冒険者ギルド プラウディア本部にて②
冒険者ギルド本部5F 冒険者ギルド長 執務室
冒険者達の頂点の部屋と言っても過言で無いその場所で、部屋の主は客人を迎えていた。
黒と、金色の入り交じったような長髪の女。顔は若々しいが、表情に浮かぶ貫禄は、見た目の若さ以上の貫禄を発していた。
ヒト呼んで【神鳴女帝】 イカザ・グラン・スパークレイ
冒険者を志す者であれば知らぬ者はいないだろう【黄金級冒険者】の中でも最も有名な人物の一人。現在の冒険者ギルドのギルド長。【雷角鬼猿】を討ち滅ぼし、その角で造った剣を振るい大陸中を駆け抜けていった彼女の冒険は書籍にもなった。子供達にも大人気の物語だった(それを見た当人は少し恥ずかしそうにしていたが)
そんな彼女は、客人に向かって、手ずからお茶を振る舞っていた。
「また、生きて顔を合わせられて、嬉しいよディズ」
「私もだよ。イカザ師匠」
「師匠は止めなさい。師匠は」
彼女が向き合っているのは【七天】の一人、【勇者】ディズだ。
自身と同じく、恐るべき戦闘能力を修めた少女を客として迎えていた。
「私にとっては師匠だよ。貴方のお陰で幼い頃、死なずに済んだ」
「あの頃から、既にお前は戦い方を身につけていた。私は助言をしただけだ」
「それでも助かったのは助かったさ。もう一人の師匠よりもずっと分かりやすかった」
互い、言葉を交わす二人の間には信頼があった。それは親子の間にあるような親愛の情ではなく、戦場で互い命を預け合った戦士達の間にある信頼の情だ。様々な危険、苦難を乗り越えてきた者同士にしか育まれない独特の絆がそこにはあった。
「お前の話を聞きたい。さぞや、大変な目に遭ってきたのだろう」
「私も、イカザ師匠の話は聞きたいね。見込み在りそうな冒険者の話とか」
「中堅どころは育っているんだがなあ……」
二人はそれからたわいも無い話を続けた。互いが別れていた間にあった出来事を語り、笑い合う。そしてカップの中のお茶をスッカリ飲み干した辺りで、不意にイカザがディズに尋ねた。
「お前が来たと言うことは、プラウディアか」
その声音は、僅かに緊張が滲んでいた。応じるディズもまた、先ほどまでの和やかな雰囲気を払って、頷く。
「うん、プラウディアが動く。なんとか凌がないとね」
イカザは溜息を一つついて、自身の右手を繰り返し動かす。一瞬パチリと、彼女の手の平から小さな火花が飛び散ったのをディズは目撃した。
「神殿からもそれとなく忠告はあったから準備をしていたが、ヤレヤレだな」
「まだ、出られる?」
「正直、全盛期の力はもう無い。見た目はまだ若いが、中身はもういい年だよ。出るつもりではあるが、どこまでやれるかな……」
そう言って彼女は少し自嘲する。
現役時代、稼ぎ続けた魔力が肉体を全盛期に維持し続けているが、立場のある椅子についてから、実戦にて闘う機会がめっきり減ったのはどうしようもなかった。
魔力による肉体の強化とは別に、命の鍔迫り合いの中で研がれる感覚というものは存在するのだ。全盛期と比べれば、今の自分は見る影も無いだろう。頂点を知るだけに、苦い気分にもなった。
ディズはそれを気遣ってか、肩を竦める。
「まあ、今回に限っては他に援軍が来る。ある程度役には立つと思うよ」
「それは例の、ウチに所属している冒険者のことかな?」
「ご明察……と言っても、流石に分かるか」
この辺りでは一番高い、5階建ての冒険者ギルドの窓から外を眺める。高い城壁の遠く先に、山のように見える竜吞ウーガが鎮座しているのが見える。あれが到着してからというものの、プラウディアの噂はウーガ一色だ。
それを連れてきた冒険者ギルド所属の冒険者のこともまた、今は都市中の噂である。
「彼が巨大な使い魔と一緒に来たのには本当に驚いたよ。長い冒険者人生で初めて見た」
「だろうねえ」
「そこの”妹御”も人生で初めて見たがな」
そう言って彼女は不意に窓外を見ると、金紅の色彩を持った猫が窓際でむにゃむにゃと眠そうにしている。猫の姿を模したアカネは太陽に燦々と照らされて心地よさそうに寝息を立てていた。
《うにゃー……》
「書類である程度知っていたが、思ったより遙かに特殊な経歴と運命を抱えているようだ」
「ま、そうでなければ私に目を付けられる不幸にも見舞われなかったと思うよ」
「幸運だったかもしれない」
イカザはディズの自虐を微笑みながら否定する。
「彼らに目を付けたのがお前だったからこそ、彼らはまだ運命に抗えている。お前以外が彼女たちの存在に気づいてしまっていたら、もっと容赦なく食われていただろう」
「それは、身内贔屓が過ぎるな、師匠」
「本心だ。お前はもう少し自分を上に見積もれ。世界の守護者」
ディズは答えず、視線も伏せたままだ。仕方ない勇者だった。
「さて……折角なら、その噂の冒険者に話を聞きに行くとしよう」
「貴方が直接声をかけたら、悪目立ちしそうだけどね」
「恐らくとっくに悪目立ちしている。忠告も合わせての事だ」
そう言って彼女が立ち上がろうとしたときだ。バタバタとした足音と共に少し忙しないノックの音がした。イカザは眉をひそめ「入れ」と入室を許可した。
扉から現れたのは審査員のミミルだ。無礼な相手に対して言葉の拳で応対する悪癖があること以外は優秀なギルド事務員だ。そんな彼女がこんな風に慌ててやってくるのは珍しい。
つまりは面倒ごとだ。
「どうした」
「冒険者達が集まって、リンチを起こそうとしています!」
「穏やかじゃなさ過ぎるな。誰が虐められてるんだ」
「例のウル少年です!!」
イカザはディズへと視線を向けた。ほらな?と目配せすると、彼女は両手を挙げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪都市プラウディア 冒険者ギルド 訓練所
世界一の太陽の結界の元、十二分な土地の恩恵を得られるプラウディアにおける冒険者ギルドの敷地面積は広い。当然、訓練所の用意できるグラウンドも恐らく各都市国の冒険者ギルドの中でも最大規模だろう。地下空間でなく地上に開かれ、更にその場所を高所から見学できる観客席まで備え付けられている。
訓練所というよりも、競技場に近い。実際、【太陽祭】の時などは此処で武闘大会も開かれる事がある。
無論平時であればヒトが賑わう、と言うことはないのだが、その日は何故か多くの冒険者達が集まり、観客席に詰めかけていた。
「見ろ、あいつだろ?ウルってガキ」
「わあ、ちっちゃい。あんな子供だったの?」
「っつーか何の戦いだよコレ」
「決闘だとよ決闘」
「リンチの間違いだろ?ガガーラの奴らだ。アホだね」
広い訓練所には今現在、複数の人物が向き合っていた。
一方には小柄な少年、昨今噂になっている次の銀級候補と既に名高い若きエース、ウル。黒と白の混じった灰の髪。小柄の只人。目つきの悪い顔つき。正直ぱっと見、そんな輝かしい経歴を持った少年であるようには見えない。彼は木製の模擬剣を片手で握り、眺め、若干顔を顰めている。
相対するのは銅級冒険者。ガガーラとその一行だ。彼らも各々模擬武器を握りしめながら、ニヤニヤと放射状に広がりウルを囲おうとしていた。自分たちよりもずっと小柄で、弱そうに見える少年に、大の大人が複数人で襲う様子は、どう見たってマトモではない。
何が起きているか、なんてのは説明されるまでもなくすぐに分かる。要は、大活躍している新人が気に入らない、と、昇格出来ずくすぶっている冒険者達が「かわいがり」しようとしているのだ。
ハッキリ言って、腐ったやり方だった。普段ならば、そんな所業をする彼らに対して諫める冒険者達は幾らでも出る。プラウディアの冒険者ギルドも人口が多いためかピンキリであるが、優秀で真っ当な人格の持ち主は多い。
だが、今回はその自浄作用が働かなかった。
理由は、これまた明確だ。ウルという、新人の実力を測りたいという好奇心が、良心を上回ったためだ。勿論、模擬戦なんかで計れる実力(ステータス)なんてのはたかがしているものの、とっかかりくらいになるだろう。と冒険者達が集まったのがこの観客の状況である。
「……全く、この熱心さを別の所に使ってほしいものなのだがな」
「大人気だねえ。ウル」
《にーたんイビられてるん?》
そこに、ミミルから呼ばれて参上したイカザとディズ、そしてディズの肩に乗った猫姿のアカネが顔を出す。冒険者達の内何人かはイカザの方に気づき、頭を下げるが、殆どの冒険者が地上の”決闘”にヤジや声援を送るのに夢中だった。
「ディズ様」
「やあ。シズク。君は無事だったんだね」
そこに、美しい少女が顔を出す。イカザは彼女を知っている。ウルと同時期に冒険者になり、そして彼と共に活躍している少女、シズクだ。恐るべき魔術の使い手であり、その風貌と相まって、ウルの活躍の真の立役者であると噂されている。
彼女は、自身の相棒が
《シズクー、にーたんイジめられてる?》
「虐められております」
《かわいそー》
「ええ、可哀想です」
猫の姿をしたアカネに同意し、彼女の肉球をぷにぷにと押すシズクの姿に、焦りや困惑は見られない。随分と冷静だ。そうやって観察するイカザの視線に気づいたのか、シズクは彼女へと視線をやると、一礼した。
「初めまして。イカザ・グラン・スパークレイ様。シズクと申します。冒険者ギルドのギルド長にお目見えできて光栄です」
「ああ、初めましてシズク。最も私は君のことを書類で何度も見ているから、初めまして、という気分にはならないが……しかし、冷静だな」
観客席の階下では今にも決闘という名のリンチが始まろうとしている。しかしシズクは一瞥すらせずイカザ達に視線を向けている。噂通り、彼女が真の実力者であり、ウルのことを道具のように扱っているのだろうか?とも一瞬勘ぐったが、どうもそうでも無いらしい。
イカザの問いに、シズクは微笑み、言った。
「相手の実力は不明ですが、ウル様は勝ちますよ」
「ほう」
断言した。それだけ信頼しているのだろう、というのは分かった。そして彼女は続ける。
「ただ」
「ただ?」
「
その言葉に、猫のアカネは《あー…》と呟いた。
ディズも心当たりがあるのか、少し苦笑いした。
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