最初の最初で想定外に見舞われたビクトールは頭が痛い思いをする羽目になった。想定外は覚悟の上のつもりだったが、初手いきなりそれをくらうのは中々に胃にダメージが行く。

 結果だけ見れば竜が落ちたこと自体は良いことだが、それを幸運と捉えるにはあまりにも危険な要素が竜には多すぎた。


「飛翔から落とすための消去魔術師部隊、まだ動いていません!」

「では何故落ちたのか!!」

「自分から降りたように思えます!!」

「自分から…!?」


 解せなかった。

 黒竜はスーアを捕らえている竜だ。だからこそ必死に逃げようとしていた。その竜が自ら脱出口から目を背け、下に降りてくるなんてありえないように思える。

 が、実際に竜は降りている。そして下で魔物の掃討に従事していた【歩ム者】の側で暴れている。まるで自ら退路を捨てるように。


 もしやスーア様が腹の中で死んで、逃げる必要がなくなった?


 と一瞬思考が過り、ビクトールは首を振る。そうなれば戦況は最悪に悪くなる。無論、司令官として想定しないわけにはいかないが、それを前提に動くと恐らく士気が持たない。

 それにどのみち、竜は討たねばならないのだ。あの黒竜そのものも。


「騎士団長!!【歩ム者】の”変なの”が大変なことになってます!!!」


 情報班から酷くとんちんかんな情報が飛んできた。もっと正確にものを言えと怒鳴りたかったが、言わんとしていることは分かった。


「ええい!迷っている場合ではないか!!王には【神の御手】の解除を進言!!【竜殺し】用意!!翼を落とせ!!戦闘部隊は急行!!消去魔術部隊も合流しろ!!!急げ!!」


 作戦会議中、シズクが言っていたとおりだ。この作戦は多少の無理を通してでも強引に押し通らなければならない。それはつまり、幾つもの想定外が起ころうとも現場での状況判断とアドリブで乗り切る無茶が必要になると言うことだ。


 だからこそこの作戦は冒険者がメインなのだ。竜討伐という目的のみを共通として、様々な想定外に各々の判断で対応させるために。


「と、いうわけだから助けに行くまでなんとか凌げよ小僧ども!!!」


 竜の尻尾に引っ掴まれてブンブンされてる【歩ム者】の”戦車もどき”にビクトールは叫んだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【歩ム者】達の後続として竜落下予定地に向かっていたベグードは、結果として竜自らの墜落と共に吹っ飛び、その尾っぽに振り回されている【歩ム者】を見て目を見開いて驚愕していた。


「運、悪すぎか……!?」


 竜が降りてくるのもまあ想定外なのは良いとして、何故にアイツらはあんなに訳の分からん代物で動き回っていたのに、竜落下時にその真下にいるのだろう。

 しかも、衝撃の拍子にぶつかったのだか刺さったのだか捕まったのだか不明だが、長い竜の尾の先端に巻き取られ、今ブンブン振り回されている。悲鳴のような声が聞こえるから恐らく中にいるのだろう。頭が痛い。


「リーダー!どうします!?」

「予定通りまずは他とも連係し翼を落とす!”竜殺し”発射と同時に動け!!魔術師は砂塵を起こし、灯火の神官殿と連係しろ!!」

「【歩ム者】のアレは!?」

「あの不運な連中は私がどうにかする!!!」


 矢継ぎ早に指示をだしてベグードは跳び、剣を握る。

 身体は軋む。しかし起きたときと比べて悪くは無かった。細剣を握りしめる感覚もまだしっかりとしている。回復が終わったのか、解呪が済んだのか、あるいはあの激烈な味覚を脳天に与えるお茶を名乗る謎の液体のお陰か。最後が理由とは信じたくないが、やけに身体の調子は良かった。


「礼はしてやる!勝手に死ぬなよ!!」


 ベグードは固着させた空を駆ける。同時に地面に落ちた竜の周辺から砂塵が沸き始める。魔眼の視界隠しが発動している。これなら躊躇わず近づける。彼は竜の尾へと一気に空を蹴ろうとした。


「……!?」


 だが、その寸前でベグードは不意に宙を蹴り、身を翻した。

 頭で考えた動きではない。技能による第六感としての【直感】ともまた少し違う。熟練の冒険者として重ねてきた彼の経験が、彼の身体を勝手に突き動かした。

 そして、彼が進もうとした先で、風のような刃が奔ったことで、その反応は正しかったことを理解した。ベグードは自らの側面から新たに飛ぶ風の刃を睨む。【固着】の魔眼を発動させた。

 そしてその正体を見る。


『KIIII!!!』

「【鎌鼬】か!!!」


 空を駆ける風を巻き起こし、刃のようにして引き裂く魔物。群れで動き、鳥達や、場合によっては飛行艇なども襲う邪悪なる獣。

 それが竜の周りを飛び交っている。ベグードは固定した狸のような、しかし恐ろしく長い爪と翼を持った【鎌鼬】を切り刻み、即座に冒険者の指輪で通信魔術を起動させた。


「本部!【鎌鼬】が出現した!!竜の周りを飛び回ってる!!」

《確かか!?》

「確かだ!つまり”砂塵が消される”!!」


 言っている間にも、竜の周りに不可思議な風が巻き起こる。魔術で起きた砂塵を吹っ飛ばす。完璧に拭い去る訳ではない。が、砂と砂の狭間から、竜の魔眼がちらついて見える。


「っちぃ!!」


 ベグードが最初に吹っ飛ばされた時と比べれば威力は比較的マシだが、再び吹っ飛ばされて眠りこけるのは避けなければならなかった。


「魔眼を殺し切れていない。下手には近づけないぞ!!」

《……!了解だ!!近接は控えろ!!竜殺しと魔術師部隊で翼を狙え!!砂塵は緩めるな!!》


 騎士団長の指示を聞き、ベグードは更に距離を取る。だが同時に、解せない、というように眉をひそめていた。


「これは……いや、だが今は!!」


 ベグードは気を取り直し、コチラの首を掻ききろうと迫る鎌鼬に剣を向けた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「竜殺しよおおい!!」


 備え付けられていた遠距離砲塔、【竜殺し】の射出装置を騎士達が設置し、構える。対竜に特化した殺意の黒槍はその威力はお墨付きだが、それ自体に射出威力の増強などの術式効果は刻まれていない。

 ただ、ひたすらに刺し貫いた相手を殺すための武装だ。故に射出装置は必要であり、また確実に当てるために距離も詰める必要があった。

 そしてその距離を詰めるまでは、何事も無かった。無論、防壁の外をぬけ、竜に近接する過程で多数の魔物達に襲われもしたが、想定の範囲には収まり全ては迎撃されたのだ。

 かくして全ての準備が整い


「狙うは翼だ!絶対に二度目の飛翔は許すな!!撃――――」


 【竜殺し】が射出される。その寸前だった。


『GHYAHYA』


 竜が嗤った、気がした。


「……!?竜から多数の魔力熱反応を感知!!【咆吼】が来ます!!」

「防御!!!」


 指示を出した途端。騎士達が防壁を起動させる。バベルの中心で天賢王を守る巨大なる防壁とはまた形が違う。範囲は小規模だが限られた範囲を守り切るためのシェルタータイプだった。

 同時に、竜の身体から光が放たれる。それらは真っ直ぐにコチラへとは向かわず、まず上空へと打ち上がった。竜の身体から幾つも伸びた光の柱は、そのまま大きく弧を描いた後に、真っ直ぐに、【竜殺し】の部隊の元へと降り注いだ。


「っぐう!?」


 騎士が衝撃に跪く。だが、防壁は崩れない。彼等とて、防壁の外で竜に襲われる覚悟と備えはしてきている。その程度の衝撃は織り込み済みだった。故に耐えられる。耐えられるの、だが。


「……な、がい!何時まで攻撃が続く!?!」 


 長時間、竜からの集中攻撃を耐えられる程に、頑強ではない。

 現場を指揮する騎士隊長は驚愕する。竜からの襲撃を受けたことそのものではない。竜からの攻撃が明らかに、こちらに一点集中していたからだ。

 天からの弧を描くような熱線。あれは明らかに狙い以外の場所に阻害されるのを恐れた軌跡だった。絶対に此処に居る自分たちを破壊しようという敵意をハッキリと感じていた。


「これは……!」

「隊長!!保ちません!!」

「防壁維持しつつ撤退!!竜殺しは損なうなよ!!!」


 撤退を指示する。すごすごと逃げ帰る羽目になるのは情けなかったが、竜殺しだけは失うわけにはいかなかった。だが代わりに一点、得られた情報があった。


「ビクトール騎士団長!!!!!」


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