陽喰らいの儀⑨/誘拐
真っ黒い何かは空を流れるように泳いでいた。
真っ黒い何かは長く、大きく、そして悍ましかった。
真っ黒い胴にはテラテラと鱗が鈍く輝き、背中にはその悍ましい胴体には見合わない真っ白な翼が幾つも並ぶ。そして大きな口からは鋭い牙と、長ったらしい舌が覗かせていた。
『AAAAAAAAAGAYYAYAYAAHHAHAHAAAAA!!!!』
歪な竜が、天空で全てを嘲笑した。
「……な!?」
戦士達の息を飲む声がした。それは明らかに色濃い動揺の声だった。
騎士団長ビクトールは先ほどまで高まっていた士気が崩れたのを敏感に察知した。タイミングが最悪だった。【七天】がその力を強く示したそのタイミングだったのに!
【天祈のスーア】の力は実質的にも、そして精神的にもこの戦場を維持する要だった。それを狙い撃ちにされた。あるいは火炎魔人もこれを狙ってのことだったのか?
だが、このままにしておくわけにはいかない!
「気を確り持てぇ!!」
ビクトールは声を張り上げる。弛緩し死にかけていた空気に徹底的に鞭を叩き入れる。
「スーア様はこの程度でやられはしない!!全員腹に力を込めろ!!!此処が踏ん張りどころだ!!救い出すのだ!!!」
「お、おおおお!!!」
その意図を察したのか、戦士達も声を張り上げそれに応じた。
一先ず、一気に戦線が崩壊する危機は回避できた。だが、根本的には何一つとして解決していない。【天祈】は未だあの巨大な謎の竜に飲み込まれたままだ。プラウディアからの魔物の大群の襲撃が続くこの状況では、スーアを助け出せなければ、遠からず戦線は押しつぶされる。
「だが、なんなんだあの竜は……【暴食】?いや、翼は【虚栄】?!」
「プラウディアお得意の【混成竜】だ。質悪いの出てきたな!」
「とりあえず混ぜ合わせたら強くなるってもんでもねえだろ!なんとか抑えて……!?」
身体を休めていた戦士達も武器を構え、戦いの準備を急ぎ始めていた。スーアを失う事だけは避けなければならないと全員理解していた。故に焦ってもいた。
そして、それ故にその後の竜の動きに、彼らは目を見開く羽目になる。
「ま、さか――――!?」
竜は、天空をゆらゆらと動いた後、そのまま不意に
「に、げるぞ!?」
逃げる。竜が逃げる。”スーアを腹に抱えたまま”!!
「止めろ!!!!!」
ビクトールが叫んだ。
今回ばかりは勇ましく鼓舞する事もままならなかった。なんとしてもそれだけは避けなければならなかった。
最大戦力の強制戦場離脱など、致命的が過ぎる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【陽喰らいの儀】における魔物達の行動原理はこの戦いが始まってから一切変化していない。
第一が 【天賢王】の排除
第二が その障壁となる脅威の排除
実にシンプルだ。しかし、その排除の仕方は必ずしも破壊に限らない。様々な手法でもって防衛軍を苦しめる。それは幾度となく繰り返された【陽喰らいの儀】でハッキリとしていた。
だが、今回の様な排除手段を用いるケースは流石に初めてだった。
【天祈】を攫って、そのまま逃げ出すなど。
「小賢しい真似を!!」
ベグードは苦々しく叫びながらも右目に力を込める。自らの魔眼を開眼させる。
「【固着!!】」
言葉の通り、視界に収めた対象の固定化を行う他対象の魔眼だ。彼はそれを空に向ける。絶え間ない訓練の果て、自在に”空間を見定める”事が出来るようになった彼は、”空気”を固定し、階段のようにして宙を自在に駆ける事を可能としていた。
「リーダー!!」
「お前達は急ぎ増援を呼べ!!私は足止めする!!」
部下達に矢継ぎ早に指示を出してベグードは空へと跳んだ。
魔眼の力で固定化した空を駆け抜ける。竜は間近に迫った。悠然と空を泳ぐ竜。スーアを捕らえたままの竜。なんとしても引き留めねば、戦線は崩壊する!
既に竜は、眷属竜達が空けた【天陽結界】の穴から外に出ようとしていた。無茶でもなんでも此処で止めなければ全てが終わる!
「【固着――】」
何処まで可能かは不明だが、固着を試みる。自分より強大な魔力を保有する対象に魔眼は効きづらい。故に、竜本体ではなくその周辺を固定化し、拘束する。
空間固着による不可視の牢獄は彼の十八番だ。上手く嵌まったと、彼は一瞬確信した――――が
『KA――!!』
「なに!?」
確かに、空中で身じろぎ出来なくなっていたはずの黒竜が、次の瞬間、自分の生みだした牢獄から抜け出て暴れ出した。ベグードは自分の魔眼の力が弾き飛ばされたのを理解した。
だが、どうやって?
力業ではない。ベグードの拘束術は、それができぬように、二重三重に複雑に重なるようにしてつくられる。単純な力業で壊せるものではない。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――!!』
「なん……!?」
見ると、竜の側面が輝いていた。鱗が反射したのかとも思ったが、それも違う。それはベグードと同じ色の淡黒い輝きと魔力を放っていた。
つまりところ、アレは魔眼だ。
「同種の魔眼による相殺(レジスト)……!?」
竜の側面に、大量の魔眼が横並びについていた。
その内の一つが、ベグードの魔眼を相殺したのだ。
「【強欲】の魔眼か…!」
魔眼の特色は強欲の竜だ。この天を翔る竜は、強欲、暴食、虚飾、三種の特性を内包した混成竜。あまりに邪悪が過ぎた。
しかもその魔眼とおぼしき目は一つではない。
で、あれば、魔眼の種類も当然【固着】のみではない。
「っ!?」
竜の側面の幾つか、紅色の魔眼が光を放つ。魔眼の種は多様であるが、紅色の場合は、その多くの場合、秘める力は発火だ。ベグードは周辺の温度が爆発的に上昇していくのを肌で感じ取り、即座にその場を飛び退いた。
『KYAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』
嘲笑と共に、空が燃える。夜空に火の海が誕生する。魔眼の効果範囲があまりにも広大だった。先の火炎魔人の炎がマシに見えるような地獄が空に誕生した。
「っぐうっ!?!」
回避が、間に合わなかった。片腕が炎に焼ける感覚にベグードは悲鳴を堪える。
範囲が、広すぎる!!離脱が間に合わない!!!
ベグードは死に物狂いで空中を蹴り距離を空けようとする。が、竜は身を翻し、落下するベグードを囲うようにその身を動かし始めた。同時に、身体の側面に連なる魔眼達が再び輝き始める。その全てがベグードを捕らえ――――
「目を塞げ!!!」
背後から声が響いた。同時に投げ込まれる魔封玉をみて、ベグードは意図を察し、目を閉じた。
同時に、魔封玉に封じられた閃光が炸裂し、竜の魔眼をその痛烈な光で封じた。
『GYAAAAAAAAAAAAAAA!??』
「無茶をしたな」
空中を落下するベグードの身体に回された腕は、見覚えがある。振り返ればイカザが半ば焼け焦げた自分を支え、回収してくれていた。ベグードは溜息を吐き出す。
「……焦り、先走りました。」
「いや、助かった。時間稼ぎは成ったぞ」
落下しながら、イカザが空を見上げる。釣られて其方を見ると、閃光に悶える竜の頭上にて膨大な魔力が凝縮しつつあった。その魔力が作る形は実にシンプルだった。
強く、強く、ひたすらに強く握りしめられた、拳。
「【天罰覿面】」
天賢王の繰り出す神の鉄拳が、上空を浮かぶ竜を殴りつけた。
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