陽喰らいの儀⑧/ロックンロールと天への祈り



「魔人種出現!魔人種出現!!【火炎魔人】だ!!」


 情報班の火急の連絡に、バベルの防衛部隊は慌ただしくなった。

 特に冒険者達部隊は 明確に表情を険しくした。彼らは経験から理解していた。極めて厄介な魔物が出現したという事を。


か!よりにもよって!!」

「しかも出現箇所は多数、空中庭園のほぼ全周囲に出現しています」

「おいおい……」


 血が噴き出していた腕に回復薬を乱暴にぶっかけていた冒険者は苦々しい顔を浮かべる。その露骨な反応についていけていないのはプラウディア騎士団の連中だ。彼らの多くは活動拠点をプラウディアから動かさない。故に別都市の魔物の知識は浅い。


「そんなに不味いのか?」


 騎士の一人が問うと、冒険者は酷くげんなりとした顔をしながら鎧を装着し直す。だが、どうしたものかと頭を悩ませているようだった。


「近付くだけで強烈な熱。近接で処理すれば確実にコチラがダメージを喰らう。しかも滅茶苦茶にしぶとい。だがもっと厄介な点がある」

「それは?」

「倒したとしても近くに


 その言葉に、一瞬その場を沈黙が支配した。厄介という言葉の意味を理解したのだ。火炎魔人を回復させる熱源はいまこの空中庭園の至るところに存在している。

 仲間の【火炎魔人】がいる限り、彼らは復活するのだ。


「はあ?ズルではないか?」

「雑な感想が出ましたな神官殿。同意見ではありますが」

「エンヴィーだと火山地帯でコイツラが出現するからほぼ無敵なんだ。ソレと比べりゃマシ……いや、逃げ道がない分どっこいか」


 冒険者は額から汗を拭う。冷や汗をかいたのではない。物理的に今、熱いのだ。騎士団の生み出した防壁の中、安全地帯である筈のこの場所に周囲の熱が届き始めている。


 そしてこの状況下は、思ったよりも遙かに窮地であるとすぐに悟ることになる。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 【真なるバベル】防壁部隊最前線


「あっづう……!!」


 騎士の一人が悲鳴を上げる。

 プラウディアはイスラリア大陸の中では最も安定した気候であり、ラスト領のようにじっとりとした暑さは存在しない。故に、単純な熱さには慣れていなかった。


『A………AA………』


 生み出した防壁のすぐ側には火炎魔人達が殺到している。騎士達の防壁は完全に彼らの侵入を防ぎきっている。当然、鉄をも溶かす様な彼らの灼熱の肉体も遮断しきっている。故に騎士達は身体が焼けることは無い。

 が、火炎魔人たちが焼くのは騎士達だけではない。

 場の空間そのものを、彼らは焼くのだ。そしてその熱が騎士達を苦しめていた。


「情けないことを抜かすな……と、言いたいが、コレは確かにキツいな」


 隣の先輩騎士も同じように唸る。騎士団として全身鎧に身を包んだ彼らであるが、それ故に鎧の中は蒸し風呂の状態だ。多様な環境に応じ肉体を最適に保つための【適応】の魔術が鎧には刻まれている筈なのだが、その魔術効果を貫通している。


「頭クラクラしてくるぞ。これ、不味いんじゃ無いのか…!?」

「ああ、不味い。それは分かってる。分かってるが……!」


 この場を離れるわけには行かない。下がれば下がるほど火炎魔人達は前に迫ってくる。空中庭園を埋め尽くす火炎魔人達の包囲が狭まれば、今以上の熱が襲いかかるだろう。

 さりとて交代要員を使う訳にもいかない。何せ、つい半刻ほど前に後退したばかりだ。交代のローテーションを崩し、一部の騎士達の負担量を増やせば、崩れる。そうすればやはりお終いだ。

 凌ぐしか無い。が、これは長くは持たない


「冒険者達は対処しちゃくれねえのか!」

「してるだろうさ、見ろ」


 先輩騎士が不意に上空を顎でしゃくる。新入り騎士が上を見上げる。

 【陽喰らい】が始まってからずっと同じ、星々も見えない真っ暗な空だ。遙か上空では天陽結界に阻まれた大罪迷宮プラウディアが浮かび、その周囲を眷属竜が舞い踊る。見ているだけで気分が悪くなるような光景だった。

 その暗闇の中を、眩く輝く白い閃光が駆け抜けた。


「【轟雷】」


 【神鳴女帝】が墜ちる。同時に、周辺の【火炎魔人】たちが一瞬で蹴散らされた。


「おお!!?」


 雷と共に降り墜ちた女帝の姿を騎士は一瞬見る。黒と金色の女はこの状況下にあって目が奪われる程に美しかった。

 そのままイカザは駆け抜けるようにして去って行く。防壁の周辺に集まった火炎魔人達を片っ端から破壊していくようだった。


「……そりゃ冒険者どもが心酔するわな」

「見惚れている場合か!全員、回復薬を飲んでおけ!魔人が復活するまでにコンディションを回復させろ!!!」


 先輩騎士が矢継早に指示を出す。言っている間にも粉々になった火炎魔人達の破片はじりじりとまた、一カ所にまとまりつつあった。


「本部が対策を考えるまで持たせるぞ!!天賢王の盾としての役目を果たせ!!」

「応!!!」


 騎士達は自身を奮い立たせるべく声を上げる。

 だが、火炎魔人達の放つ熱が、彼らの体力を恐ろしい勢いで奪っているのは紛れもない事実だった



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 無論、その事実を騎士団長ビクトールも理解している。


 この状況は非常に不味い。何せ本部にもその熱は伝わっている。

 防壁を生み出し、直接火炎魔人達の侵入を防がんとする騎士達の地獄と比べればまだましだが、それでも補給に戻った騎士達も冒険者達も、ろくに身体を休める気にはならなかった。寝転んでいるだけでもどんどんと汗が噴き出し体力が消耗していくのだから。


 怪我人の消耗も激しいため一部結界を張り、温調を行う対策もとった。が、常に高温に晒されるこの状況下では魔力の消費が激しい。やはり根本的な解決は必須だった。


「イカザ殿が動けている間に対処せねばならんぞ」

「だがどうする。彼女をもってしても火炎魔人どもは相互に干渉し復活している。半端な反撃では無駄に体力を消耗するだけだ」

「で、あれば一度に全てを消滅させるしか無いでしょうな」

「簡単に言ってくれるがな……」


 対処方法は確かにそれしかないのはわかる。わかるが、それはまさしく「出来るなら苦労はない」という話である。黄金級のイカザであっても不可能な事を出来る者がいるとしたら、それは――


「私が出ます」


 その会議の最中、不意に現れたスーアに作戦本部の一同は驚愕した。


「スーア様!」

「まとめなさい。還します」

「それは……!」


 と、ビクトールが確認する間もなく、たったそれだけを言って、スーアはすたすたとバベルの中央、天賢王の横に戻っていった。神官達も、騎士達も、冒険者達もぽかんと口を開け、彼ないし彼女の言葉を理解することに努めていた。

 ビクトールは咳払いをし、確認する。


「火炎魔人達を誘導して一カ所にまとめろと、そういうことだな?」

「恐らく……」


 神官の一人が同意する。冒険者の一人が額を掻きながら小さく愚痴った。


「……その、何というかもう少し分かりやすく説いてはもらえぬのですかね?」

「貴様不敬だぞ。本当のことでも言ってはならぬ事はあるのだ」


 などと、軽口を叩きながらもスーアの提案を元に彼らは作戦を組み立て始める。


「火炎魔人はその無敵性と火力に能力を振り切っているためか、動きは極めてトロい。物理的に押し込むだけでも誘導は可能な筈だ。」

「予備の防壁部隊で押し込んでみるか?」

「いや、いつ何処の壁が欠損するか不明だ。この熱だ。交代要員は残しておきたい」

「天陽騎士の部隊を幾人か融通しよう。遠距離からでも奴らを吹っ飛ばす事は出来る」


 ビクトールは出てくる意見の内幾つかを却下し、幾つかを再考する。まだ先のことを考える必要もあるため全力は出せない。出来る限り効率よく事を進める必要があった。


「だったら、俺たちも手伝う」


 と、そこに再び声をかけてきたのは【歩ム者】のウルだった。何やら身体の彼方此方が焦げ臭い匂いがしてるあたり、さきほどまで【火炎魔人】とやりあって逃げてきたらしい。


「おう坊主、次はどんなビックリドッキリアイテムを出すんだ?」

「よくわかりましたね」


 隣の銀髪の冒険者、シズクが感心したように頷いた。からかうように尋ねた冒険者は眉をひそめた。


「え?マジで変なの出すの?」

「変なの出す。今準備してる。それで確認なんだが」


 ウルはきょろきょろと周囲を見渡し、そして目当てのものを見つけたのか、騎士団の予備装備を指さして尋ねた。


「防壁部隊の【盾】借りて良いか」





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 【神鳴女帝】イカザは防壁の外、最前線で未だ戦いを続けていた。


「【轟雷】」

 

 薙ぎ払いの一撃によって火炎魔人達を落としていく。火炎魔人は不死身に近い回復力を秘めているが、粉々に砕ききれば、その回復を相当な所まで遅れさせることは可能だ。


「全く、年はとりたくないものだな……」


 だが、当然そこまで念入りに殺しきるのには体力を使う。既に防壁の外側は灼熱地獄のような温度になっている。僅かに動くだけで噴き出す汗は止められない。まだまだ戦えるが、悠長にしていてはいけない。

 昔は後先など考えずとも気力で駆け抜けるだけの体力があった。だが今は後先が頭に浮かび脚が僅かに鈍るのだ。その事実を老いと理解し、イカザは自嘲気味に笑った。


「先生、手伝います」


 と、そこに【白海の細波】ベグード達がやってくる。小人の小さな体躯に合わせた細剣ながら、それを振るった瞬間瞬く間にイカザの周囲の火炎魔人が細切れになって砕けていく。イカザの攻撃と比べ、殺し切れている訳ではないが回復には時間が掛かるだろう。


「イカザ様!これを!」

「ああ、助かる」


 その間にイカザはベグードの部下が渡してきた回復薬を口にして一息つく。そしてベグードに尋ねた。


「この状況下の対策法は決まったか」

「一カ所にまとめ、【天祈】様の力で一網打尽にするとのことです」


 それを聞くとイカザは困ったように唸った。


「スーア様は相変わらずザックリとしている。一カ所にまとめる手はずは?」

「冒険者と騎士団の魔術師部隊の混合編成、それと天陽騎士から【風の加護】と【水の精霊】所持者による混合編成を編成中とのこと」

「大層だが、一体も残してはいけない。我らも動くか」

「ええ…………ん?」


 ベグードは首を傾げ、振り返る。イカザも同様に振り返った。おかしな、大きな気配が近付いてきている。魔物とも思ったが、それは防壁側から近付いてきており――


『カカカカカカカ-!!!!!』


 そして間もなくしてソレはやってきた。

 一言で言うならば巨大な骨の塊。形は馬車のようにも見えるが肝心の馬が見当たらないのに、単独で疾走している巨大な馬車。そして馬の代わりに何故か巨大な”骨の手”が伸びて、しかもその手に騎士団の”盾”を両手で握りしめ、防壁を展開しながら疾走していた。


『カーッカカカカ!!!コレ楽しいのう!!!』

「骨だって燃えたら砕けんだから注意しろよ!!」

『AAAA………』


 展開する盾の防壁を押しつけられて、火炎魔人達はかき集められていく。丁度塵をちりとりでかき集めるような無茶苦茶なやり方ではあるが、確かに火炎魔人達は強制的に移動させられていた。


「ロック!!シズクから連絡!前方左側に取りこぼした奴らがいるっぽい!!」

『おっしゃあいくぞお!!』


 その戦車の上にのったウルは彼方此方に指示を出しながら、イカザ達の前を過ぎ去って火炎魔人達を回収に動いていた。


「……なんじゃあありゃ」


 【白海の細波】の一人が声を漏らした。当然、と言うべきか、その疑問に答えられる者はこの場に一人も居なかった。歴戦にして伝説の冒険者であるイカザであっても、あんな珍妙なる代物を見たことなど一度も無い。


「役に立てないなら下がれと言ったのだが……」


 ベグードは顔を顰めながら声を漏らす。イカザは笑った。


「だから役に立てるように準備して戻ってきたと言う訳か」

「その準備がアレか……」


 頭が痛そうなベグードの声に、イカザはさらに笑う。


「楽しそうですね、先生……」

「滅茶苦茶やる奴らを見るのは楽しい」

「あんな無茶を若い連中に真似されては困るのです……困るからな?」


 ベグードがチラリと後ろを振り返ると、先ほどまで「どのようにしてアレを動かしているのか」と真面目なツラで検討していた部下達は必死に頷いた。ベグードは溜息を吐き出す。


「彼らが気に入らないか」

「生き急いで危なっかしい上に目立ちますからね。お子さんが彼らのようになりたいとおっしゃられたらどう思います?」

「ハハ、それは確かに勘弁だ」


 イカザは笑い、再び剣を構える。空中庭園は広い。未だウル達が取りこぼした火炎魔人は多い。とても彼らだけでカバーしきれる範囲ではない。


「指定ポイントまで燃えカス達を吹っ飛ばそうか」

「お手伝いします」


 間もなくして轟音と剣撃音が空中庭園に木霊した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 火炎魔人の誘導作戦は速やかに進んだ。

 精霊達の力で吹っ飛ばし、魔術師達が凍り付かせ、戦士達が破壊し粉みじんにしてまた吹っ飛ばす。のこった残骸や、はぐれた火炎魔人達は珍妙なる骨の戦車がまとめてかっ攫っていった。徐々に熱が収まる。

 他の魔物達の襲撃もあって決して油断は出来ないが防壁部隊はようやく一息がつけた。

 そして、


「火炎魔人!南東部に結集しました!」


 【新雪の足跡】を確認したシズクが叫ぶ。だが、彼女に言われるまでもなく、作戦本部の中にいる誰にもその結果は目に映っていた。南東部、無数の火炎魔人らが集まり、一個の巨大な炎のように膨れ上がっていた。

 全体の気温の上昇は収まったが、これはこれで恐るべき脅威だ。

 ビクトールは振り返った。


「スーア様!!」


 天賢王の隣のスーアは小さく頷くと、不意にその場から姿をかき消した。

 転移術。何処へ行ったかはすぐに分かる。立ち上った巨大な火の塊となった火炎魔人達の上空に、白い光が在ったからだ。


「【火の精霊ファーラナン】【風の精霊フィーネリアン】」


 大きな声ではない。小さな鈴の音のような声。しかしそれは空中庭園に居る全ての者達の耳に届いた。

 白い光の周りに紅と翠の光が灯る。


「【水の精霊フィーシーレイン】【土の精霊ウリガンディン】」


 蒼と橙の光が灯る。

 四つの輝きは白い光を中心に周り、その速度を速め、光輪となった。


「【四元、まとまりて、一つに】」


 下から立ち上る炎は激しく揺らぐ。上空から現れた脅威を感知したのだろう。火炎魔人達にしては恐ろしい速度で、自身達を足場にするようにして上空に手を伸ばす。白い光を排除せんと蠢いていた。

 だが、時既に遅く


「【四克の滅光】」


 光輪は、光を解き放った。

 邪悪な魔人達の炎すらも一瞬でかすむ極光は、炎の全てをゆっくりと飲み込み、その端から消し去っていく。静かだった。それは破壊というよりも消滅に近く、その無慈悲で防ぎようのない攻撃に見る者全員、息を呑んだ。


 そして間もなくして、光は収まる。同時に、魔人達が居た痕跡もまた跡形もなく消滅しきっていた。


「やったぞ!!流石スーア様だ!!」


 天陽騎士が叫ぶ。続いて他の戦士達も歓声を上げた。

 無論、状況はまだ終わっていないが、一つの勝利を収めたこと、そして自らと共に居てくれる恐るべき七天の実力を改めて示された事に対する歓声だった。


「戦士達よ。立ち向かいなさい。我らにはすべての精霊と、太陽神がついています」


 スーアの言葉が再び響く。

 戦士達は再び【天祈】達を讃える歓声を上げようとして――



『A――――HA』



 その、白い光が、に飲み込まれるのを目撃した。

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