黄金の不死鳥②


 ゴーファ・フェネクスが自身の観察力に気がついたのは、幼い子供の頃だ。


 神殿から販売される食材の、どれが良くてどれが悪いかが見ただけですぐわかった。

 家具職人の父親が卸す商品の悪い部分が一目で分かったので注意したら殴られた。

 浪費癖のある母の買ってくる絵画の粗悪品もすぐに分かったのでそれを止めた。


 彼は気づく。この世には様々な価値のあるものが眠っていると。そしてその多くは全く理解の無い者の手に渡って、無為に価値を下げてしまっていると。

 もったいない!あまりにも、名品達が”可哀想”だ。

 彼はそう思い、そして活動を開始した。良いものを集めて、悪いものは安値で買いたたき売りさばく。その内、自分の観察力はヒト相手にも通用すると気がつくと、有能そうな冒険者に投資も行って、更に金を稼いだ。

 部下も増えた。組織は拡大した。その過程で「金貸しなど屑のやる仕事だ!」と父親に勘当され、活動拠点を世界の中心、プラウディアの一等地に移し、更に仕事を拡大させていった。父親の木工ギルドをその内金で乗っ取ってやるのが当時の彼の目標である。


 と、色々あったが、彼の人生はおおよそ順風満帆だった。彼は自身の類い希な才覚を余すこと無く活用し、これからもそれは続くと信じていた。

 ところが、そんな彼の人生に嵐のような転機が訪れたのは、プラウディアに拠点を移して数年が経過した頃の話だ。


 ――へえ、すごいんだね。こんなにいっぱい。


 その年、10にも到達している様には見えないその幼い少女がゴルフィンの事務所にやって来た。丁度、回収した強大な遺物や魔剣の類いを一本一本丁寧に磨いていた彼は、突如として侵入してきた妖しき幼女にぎょっとなった。


 だが、驚いたのは、彼女が不法侵入してきたことではない。

 ゴーファが持つ【観察眼】が、彼女の身体に秘めた力を見抜いたのだ。


 修羅場を幾つも潜ったような眼光。どのような鍛錬を施したのか、恐ろしく鍛えられた身体。どう考えても地獄のような日々を過ごさなければ成らなかったはずなのに、楽しげに浮かべる笑み。しかも半端に長い耳。おそらく森人との”混血児”。

 何処をとっても異常な少女だった。彼は驚き、怯えた。もしや名剣を奪われたろくでなしの冒険者達の誰かが、闇ギルドに雇った暗殺者ではないか?と


 ――な、なんじゃ貴様!

 ――おじさん、わたしのパパになってよ

 ――…………は!?


 そんな彼女が口にした提案は、ゴーファを驚愕させることとなる。

 同時に、彼の人生はそこから大幅な狂いを見せることとなるのだった。




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 【黄金不死鳥】ギルド長、ゴーファ・フェネクス宅


「あのバカ娘がウチに来て勝手に居着いてからと言うものの連日連夜トラブル続きじゃ!マジで不良じゃあの娘!」

「あ、この茶菓子うめーっす砂糖たっぷり!」

「てめーは砂糖さえついてりゃ泥でも食うだろ。だが美味いなコレ」

『魔石にまぶしてええかの?』

「きかんかい!!」


 【黄金不死鳥】のギルド長、ゴーファ・フェネクスを救助し、色々とあってリーネ達は彼の住居に案内された。流石、大陸一の金融ギルド長というべきか、住まう場所は土地も一等地、広くて大きい。神官で都市民が許される最上の場所だろう。

 そんな一等地の豪華な自宅で、リーネ一行は彼の愚痴を聞く羽目になっていた(真面目に聞いているのはリーネくらいだが)


『確かにディズとは交友関係はあるが、愚痴られてもの』

「あやつの友人を名乗る奴なんぞ詐欺師以外一人もおらんかったわ!愚痴らせろ!」

『ボッチ極まっとるの、勇者』


 と、言うことらしい。随分ストレスが溜まっているようだ。


「でも、最終的には彼女を養子になされたんですよね?」

「強制的にな!!気づけば戸籍にあの娘おったわ!!ホラーじゃ!」


 確かにそれはホラーだ。大分無理矢理な話でもある。彼の癇癪も理解できると言えば出来る話だった。が、どうにも、今の状況にウンザリしているとか、そういうわけでもどうやら無いらしい。


「まあまあ、ディズがウチに来てくれてから家も賑やかになったじゃあないですか」


 そう言って、リーネ達を歓迎してくれた彼の奥さんのソーニャの様子を見る限り、ディズが此処に全くなじめていないだとか、そんなことは無いようだ。


「都市民は幾らお金があっても出生制限もありますから、家族が増えるだなんて得ですよ。あの子の周りの環境は大変ですが、あの子自身は良い子ですしね」

「まあそれはそうじゃが……というかソーニャ、お前たっかい茶菓子をぽんぽんだすなコイツラに!絶対菓子の善し悪しとか分からんぞ!!」

「でもディズのお友達なんて初めてじゃないですか、ほほほ」


 そう言って嬉しそうにソーニャは笑う。見ず知らずの娘をいきなり押しつけられた者の顔ではない。彼女がディズを信頼している証しだろう。

 歓迎は大変ありがたいが、ゴーファの言うとおり、出た側からモサモサと食い荒らすラビィンに出すのはやめておいた方が良いと思う。


『ま、そっちの仕事のお陰でワシらも助かっとるがの。アカネ嬢のびっくりドッキリ変身シリーズ、ここからのパクリじゃろ?』

「【黄金不死鳥】は勇者活動のために活用しているとは聞いていたけど、なるほどね」

「資産目当てで養子として潜り込みとかほぼ詐欺の手口じゃ全く!しかもしょっちゅう持ち出してはぶっ壊して返してくるしのう……!!」


 ぶつぶつと彼はひとしきり愚痴ったあと、こっちを伺うようにチラリと視線を向ける。


「先ほど、そこの男が「アカネ」と呼んだな。なら、この中にウルとやらは居るのか?」

「彼はいません。私とこのロックが所属してるギルドの長ではありますが」

「俺たちはギルドも違うけどな、あのガキがなんだよ」


 ジャインが問うと、しかし、なにやらゴーファは何故か気まずそうだ。言いにくそうに唸って天井を見上げている。するととなりのソーニャが心底楽しそうに笑った。


「ほほほ、ディズったら手紙でよくウルって子とアカネって子の事を書いてるから、どんな男の子か気にしてるんですよこの人ったら」

「やーめい!!」


 興味津々のソーニャに、ゴーファは叫び、そして溜息をついた。


「……ウルとアカネ、バカ娘と【黄金不死鳥】が、やけにややこしい関係になってしまったというのは聞いておる。その事を聞ければ良いと思っただけじゃい」

「なるほど……」


 確かに彼らの関係は一言ではとても言い表しがたい。一応リーネも事情は聞いているものの、未だピンときていないのもある。

 逆恨みであってもディズを憎悪してもおかしくないウルとアカネが、彼女に対して全く悪感情を抱いていないのが余計にややこしさに拍車をかけている。

 その点を気にしているようなら、何とか説明もしてあげたい気もする……が、


「……折角なら、彼かアカネが居てくれた方が良かったですね」

『すまんの、ワシら”びじねすらいく”な関係での』


 此処に居るメンバーはリーネもロックも、割とウル達との付き合いはサッパリとしている。ロックはシズクに次ぐ古い付き合いだが、彼はその性格からか、ウル達に深く踏みこまない。リーネもウルは信頼してるし、ディズのことは尊敬している。だが、あれこれと彼らがいないところで込み入った話を口にするのは違う気がする。少なくとも自分たちの役割ではない。


「俺らなんて、言うまでも無いがな」

「ジャインさんはまだウルとはちょくちょく飲むじゃないですか。私なんて他人っすよ」


 当然、【白の蟒蛇】の二人は言うまでも無い。なんというか、見事にウルやディズとそれなりの距離感を維持する面子が揃ってしまった。タイミングが悪いとしか言い様がない。

 だが、ゴーファが首を横に振った。


「いやいい。直接、ソイツと向き合ったら余計に気まずいわ。そもそもこれは、ワシを助けてくれた貴様らへの礼じゃ。不良娘も、そのウルとやらも関係ない」


 そう言って彼は立ち上がり、部屋の奥へと引っ込んでいった。そして暫くしてから何かを手に持って戻り、リーネにそれを差し出した。


「術者用の、頑丈な手套を探しとったんじゃったか?これをやろう」

「……これは?」

「【星華の手套】じゃ。不良娘が使う外套と同じ素材。薄く、頑丈で、魔力伝達率が極めて高い、一級品じゃ」


 リーネが試しに身につけてみる。一見してそのサイズは只人のそれであったが、彼女が身につけようとした瞬間、瞬時に小人である彼女の手にフィットした。

 言う通り、手袋を纏っていると気づかないほどに薄手で、しかし裂けたり、痛んだりするような不安が殆ど感じない。まるでもう一枚皮膚を纏ったような気分だった。


「……素晴らしいですけど、これ、とても高価なのでは?」

「大事に使えよ!!!」

「高いんですね。支払いますよ」


 お金ならそれなりに持っている。冒険者としての活躍の取り分はウルから正しく渡して貰ってるし、白王陣でのウーガ整備ではグラドルからキチンと謝礼も貰ってる。

 だが、ゴーファはそれをそのままリーネに押しつけた。


「いらんわ。言ったじゃろ。礼じゃこれは」

「ですけど、暴徒を抑えたのは私ではありませんし」

「コレは投資でもある。これから伸びる冒険者に大きく恩を売るのは悪いことでないわ」


 ゴーファはそう言ってリーネを見る。


「【白王陣のリーネ】、不良娘からも聞いておる。驚くべき魔術の使い手と」

「【勇者】の力と比べれば、まだ、たいしたことはできていません」

「心配するな。ワシの”見立て”じゃ、お主はこれから更に飛躍する」


 だから、と彼はリーネの手に触れ、ゴーファは彼女に視線を向ける。その瞳に先ほどまでのけたたましさは無く、子を思う親の思いが込められていた。


「精々そこそこの距離から、あの子を助けてやってくれ。これから先、また大仕事があるらしいからのう。あの不良娘」

「……わかりました。私も、ディズ様の助けにはなりたいですし。」


 投資という言葉ではとても隠しきれない親としての情に、リーネは頷いた。ディズの価値観、弱きを助け強きを挫く、あまりに真っ当な倫理観が何処で培われたのか、その根幹を見た気がした。

 それと、久しぶりに実家に手紙でも出そうかしら、とそう思った。


「えええー!ずりーっす!暴徒やっつけたのジャインとロックと私だったのにー!」

「てめえは殆ど何にもやってねーだろ」

「あーやかましいわ!わかったからこっち来い!!好きな奴もっていけ!!!」

『カカカ!得したのう!人助けしてみるもんじゃ!』


 かくして、リーネ達の買い物は思わぬ形で成功することになった。




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 【七天の勇者】のディズがゴーファの子となり暫くした、ある日の夜の事。


 ――いい加減にせんか!貴様!!そんな身体でまだ出るつもりか!


 ゴーファは怒り狂っていた。

 紆余曲折と、彼女の意味の分からない経歴を何とか飲み込み、多額の金を積んでゴーファを黙らせようとしたディズの所業にブチ切れ、その後も何度となくぶつかり、ようやく”娘”としてディズを受け入れたゴーファだったが、今回はそうも行かなかった。


 ――大丈夫だよ、いいからそとにはでないでね 

 ――大丈夫なことあるか!せめて怪我を治せ!


 彼女は血塗れだった。元々、酷い傷をしてくることがしょっちゅうだった彼女だが、今日ばかりは様子がおかしい。家の中に保管してある魔剣や聖剣の類いを頻繁に持ち出し、そして何度も戻ってくる、そのたびに傷だらけになるのだ。武具も彼女自身も。

 【大罪迷宮プラウディア】に行っているのかとも思ったがどうもそうには見えない。出入りの時間を考えるなら、彼女が怪我をしてるのは


 だが、不思議と、窓の外を見ても。何時ものプラウディアの活気溢れる夜の光景があるばかりだ。なのに彼女は何処で怪我をしているのか、わからなかった。


 ――良いから休め!これ以上家を血塗れにする事は許さんぞ!

 ――でもこれを乗り越えられないと、勇者は名乗れないんだって

 ――名乗らんでええわいそんなもん!


 急ぎ、回復薬とタオルを持ってきたソーニャの前でゴーファはキレた。傷だらけになって戻るたび、心配するソーニャの前で何でも無いという笑顔を浮かべる少女を見るたびに、溜め込んだ我慢も、もう限界だった。


 ――お前のような幼子を血みどろの最前線で戦わせてなーにが勇者になれないじゃ!そんな世界の守護者はそれ自体まちがっとるんじゃ!!

 ――まー頭おかしいのはそうだと思うけどねー


 でもなあ、と、彼女は笑う。屈託のない笑みだった。


 ――私、ゴーファとソーニャのこと好きだし

 ――は!?

 ――生まれてくる妹も楽しみだし【黄金不死鳥】の皆もけっこうすきだし


 ソーニャの少し大きくなったお腹と、仕事で来ていた黄金不死鳥のギルド員達がディズを見ておろおろと心配そうに見てくるのを見て、ニッコリと彼女は笑う。


 ――だから頑張るよ。皆をまもれるのはうれしいからね


 そう言って、再び彼女は外に飛び出していった。ゴーファは止める暇も無い。世界最強の七人、人類の守護者として既に一歩踏み出している彼女の歩みを止めることなど、出来る者は居なかった。


 ――……!!晩飯までにちゃんと帰ってくるんじゃぞ!!!


 ただ最後、ゴーファが青筋を立てながら叫んだ一言にだけは、一瞬、ディズは歩みを止めてニコニコと手を振るのだった。










 ゴーファは目を覚ました。

 リビングで少し居眠りをしていたらしい。昔の夢を見ていた。昼間、不良娘の話を散々した所為だろう。懐かしい夢だ。だが今も鮮明に覚えている過去の記憶だった。


「…………全く」


 ゴーファは机に置かれた手紙を一通手に取る。


「あの子ったら、中々帰って来ないのに、こういうのは律儀に送ってくるのですから」

「”遺書”なんぞを娘に渡される親の気持ちを全く理解できとらんのだあのバカは」


 ゴーファは苦々しい顔でそれを睨んだ。数年に一度、ディズはこうして遺書をゴーファ達に送ってくる。「どうなるかわからないから」と無理矢理押しつけていくのだ。

 捨てるわけにも行かず、結果、ゴーファの執務室にはディズの遺書が溜まっている。


「……また、この時期か」


 【遺書】の時期は不明だ。1年も経たず送られることもあれば、数年も間を空けることもある。そしてそのタイミングで【勇者ディズ】は大罪都市プラウディアに戻り、自身の死を覚悟する。そのたび、ゴーファ達は心臓を締め付けられるような思いをする羽目になるのだ。


 自然、強く娘の遺書を握りしめたゴーファの手をソーニャが優しく包む。彼女は何時も通りおっとりとした、しかし芯の強い目をゴーファに向けた。


「きっと大丈夫ですよ。あの子ならちゃんと戻ってきてくれますよ」

「……そうだな」

「ロロンナたちからも今日は学園寮から戻れると連絡がありました。折角なのでディズも今晩帰ってこれるか聞いてみましょう?久々の一家団欒ですよ」

「……あの不良娘がちゃんと帰ってくるかわからんがな」


 奔放なる娘に思い悩ませる父親は、ようやく笑みを浮かべるのだった。

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