冒険者ギルド プラウディア本部にて③
銅級冒険者、ガガールとその一行は冒険者として停滞していた。
明確な理由も原因も存在しない。それがあった方がマシだったろう。彼らの停滞と堕落に理由は無い。ただ純粋に、困難に打ち負け、向上心を失い、鍛錬を疎み、楽に逃げ、下を見て踏みつけ満足する事を覚えただけだ。つまり、そこらへんに幾らでも居るような、経歴だけが長い若い冒険者に管を巻く厄介な冒険者達に過ぎない。
彼らは今日も魔石を漁り、得た金で安酒を浴びて飲んだくれていた。そんな彼らの前に、瞬く間に彼らの居場所を抜き去っていった噂の新人冒険者が現れたとなれば、ちょっかいをかけにいくのは必然だった。
「なあに、俺たちに指導して欲しいのさ。噂のすげえ新人冒険者って聞いたからよ」
そう言って相手が少数の時、数で囲んで訓練所に強制的に連れて行くのが彼らの何時ものやり口である。持て囃され、調子に乗った若い未来のある冒険者を嬲ってボコって、泣きっ面にして敗北させるのだ。相手の自尊心を滅茶苦茶にしてやって悦に浸る。最高の気分だ。
今日の相手は何時もよりも更に若い、子供に見える。だが罪悪感なんて全然沸かなかった。サディスティックな欲望がわき上がる。その子供は武器をじぃっと眺めている。それを見てガガールは笑った。
「武器に不満があるのか?悪いねえ。竜牙槍の模擬武器なんて置いてなくてよ」
嘘である。プラウディアの冒険者ギルドだ。竜牙槍は珍しい武器種だが、その型を模した武器が置いていないわけではない。不慣れな武器を彼に押しつけたいだけだ。その木剣は古くて脆い。廃棄予定のゴミ箱に捨てられていたものだ。冒険者の筋力で振るえばすぐにへし折れるだろう。勿論、戦いの最中、折れたところで変えてやるつもりはない。
「卑怯なんて事いうんじゃないわよねえ」
「賞金首次々に倒してんだろ?実力を見せてくれよ」
仲間達がゲラゲラと笑ってあおり立てる。
若い新人冒険者なんてのは大抵、血気盛んで、自意識過剰だ。魔物狩りが順調になるほどに魔力の獲得による身体強化がそれが後押しする。昨日出来なかったことが簡単に今日できるようになるものだから、勘違いするのだ。自分は無敵だと。だから煽りに弱い。
自分から包囲に突っ込ませれば、後はお楽しみだ。ガガールは心中で舌なめずりした。
「……一つだけいいか?」
「あ?」
と、そこでようやく、ウルという冒険者は口を開いた。未だ木剣を凝視したまま、彼は言葉を続けた。
「あんたらのリーダーって誰だ?」
「あ?俺だがそれがど――」
次の瞬間。目の前に飛んできた木剣が彼の脳天に直撃し、衝撃と共に彼は気を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ガガール!?」
彼の仲間であるケイミーは自分たちのリーダーが突然ぶっ倒された光景にぎょっとなった。彼の周りには腐った木剣が破損し砕けてばらまかれた。ウルの位置はまだ遠い。つまり彼はガガールに向かって木剣を投擲したのだ。
「やってくれたね!?まだ始めも何も――」
抗議の声を上げようとしたが、次の瞬間ウルは背中を向ける。理解できずにいる内に、ウルはそのまま駆けだした。一瞬、ケイミーは呆気にとられる。
彼は逃げている。尻尾を巻いて自分たちから。
「ふ、ふざけんじゃないよ!!!」
ケイミーは駆けだした。他の3人も同じく怒声を上げて追いかけ出す。追いかけっこが始まった。小柄で、すばしっこいウルは広いグラウンドを自由に逃げ回り、ケイミー達を翻弄した。
「ハハハ!おおいケイミー何やってんだ!右だ右!」
「おらおらちゃんと走れ!」
観戦している馬鹿な冒険者達は逃げ回られている自分達をはやし立てる。常日頃から素行の悪い彼らに味方はいない。ケイミーは苛立ちながらも足を速める。重い装備をしている仲間達と比べ、ケイミーの足は速く、間もなくしてウルの背中を捕らえた。
「追いかけっこは終わりだよ!!」
「へ?」
手が、ケイミーの首に伸びて、走ってきた勢いを崩して彼女は地面に叩きつけられる。背中を強かに打ち付けた。
「っぎゃ!?」
剣を取りこぼす。その剣をウルは拾い、同時に地面に倒れたケイミーに馬乗りになる。逃れようとケイミーは身体を動かすが、そのまま彼の拳が腹に連続で叩き込まれた。ちょうど鎧がやや薄くなっている横っ腹を狙い撃ちで。
「ひっぎゃっ!?」
蛙のような声を上げて、彼女は身体から力を抜いた。冒険者を生業にしながらも、長い停滞と堕落で痛みに弱くなっていた。怒りよりも何よりも、痛い思いをしたくないという感情が身体を支配し、抵抗を止める。
そして、その弛緩の隙を見計らうように、ウルは彼女の身体を強引に立たせると、ぐるりと彼女の背に周り、後ろから再び彼女の首を引っ掴んだ。
「な、何!?何!!?」
「動いたらへし折る」
「ひっ」
強い力を込められ、ケイミーは再び力を抜く。ウルは、その彼女の首を掴んだまま、遅れてコチラに近付いてきた男達の前に彼女を突き出す。
「て、て、てめえ…!?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……えっげつねえ!?!」
「ワハハ!ひでえなアイツ!!最低だわ!!」
「いやー俺は好きだぞあの形振り構わねえの!やっちまえ!!」
観客は盛り上がっていた。元々、この戦いの始まりから正々堂々なんてものは無かったのだ。ウルのダーティプレイを肯定する者は多かった。元より冒険者達の中で正々堂々なんて言葉の縁は遠い。生き残った者勝ちな所がある彼らにとって、この戦いは勝利した者が正義だ。
卑怯だなんだと叫んでるのは、直接それをやられてる卑怯者達くらいだ。
「……彼に仕込んだのはお前か?ディズ」
そして、そんな彼らの戦いを観客席から眺めるイカザは、隣で見物しているディズに質問する。彼女は首を横に振った。
「投擲の技術は仕込んだけどね」
《にーたん、もとからあんなんよ》
そういうのは、彼女の膝に猫の姿で腰掛けるアカネだった。
《にーたん、
「そうですね。最近は特に、洗練されてきたと思います」
「得る魔片が強力だから身体能力は平均を超えるけど、使いこなせているとも言いがたい……けど――」
実際、イカザの目から見ても、ウルは冒険者としてみれば飛び抜けて優れている訳ではない。ガガール達も長いこと冒険者を続けてきた以上、魔力は得てきているし、それなりの実力もある。何よりこういうかわいがりに彼らは慣れている。5対1で真っ当に戦えば、確実にウルは負ける。
だが、実際はどうか。ウルは一人を不意打ちで倒し、二人目を周りの仲間と引き剥がして戦闘不能にして、更にその彼女を盾にすることで残る3人を翻弄した。真っ当にやれば、肉盾なんて扱いにくいだけのはずの代物で相手を精神的に追い詰め、一人一人打ち倒していく。
これは、身体能力とは全く別の分野の力だ。特定の才能(センス)だとか、そういう言葉で片付けるのも難しい。もっと原始的で、総合的な部分だ。彼は――
「彼は
ディズは的確に、彼の力を言い表した。
間もなくして、ウルはガガール一行の最後の一人を打ち倒し、勝利を収めた。
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