陽喰らいの儀⑦
【大罪迷宮プラウディア】
七天の一行の迷宮侵入ペースは非常に速かった。事前、迷宮の要所に存在する大型の魔物の掃討を済ませていた事もさることながら、やはり世界最高峰の戦力集団の行軍は凄まじかった。
通常の冒険者の一行であれば慎重を重ね、苦労して一つ一つ突破していく様々な地形、魔物をまるで小石を跨ぐような気軽さで次々に突破し、そしてついに
『AAAA――――』
「なんだ、もう終わりか。所詮は中層の門番か」
【天魔】のグレーレはつまらなそうに溜息をついた。目の前では中層の最深部にて七天達を待ち構えていた巨大なる【百頭蛇】が消滅していく。それぞれが連係するまでも無く、呆気なく消滅してしまい、グレーレはつまらなそうに溜息を吐いた。
「このままではあっという間に今回の儀は終わるやもしれんぞ!カハハ!」
「本気でそう言っているのなら、貴方の評価を更に引き下げる必要がありますね」
【天剣】ユーリはつまらなそうにその言葉を一蹴する。彼女の視線はグレーレでも無く、消滅していく百頭蛇でもなく、深層へと続く階段へと注がれていた。
「ここからが本番でしょう」
「うむ、その通りよ。全員、キチンと補給を済ませよ」
そう言い、グロンゾンは持ち運んでいた霊薬(エリクサー)をためらいなく飲み干す。それにグレーレ含めた全員が倣った。彼らの表情には先ほどまでの少し緩んだ空気は無かった。グレーレすらも、口元の笑みは消し去っていた。
「さて、今回はどのような趣向をしかけてくるやら」
「踏みこんだ瞬間即死のトラップもありうる。ジースター。偵察は可能か?」
問われ、【天衣】のジースターは頷き、指を三つ立てた。その意味を理解しグロンゾンは頷いた。
「三分経過後も戻らねば、突入する。頼むぞ」
間もなくしてジースターはその姿をかき消した。ほんの僅かな気配のみが深層への階段へと移動していくのをその場の4人は感じ取った。
「さて、今回の深層はどのような趣であろうか」
必然的に短い待機時間となりグロンゾンはどっかりと腰を下ろす。勿論、まだまだ彼は戦うことが出来るし、なんなら数日間眠らず戦い続けることだって出来る程の鍛錬を積んでいる。だが休めるときには休まなければならない。
深層に一歩踏み入れれば、外に出るまで腰を下ろすような機会は二度とないのだから。
「私は【陽喰らい】のプラウディア攻略は2度目ですが、やはりそれほどまでに変わるものなのですね」
最も若いユーリが尋ねる。本人が言うように、彼女は類い希な剣士であると同時に太陽神から【天剣】を授かった無双の戦士であるが、見た目通り経験は浅い。知らないことは多い。
特に【陽喰らい】は不定期で、場合によっては10年は間が空く。彼女が経験できたのは4年前の一回切りだ。隣でそれを聞く【勇者】も同じだ。プラウディアの攻城戦の経験値は天剣と変わらない。
と、なれば複数回プラウディアの攻略を経験してきた年長者としてアドバイスの一つでも与えてやるのが筋であるのだが、グロンゾンは言葉を濁した。
「そうさな。変わる。変わりすぎて、前回の経験と言う奴が役に立ったためしがない」
元々、プラウディアの特性とはそうではある。現実を薄っぺらい虚構に塗り替えて、その場を書き換えてしまう恐るべき虚栄の大罪竜。その力で次々に変貌する迷宮。通常の迷宮でも起こる迷宮の”変異”、それが極端になったのがプラウディアだ。
中層であればまだ「部屋の中」に変化が留まる。
だが深層までたどり着くと、最早部屋などという区切りは存在しなくなる。
「何が起こるか、誰にも分からん。無限に続く奈落の穴に落ち続けて消えた七天もいるとかいないとか……」
「ああ、いたな」
と、グレーレがグロンゾンの言葉に頷く。
「確か貴様の5代前の【天剣】だ。同じ死に様は晒すなよ?今代」
「前衛がロストしたと言うことは、サポーターとしての役割に失敗したと言うことでしょう。貴方が足りなかったということじゃないですか」
ユーリの皮肉げな言葉に対して、グレーレは笑った。
「
常に不敵で、あらゆるものに対して嘲笑した希代の魔術師が、自らの実力不足をあっさりと認めた。そしてその言葉に対して、ユーリは笑おうとはしなかった。常に全てを観察対象として見下すような男をもってしても、自身を”足らず”として認める迷宮が、この先に続いているのだ。
「さて、三分経ったね」
ディズが小さく呟く。【天衣】は戻らない。つまりは彼が斥候としての役割を失敗したことを意味している。
その事に全員驚きはしなかった。あるいはそうなる可能性も理解していたからだ。内部の状況を先んじて得られれば大きなアドバンテージだったが、そう容易くは無いだろう。
「ジースターならば死んではおるまい。まずは合流を目指すぞ」
「入った瞬間分断させられたらどうする?転移符使う?」
「魔術が使える場所であるとも限らぬ。俺が必ず合図をだす。全員そこに集合してくれ」
全員が頷き、そして揃って深層の入り口に脚を踏み入れる。
この世界で最も危険とされる場所に、その身を投じた。
踏み入れたその場所では
「…………こう来たか」
《…………ええ》
竜が並んでいた。
成竜として成長した、この世界で最も強大なる魔物。
第二級に位置づけられる者 成竜
それが、大量に、ずらりと立ち並び、そして口をぱかりと開いて吐息(ブレス)の準備を進めていた。
「戦術の頭が悪い!!!!!!」
ディズが叫ぶと共に、一行のいる場所に力の全てが叩き込まれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【真なるバベル】
「っぐう!!?」
「ウル様!!」
ウルは自分の腹が燃えるような感覚に身もだえる。当然、実際に燃えるわけではなく、怪我の痛みをそう感じただけで――
「いや、あっつう!?」
――は、無かった。実際に燃えていた。ウルは慌てて地面に身体を擦り鎮火する。それでも身体も動かせなくなるような激痛は高回復薬を直接身体に浴びせることでなんとか抑えこんだ。
「なんなんだコイツは……!?」
『燃えとるのう……?』
ロックも驚愕した様子で眼前の敵に向き合っていた。
3人の前に立ち塞がっていた魔物は全長は2メートル超のヒト型。正直それほど大きくは無い。獣人の成人などはこれを優に越える体格になることもある。
問題は、”燃えている”事だ。
魔術によって発火したとかではない。常時、そのからだが燃えたぎっている、近付くだけで火傷しそうな熱を放ちながら、燃え続けている。しかもその状態で生きている!
「魔人種!【大罪迷宮エンヴィー】に出現する【火炎魔人】です!!」
「特性はなんだった?!」
「ずっと燃えてます!」
「すっげえわかりやすいな!あっつ!!!」
シズクの全く情報が増えていない解説に納得しながらウルは叫んだ。
シンプル故に、凶悪だった。単純に近付かれるだけでも火傷する。殴られようものなら、先ほどのウルのように大ダメージを負う。盾や鎧で防げても、その熱は貫通して身体に大ダメージを負わせてしまう。絶対に近接を許してはいけない類いの敵だ。
『………A……GAAA……』
だが、それでもその動きに俊敏さは感じない。先ほども、ウルにダメージを負わせた後も追撃はしてこなかった。冷静に距離を取って、遠距離から攻撃を重ねれば恐らくは倒せる見込みはあった。
問題は
『……多いの?』
数が、多すぎる。
ウル達は囲まれていた。無数の【火炎魔人】達に。大型の魔物の襲撃に対処し、補給に戻ろうとした矢先、空から大量に落下してきたのだ。逃げる間もなく一瞬で包囲されてしまっていた。
「【水氷よ唄え、邪悪を退けよ!!】」
シズクが素早く魔術を唱え、結界を張り巡らせる。触れたものを凍て付かせ、動きを封じる氷の結界だ。
『なーるほどの。これならあの燃えとる奴らも近づ……』
ロックがその結界に感心し、周囲を見渡す。そして
『……いとるぞ!?主よ!!』
『AA……GAAAA……!!』
火炎魔人が、結界に腕を差し込み、凍り付きながらもその壁を破壊していくのを目撃した。魔人の腕は凍り付き、そしてその直後に炎が燃え上がり腕を溶かす。結界の効果を、ごり押しで突破していた。
「半端なものではダメですね。ウル様。【咆吼】を」
「熱線だと耐える可能性あるぞコイツラ」
「凍らせた後に打ち込んで砕きます。ロック様は脱出準備を」
シズクが詠唱を開始する。ウルはその隣で竜牙槍を捻り、魔力を凝縮する。ロックは背後でその身を変える。見せかけの鎧は放り捨てた。
「【氷水よ唄え、絶対零度をその身に宿せ】」
氷の結界は更に破られる。そしてのろのろとその内側に、【火炎魔人】が侵入を果たした。空気が焼け付き、皮膚から汗が噴き出す。その中心でシズクは静かに【空涙の刀】を操り、一点に向かって振るった。
「【零波】」
『AA………――』
彼女が刀を振るった先、【火炎魔人】達はまとめて凍り付いた。複数体の氷の彫像が誕生する。当然、先ほどのように凍り付いた先からまた、その内側の熱を放ち、溶かしつくしてしまうのだろうと言うことは分かっていた。
「【咆吼】」
故にウルは間髪を入れずに破壊を叩き込んだ。
凍り付いた【火炎魔人】らはその破壊の一撃にその身を砕き散らせる。周囲の包囲網の中で一方向に穴が生まれる。その隙を見逃すわけには行かなかった。
『おっしゃあ乗れい!!』
小型の車両になったロックが叫び、ウルとシズクは返事もせずにそれにのりこんだ。間もなく発進し、砕けた隙間を一気に駆け抜ける。
「よし、これで……!」
脱出した、そう思った。
だが、不意に、上空から何かの気配がする。それは強い熱さを伴っており、そうなるとこの場で思い当たるのは一つしか無い。
『KYAHAKYAHAKYAHA!!!』
眷属竜の笑い声、同時に降り注ぐ火炎魔人達の群れ。それはウル達を囲んでいた数よりも多く、そしてそれは回避する事など不可能な範囲に降り注ぎ――
「【細断】」
その前に、幾多に重ねられた剣撃によって火炎魔人の身体が砕けた。
「あっつう!!?」
降り注ぐ炎の雨にウルは悲鳴を上げる。だがこれでもマシな方だ。もしあのままであれば炎の雨ではなく、火炎魔人の墜落の直撃を喰らっていた。重量のダメージと、炎の熱でウル達は壊滅していた。
そして、ウル達を救った男はその細剣を振るい、ウルの背後にすとんと立った。
「ベグードさん!?」
「脚を引っ張るなと言ったぞ」
短く、鋭い言葉にウルは背筋を伸ばす。だがそれ以上彼は言及すること無く、その細剣を防壁の方へと差し向けた。
「役に立たないなら下がれ。本部も作戦を練っているはずだ。俺達は先生と時間を稼ぐ」
「……了解、ロック」
『うむ!助かったぞ!』
短く礼を言ってウル達は再び走り出した。幸いにしてと言うべきか、先ほどの増援は無い。それでも大量の火炎魔人がうろついており周辺温度は上昇し続けていた。
「良い方ですね」
「何かお礼でも考えねえと……」
『此処を生きて残れたらの!』
軽口を叩きながらロックはウル達を乗せて疾走し続けた。だが、背後では炎の化身たちがじりじりと防壁へと近付いてくるのだった。
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