冒険者ギルド プラウディア本部にて
~プラウディア滞在三日目~
大罪都市プラウディア中央域 やや北 冒険者ギルド本部
イスラリア大陸全土に存在する冒険者ギルド。その総本山がプラウディアに存在する冒険者ギルド本部である。大罪迷宮プラウディアへと続く【天獄への階段】のほど近くに存在する冒険者ギルド本部は、今日も今日とて忙しい。
「依頼掲示板(クエストボード)が更新されました。皆様ご確認をお願いします」
「銀級、ケケロニア様に新たなる依頼です。え?この依頼者はいや?そう言わずに…」
「仲間の斡旋依頼だな。良い一行を見繕ってやる。前のとこでは苦労したらしいからな」
「迷宮内の遺物の窃盗疑惑?また?【真偽】の神官を呼ばなければなりませんかね…」
冒険者ギルドの仕事、といっても、迷宮で魔石を掘り返す冒険者達をただ送って、魔石を徴収することだけが仕事では当然ない。彼らはつまるところ【冒険者】という職業の者達全体を育成、援助、場合によっては懲罰を与えるための支援組織なのだ。仕事は多様に分かれ、厄介な場合も多い。
まして此処は本部。冒険者ギルドの総本山。目の前の対処のみならず、各地の冒険者ギルドから様々な報告や連絡、相談まで送られてくるのだ。とてもではないが、半端な職員ではこの多忙さに圧殺されて、逃げ出す羽目になるだろう
だから、此処で働いている同僚達は凄い。そしてそんな場所で共に働ける自分は誇らしい、と、冒険者ギルド職員、ミミル・ナナルナは思っていた。
彼女は冒険者ギルドが好きだし、そこで働くギルド職員は好きだった。彼らは洗煉されていて、プロフェッショナルだ。バカみたいにいばり散らしてくる上司もいない。同僚も皆出来るヒトばかり。少し劣等感を抱く事もあるけど、負けないように奮起できる。残業だって少ない(無いわけでは無い)。働くにはとても良い環境だと確信する。
だが、此処にやってくる冒険者達のことはそこまで好きでは無かった。
何故って、粗野で、喧しくて、少し傲慢だ。この地が世界の中心のプラウディアだからなのか、何処か言葉の節々に自分自身が世界の中心であるかのような厚かましさが見える。
しかもトラブルを持ち込んでは、同僚達を困らせるのだ(そういう日は残業がとても長引く)。そしてその事を恥じ入るどころか、「お前達が食っていけてるのは俺たちのお陰だ!」などとこっちに面と向かって抜かす者もいる始末だ(殴ってやろうかと思った)。
勿論、真面目な冒険者もいるとわかっている。そもそもギルドの運営職員の幾人かは冒険者を引退した者達だし、此処のトップは現役の【黄金級】。それはわかっているし、彼らは立派だ。
でも、だからこそ「若い芽に機会を与えて、尽力してやりたい」という立派な志を持った彼らの配慮をないがしろにするバカで粗野な冒険者達が嫌いなのだ。
そんな訳で、
「冒険者ギルドでは働きたいけど、出来れば冒険者と関わり合いになりたくなーい!」
という、勤務五年目にしてちょっと拗らせた感情を抱きつつあった彼女であるが、やはりどうしてもそうはいかない。日々の仕事の中、冒険者とは関わらないわけには行かない。頼むから厄介な地雷案件に当たらないようにと願いながら、今日も彼女は仕事に勤しんだ。
そしてその日、彼女は特大の地雷に直面した
「……………ええっと……ですにゃ……」
獣人の訛り声を思わず漏らしながら、ミミルは筆を彷徨わせていた
彼女が今記入しているのは、冒険者達の冒険の成果を記載した報告書(リザルト)である。
文字を使えない冒険者も多いから、こうした報告書は口答による聞き取りの元、ギルド員が作るのが通例だ。その過程で”抜き取り”等の犯罪が無いか、もっと単純な”虚偽”の報告が無いか確認する、厄介ながらも大事な仕事だ。
仲間全員と口裏合わせ、なんていう手段をとる輩達もいるが、半端な嘘はどう足掻いてもボロが出るものだ。それを見抜くのには彼女も慣れていた。
だから今回は困った。何せボロがでてこない。いや、ボロが出ないのは良いことなのだ本来は。だが、今回に限っては違う。
「どうかしたのか」
目の前にいる少年、只人の【名無し】の少年は、少し訝しんだ顔でこっちを見ている。ミミルの挙動不審の所為だろう。ちょっと申し訳なかった。
出会い頭の彼の印象は、"冒険者にしては生真面目で大人しそうな男の子"だった。
若い冒険者というのは大抵血気盛んで、英雄願望がやけに強くて(最初の数回の冒険が上手くいきすぎてしまうと特に)高慢ちきになる。そう言う意味では珍しくも殊勝な少年だ。装着しているのは銅の指輪だから実績もあるのだろうに。
コツコツと丁寧に仕事を重ね、ギルドからの信頼を手に入れたのかな?
そう言った堅実な冒険者は面倒がなく嫌いではない。ミミルは今日の仕事が少しは楽になるかも知れないと楽観しながら、彼の経歴を確認した。
そして、それがとんでもない勘違いであると気づいた。
「いえ、大丈夫ですよ。ウルさん」
まさか、彼が例の大騒動の中心に居る
ミミルは報告書をもう一度読み上げ始める。
「……天陽騎士からの依頼で、大罪都市ラストからグラドル領に移動。その過程で【小迷宮イザ】を攻略、突破」
まあ、ここまでは良い。
いや、何故に神殿の剣である天陽騎士からの依頼が入っているねんという疑問はあるが、大罪都市ラストからの書類を確認したところ正規の依頼であるらしいのでこれは良い。
問題はここからだ。
「竜災害(ドラゴンハザード)のあった建設予定の都市ウーガを攻略開始。内部の主であった粘魔が模倣したとおぼしき【擬竜】を撃退。その後、ウーガを邪法で利用しようとする邪教徒の目論見を破るため、術に介入。ウーガを簒奪」
「その際【勇者 ディズ・グラン・フェネクス】【白の蟒蛇】【元 天陽騎士 エシェル・レーネ・ラーレイ】の協力がありました。当ギルドの【白王陣の使い手 リーネ・ヌウ・レイライン】の活躍も大きかったのは追記しておいてください」
たたみかける情報の渦の中、ウルの隣りに座るシズクが追加で報告する。
シズク、この少女はまた変だった。何が変って美しすぎる。女のミミルから見てもあまりにも可愛い。嫉妬の感情すら抱かない。
女の冒険者は結構居るが、彼女らの多くはろくすっぽ美容に気を遣うことできていない事が多い。だから肌が酷く荒れてたり、傷の跡を晒したりしてる。容姿は整っているのにもったいないと思うことが多い。
が、この銀色の少女は何なのか。プラウディアで大人気の劇場で働く女優達にもここまでの美人は居なかった。肌も綺麗で髪艶も輝いている。というか光ってる。なんか凄い良い匂いがしそう。した。
話が逸れた。
何故、突然【七天】が出てきたのだ。プラウディアにて暮らす以上、彼女の名前は知らないわけが無い。この地では英雄扱いだ。【勇者】様は大英雄の【天剣】様などと比べればあまり目立たないが、市井の暮らしを脅かすようなトラブルに身体を張って対応してくれて常に気をかけてくれるからミミルは好きだった。
また話が逸れた。ミミルは咳払いして、シズクに視線を向ける。
「その……どうしてその外部の皆さんと協力を?経緯を教えて貰えますか?」
「ディズ様とは元々護衛の依頼で契約を結んでいました」
「うらや……他には?」
「エシェル様は今回のウーガ動乱の鎮圧の依頼者ですね。その後協力関係に、白の蟒蛇は元々都市建設時の護衛の依頼を受けて現地に滞在していました。その後、交渉の末に協力を結びました。詳細は彼らにも直接確認していただければ」
実に淀みない説明だった。
先に、彼女を外した状態でウルだけに聞いていた話と全く変わりは無い。嘘をついているとは思っていなかったが、正直大分突飛な話であったので確認したかっただけだ。
報告書に再び目を落とす。残念ながら突飛で胡乱な情報は続いていた。
「その後、グラドルにて【邪教徒】による邪法で神官の大半が粘魔化する大事件が発生。同時期ウーガの制圧に出ていた
シズクを見た。彼女の様子に変化は無い。
ウルを見た。黙っている。彼もまた変化は無い……が、ここに”何か”があるのだろう。というのはそれなりの冒険者達と面談を続けてきた彼女にはすぐに分かった。
しかし
「ウーガ制圧を行った神官の粘魔化……この辺りについて詳細に伺っても?」
「ウル様からも説明はあったと思いますが、申し訳ありません。”グラドルに口止めされていて私達には詳細に話す権利がありません”」
シズクはそう言って頭を下げる。
グラドル動乱は大変な事件だった。プラウディアでも他人事でないくらいの。
冒険者ギルドが派遣した黄金級、【真人創りのクラウラン】の活躍により事件自体は収束したものの、その後の後遺症もまた大きかった。マトモに動かなくなった神殿。混乱する都市民。そしてそれを期に蠢く邪教徒、闇ギルド、人攫い、その他諸々魑魅魍魎。それらを沈静化するためプラウディア冒険者ギルドも勿論支援を行った。
だから彼女も知っている。この件は表沙汰に出来ない。すべきではない事情がある。
グラドルが提示した事件の全容、そこに幾つかあった”空白”を、天賢王は追求せず、そして認めた。冒険者ギルドもそれに従った。
だから、こう言われてしまうと、それ以上の追求はミミルにはできない。
「分かりました。ですが、もしどうしても自分では対処できない事態に巻き込まれたならその時は、冒険者ギルドを頼ってください。決して、自分だけで抱え込まないように」
「お気遣い心から感謝いたします。そう言っていただけると本当に嬉しいです」
人形のように美しかったシズクは、子供のように表情を綻ばせて笑った。ミミルは顔が少し赤くなった。破壊力の高い笑顔だった。不安だったのだろうか。少しでも安心させてやることが出来たのなら幸いだ。隣のウルも申し訳なさそうに頭を下げる。
なんというか本当に冒険者らしからぬ少年少女だ。ミミルはそう思った。
全ての冒険者達が彼らのように殊勝であったならどれだけ自分の仕事が楽か。
いや、でもこの後これから彼らの冒険の報告を評価しなければならないことを考えるとやっぱり無いな。ないない。彼らと同じような輩が一杯いたら多分熟達した冒険者ギルドの職員達であっても脳みそ破裂して死ぬ。
「ええと、その後は使い魔となった【竜吞ウーガ】を操るエシェル・レーネ・ラーレイの仕事を手伝いながら、グラドル領に存在した幾つかの賞金首の魔物を撃破していったと」
「その辺りは、正直、我々の純粋な功績とは言いがたいのですが、冒険者ギルドではどのような評価になるのでしょうか?」
「検討中です」
ミミルは即答した。
過去の事例で、賞金首を撃破するため移動要塞を活用した合同作戦に参加した冒険者の評価点がひょっとしたら参考になるか?と、思いはするが、少なくとも今すぐどうこうと決められる代物ではない。時間をくれ時間を。
「それ以外の部分で、お話聞かせていただけますか?」
その後、一通り、ウーガ奪還からの流れを追い、聞き取れるだけの事情は聞き取れた。
やはりというかなんというか、通常の冒険の流れとはどこまでも逸脱した報告になった。
大罪都市のある冒険者ギルドに届く冒険者達の報告(リザルト)は、必然的にその都市が管理する【大罪迷宮】の冒険記録になる。同じ場所、同じ迷宮での探索録は、正直あまり見応えが無い。惰性で手頃な魔物だけを狩り、滞在費と生活費を稼ぐに満足した冒険者達の報告など特にそうだ。
そう言う意味で、彼らの報告はとても面倒ではあるが、新鮮ではあった。
これを何度も持ってこられるのはご免だけど。
「報告確認は以上になります。なにかそちらから確認したいことはありますか?」
するとウル少年が左手を上げる。
児童教室の生徒のようだなと内心笑いながら「どうぞ」と続きを促した。
「催促しているようで申し訳ないのだが、俺たちは銀級になれるのだろうか」
「そうですね……」
ここに至るまでの彼らの実績はどう考えても銅級の枠に収まるレベルではないのは誰の目にも明らかだ。あちこちで「次の銀級候補」なんて噂がまことしやかに囁かれている。
そんな状態の彼らをいつまでも銅級で放置するのはあまり良くない事だ。実績を上げている者が評価されない現場と見られるのは損しかない。
だが、やはり早すぎる。若すぎる。実績が少ない、という意見がギルドの【冒険者査定委員】からも指摘があり、それもまた的を射ていた。
結果、我等が冒険者ギルドのギルド長は折衷案を出した。
「これは暫定的な決定ですが――」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルド1F 受付ホールにて
「銀級冒険者昇格”見込み”……か」
ウルは、ミミル査定員から伝えられた言葉を繰り返し、少し微妙な表情になっていた。
「銀級としての実績は認めるものの、方々を説得するのに時間が掛かるから”仮”ですか」
シズクもそれに続く。ウルは暫く頭をゆらし、言葉を飲み込むようにして、言った。
「おめでとうでいいのかね?」
「仮ですが」
「じゃあ、仮おめでとう」
ウルが手を出すと、シズクは暫くしたあとぱすんとその手に合わせた。
「……締まらんが、まあ仮だしこんなもんでいいか」
「本題が、全く終わっていませんからね」
「まあな」
ウル達はまだウーガで拠点を確保するための”試練”を済ませていない。この仮銀級認定を喜ぶにしても、それが済んでからになるだろう。
「さて、ディズはまだ用事は済んでいないのかね」
「ギルド長、神鳴女帝、イカザ様に要件があるとおっしゃっていましたね」
「暫く待つか……」
冒険者ギルドのロビーは様々な冒険者達が行き交い、騒がしい。あまりのんびり出来るような場所では無いが、仕方が無い。適当に空いている椅子を探そう。と、ウルが周囲をキョロキョロしていると、シズクがウルの腕を引いた。
「ん?」
振り返ると、彼女は喧噪の中、片耳を指で触れて、少し目を瞑っている。音を聞いているのが分かったが、はて、どうしたのか
「ウル様。これから絡まれます」
「なんて?」
何言ってるんだこの女、と思ってると、ふと、人の気配がする。ウルが顔を上げる徒、強面の大男達が此方を見て、ニヤつきながら見下ろしている。
「よお、【怪鳥殺し】ちょっとツラかせや」
「絡まれました」
「……絡まれたなあクソが」
ウルはその事実を認め、苦々しく悪態をついた。
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