黄金の不死鳥
大罪都市プラウディア、天陽都市プラウディア
大陸の中心地、ほぼ全ての国を繋ぐ大連盟の盟主国
全ての知識と豊かさが集い、最も偉大なる王がそれを治める最大の国。
そんな風にあらゆる方法で讃えられるプラウディアであるが、その基本は多くの都市国と大きく変わるわけではない。【バベル】という中心地に聳える塔は、他の都市で言うところの神殿である。
そして神殿を中心に方角を分け、住宅区画、商業区画、娯楽区画、政治区画、その他様々な区画に分けてヒトの暮らしを支える作り。他の都市国となんら変わらない。
それも当然、プラウディアが、他全ての都市国のモデルとなった国だからだ。
数百年前の迷宮大乱立、魔物達が溢れかえり、混乱するただ中において、最もヒトが生きていく上で最適な形としてプラウディアが編み出した都市の形こそがコレだ。
その時代のプラウディアの神殿のトップ、神官長は唯一神から賜った【太陽の結界】であらゆる魔物の侵攻を防いだ。そしてその【太陽の結界】を最も優れたる神官達にも分け与え、それらを持って大陸中の主要都市にて発動させたのだ。
以降、送り出した神官達を通じ、プラウディアは大陸全土を支配した。グラドルのように、その地の王が神官としての才覚を有しているといった例外もあったが、概ね神官達はそのままその地を支配し、その神官達をプラウディアの神官長は制した。
プラウディアの実権を掌握した彼は、自らを【天賢王】と名乗りを変え、そして自らと共に混沌の世を制するため、各分野に特化した自身を含めた7人を【七天】と呼び、彼らを扱った。
それが今も続く【天賢時代】の始まりだった。
「…………と、言うのがこの国と、今の世界の在りようの始まりなんだけど、わかった?」
『ほーん、あんま興味わかんの』
「へーん、歴史の授業とかどうでもいっすねー」
「なんて教え甲斐のない連中かしら……」
リーネは自身の説明に対して一ミリも琴線に触れる様子のないロックとラビィンにがっくりと肩を落とした。
「語る相手間違えすぎだろ。剣バカジジイと、勘と反射で戦場生き延びてるバカ娘だぞ」
「バカバカうっせーっすよー、ジャインさんだって学ないの一緒じゃ無いっすかー」
『年寄りに敬意を払わんかい太っちょ!!』
「うるせえ死ね」
実にけたたましい。リーネはこのメンバーで来たことを若干後悔しだした。
リーネと骨身隠蔽用の鎧を装着したロック。ジャインとラビィンがやって来たのはプラウディアの商業区画と職人区画の丁度間。卸したての武具類が即座に売り出される冒険者御用達の【天剣通り】。名の通り、初代【天剣】が取り仕切り盛り立てたとされる大通りだ――
「と、まことしやかに伝えられてるけど、初代【天剣】に、都市運営を託す時間的余裕が無かったって言われてるから本当かどうか分からないのよね」
「夢も希望もないっすねえ」
『あんま大ぴらにそんな話しとると商人どもに殴られかねんぞ?』
「初代【天剣】様の名前を利用して商いやってる連中にどう思われようと知らないわ」
初代の七天はリーネにとって一つの目標でもある。
世界の混沌期に世を治め、駆け抜けて多くを救った英雄達。大罪迷宮ラストの浸食を身命を賭して食い止めた白の魔女に通ずるところある彼らの名前を気安く扱うことはあまり好きでは無かった。
とはいえ、好きや嫌い、名前の由来の真偽などに関わらず、やはり【天剣通り】は大陸一の武具屋街通りだ。道の先々に多種多様な武具防具が溢れ、それを売り出す商人達は声を張り上げる。道に面した場所であれば、建築物の2F3Fもベランダやらを利用して無理矢理商品を陳列している姿が見える。上から下、地下から空、全ての場所にヒトが溢れかえっている。まさに大陸一の人口に相応しい光景だった。
「っつーかそもそもなんでなんでアンタは此処に来てんだ。俺達や骨は兎も角」
「そーそー、あんた魔術師っすよね-。此処冒険者御用達の武具屋街っすよ」
ジャインとラビィンが疑問の声を上げる。正しい意見ではある。通りに行き交う者達もわかりやすく冒険者といった様相をしている者が多い。陳列されている品々も明らかにそれ向けだ。勿論、冒険者には魔術師もいるものだが、此処はどうにも彼ら彼女ら向けのものでは無い。
が、リーネにもちゃんと此処に来る理由はあった。
「これよ」
『…………ん?何じゃコレ?』
リーネが差し出してきたものをみて、ロックは理解できずに疑問の声をあげた。
ジャインとラビィンも続けてみるが、彼らもよく分かっていない。彼女が見せてきたそれは、なにやらボロボロに引き千切られた布の塊だ。
「それ、私が白王陣を描くときに使ってた保護用の手套なんだけど」
『ボロボロじゃの』
「白王陣の練習で使ってたら、破損したのよ。その代用品を買いに来たの」
「それこそ魔道具店で買うもん………んん?」
ジャインは眉をひそめて、ボロ衣のようになったそれを見た。
「……これ皮だぞ。魔物の落下物で出来た代物だろ。【白螺鹿】の皮じゃねえのか」
「えぇ……千切れるもんすかそれ?」
「知らないわよ。千切れたものは千切れたのよ。実家にあったお古だから仕方ないけど」
ジャインとラビィンはドン引きしながらボロ衣になったそれを見ていた。
加工の仕方や、素材にも依るが魔物の皮を丹念に鞣し魔術加工が施された代物の場合、易々とは破損するものでは無い。場合によっては大きな魔術資産になり得るものだ。
しかもジャインが見る限り、これは経年による劣化が原因という訳でもない。何かものすごい力で負荷がかかって限界を超えたように見える。
「ちょっとしつれ……かった!!なんすかこの手!!岩!?」
「毎日剣振ってる冒険者でもこうはならねえぞ……?」
「レディの手を勝手に触るの止めてくれるかしら?」
「レディの手じゃないっすよこれ!どっちかっていうとゴリラのあいだだだだ!!?うっそ外れないんだけど!!?」
勝手にヒトの手を掴んでおいてやかましかったので、逆にラビィンの手を指で摘まんでやる。常に白王陣の筆記の為に万力を込める指はラビィンの手を挟み込んで全く離さず、ラビィンを驚愕させた。
『その手袋の替えを探しに来たと……まあ、武具店の方がよさげじゃの』
「でしょ?頑丈でさえあれば、最悪魔術効果無しでもいいわ。自分でなんとかできるし」
「いたいいたいいたいやーめーてええーー!!!」
ラビィンを指先一つでダウンさせながら、リーネはお目当ての品を探している。しかし、そもそも彼女はあまり武具防具に詳しいわけではない。どれだけ特殊だろうと彼女は魔術師なのだ。ものの善し悪しはよく分からない。
だからこそロックやジャイン達に付いてきたのだが……
『うーむ……魔物の皮すらも千切る握力を保護する頑強な手袋、のう』
「強度なら上回るの在るけど、白王陣用のだろ?繊細な動きが出来なくなると困る訳だ」
「あーいたかったー……っつーかこれと同じ品探すのも難しく無いっすか?【白螺鹿】の落下物って、高価で稀少でしょ?」
「此処(プラウディア)なら流石に見つかるかもだが、時間かかるかもな」
そもそも彼女の要望は通常の冒険者とも外れている気がする。あまり彼らの知識が当てになるかは分からなかった。
「ウルから聞いている【黄金鎚】ってとこ行こうかしら。お金さえ積めば嘘も適当もしないって聞いてるし」
「あそこ、あまりにお明け透けすぎて好きじゃねえな俺ぁ……」
『ワシは好きじゃよ?今のこの見せかけの鎧も、金積んだらソッコーで作ってくれたしの』
「見せかけの鎧なんて嫌いそうっすもんね、普通の職人。っつーかアンタこそどうしてこっちきてんすか。武器自分の身体から作るんでしょ?」
『参考にしてパクる』
「最悪の客っすコイツ」
騒がしい一同はそのまま通りを巡る。やはり人通りは多い。そして来ているのは冒険者だけとは限らなかった。何人か、以前”エシェルが身に纏っていた鎧”を身に纏った者達が真剣な表情で商品を見つめている。
つまり彼らの正体は
「天陽騎士、結構見かけるわね」
「……”例の件”の準備じゃねえかね。支給された武具だけじゃ不安なんだろ」
【陽喰らいの儀】
ブラックから提示され、【天賢王】に許可され参加することが決まった戦い。その詳細は、既に彼女もジャイン達もディズから聞いている。その異様さも、危険さも伝え聞いてる。しかし今もやはり、ハッキリとした理解には至っていない。伝聞だけでは理解しきれない事は多い。
だが、こうして天陽騎士達が、官位持ちの身分である彼らが自らの足で武具を見て調達する姿を見ると、緊張が高まる。決して他人事ではなく、そして間近に迫っているという自覚が迫った。
勇者ディズ曰く、【陽喰らいの儀】は今日から三日後。
その時までに準備を進めなければならない。
「急いで目当てのものを見つけましょ……あら?」
リーネが気を引き締めようとした最中、ふと先行く道で人集りが出来ていることに気がついた。他のメンバーも気がついたのか、
「ケンカか?まあ、こんだけヒトが多けりゃあり得るが、ぐ!?」
「そんな感じじゃ無いっすねー」
「いきなり肩に乗るのやめろバカ女……!」
ジャインの抗議を無視して、器用に彼の両肩に乗ったラビィンが人集りから抜け出す。そして自らの両耳に手を当てる。【超聴覚】の技能をつかっているのだろう。しばらくそうしていた彼女は、気がつく。
「ああ、多分あれっすね。取り立てっす」
「取り立て……?」
「「返済分を徴収するー」とか「それは一家の大事な秘宝ー」とか聞こえてくるっす」
『そりゃまさに取り立てじゃが、こんなデカイ都市でもあるもんなんじゃのう』
「そりゃあんだろ。都市がデカイならそんだけ、色んな奴らがいるもんだっつーかそろそろ降りろやバカ女」
「えーでもなんかこっちもヒト集まってきたみたいっすから、このまま宙返りとかしたらお駄賃もらえないっすかね」
「降・り・ろ」
ラビィンはしぶしぶと降りてきた。
言っている間に、目の前の人集りが解けていく。するとラビィンが聞いていた光景がそのまま見えてきた。何やら身ぐるみ剥がされたのかボロボロになっている若い獣人の冒険者とおぼしき男。そしてその対面に、強面の男達を引き連れた、小人の壮年の男が大きな剣を抱えている。
小人にしては明らかに大きな剣、やはり元は冒険者のものなのだろう。
「た、頼む返してくれえ!それは家族の形見で家宝なんだあ!」
「喧しい!だったらそもそも担保にするな!!家族が泣いとるぞ!!」
「ひ、酷い!あんまりだ!もうすぐ借金返せそうだって時にいきなり徴収するなんて!」
「その返せそうっていう手段が賭事か?アホか貴様は!別の所でトラブル起こす前に回収するのは当然のことだ!!こんな名剣吊り下げるには不釣り合いじゃ!働け!!」
未だ納得していない冒険者に、小人の男は鋭い剣幕で反論している。
輝く頭に小太りの小人。釣り合う釣り合わないで言えば彼も剣を振り回すとは思えない体つきをしているが、別に彼が回収した剣を扱うわけではないだろう。物を回収した以上もう放っておけば良いのに、食い下がる冒険者を罵る彼は随分とヒト目を集めていた。
その人集りの何人かは、小人達の方を指して思い出したというように話し始めた。
「ありゃ確か、【黄金不死鳥】のゴーファ・フェネクスだろ?金貸しギルドのギルド長だ」
「あー、金貸して、担保にしてる貴重な武器防具を回収していくっていうあの?でも貸してる冒険者は成功するって噂じゃ無かったか?」
「不相応な品を持ってるろくでなしからも回収するんだとよ。ありゃ後者だろ」
「確かに」
見る限り、冒険者の方の装備はまともな整備をされているようにも見えない。ゴーファという男が持っている名剣がつり下がってる姿を想像しても確かに不格好だ。
つまるところ、最初にラビィンが察したように、単なる借金回収の一幕でしかなかったと、そういうわけなのだが、リーネは一つだけ気になることがあった。
「フェネクス……?」
その名に聞き覚えはある。聞き覚えというか、滅茶苦茶その名前は知っている。【ゴルディン・フェネクス】の方も、ウルから聞いた覚えがある。確か――
「……せ」
「む?」
リーネが何かを思い出そうとしていた、その時だ。自身の剣を取られ蹲っていた冒険者が、小さく声を発した。既にその場を去ろうとしていたゴーファは何事かと振り返る。
顔を上げた冒険者の表情は、明らかにおかしい。目が血走っている。真っ当な状態にはどう見ても見えなかった。ゴーファの護衛の強面達が彼の前に立ち塞がった。
「かえせえええええええええ!!!」
だが、冒険者が懐から取り出した魔封玉、激しい閃光を生み出すそれを、この町中で投げつけるなんて真似までは、予想は出来なかったらしい。
「きゃあああ!?」
「あいつバカか!?!なんてことしやがる!!」
「騎士団をよべ!!」
悲鳴と怒声が響き渡る中。目を潰され混乱した人々の流れを利用するように、取り立てを受けた冒険者は真っ直ぐにゴーファに前進していく。身動きできなくなった強面達の横をすり抜け、手には小さなナイフを握りしめ、それを振り上げ――
『ほーれパーンチ』
「ほぎゃあ!?」
「ほれ死ね」
「ぐええ!?」
閃光で目を眩ませようにも、そもそも目が無いロックの拳に吹っ飛ばされ、更にジャインによって押しつぶされる形で取り押さえられた。
「しょっぱいナイフっすねえ。こんなんじゃヒトも殺せないっすよ」
同じく、目が見えなくとも音で状況を感知するラビィンがナイフを拾い上げる。
閃光の影響が消える間もなく、冒険者から犯罪者に成り下がった男は制圧されたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
間もなく通りを警護していたプラウディア騎士団がやって来て、男は取り押さえられた。取り立ての件も違法性はない、と言うことでゴーファ・フェネクスも問題なく解放され、活躍したロックとラビィンは騎士団から簡単な事情聴取と礼を言われてから解放された。
さて、それで一段落済んだわけだが、助けられた筈のゴーファ・フェネクスは、何やら納得していない面構えでこっちを睨んでいた。
「礼はしてやる、してやるが、貴様らでなくともワシらだけで十分だったんだからな!」
『全然ダメっぽかったがの。お主の護衛連中。めっちゃ目ぇしょぼしょぼさせとるぞ今も』
「やかましいわ!!謝礼交渉はちゃんとするからな!ボラせはせんぞ!」
「律儀なんだかケチくさいんだかわかんないヒトっすね……」
どうも、お礼をせびられると警戒しているらしい。が、お礼は必ずするつもりでもあるらしい。なんというか変なヒトである。彼を助けたロックとラビィンは謝礼などどうでもいいようなので、リーネとしてはさっさと此処を離れて要件を済ませたかった。
が、その前に確認しておきたいことが一つある。
「一つよろしいです?」
「む……なんじゃ貴様」
「フェネクス……その、ディズ様の関係者の方ですか?」
リーネは思い出した。
【七天の勇者】ディズ・グラン・フェネクス。彼女が【七天】の仕事の傍ら、自らが使う武具の回収のため片手間に仕事をしている【金貸しギルド】が【黄金不死鳥】だったはずだ。ウルとアカネ、ディズのややこしい関係の発端でもあると聞いている。
まあ、ギルドが同じだからと行って【勇者】ディズの事を知っているとは限らないわけだが、彼の名前がゴーファ・フェネクスであるなら、ディズと同姓だ。官位はもっていないが、知り合いかも知れない。
するとゴーファはあからさまに驚いた表情をして、その後周囲をキョロキョロと視線を彷徨わせた。そして最後にリーネに向けて嫌疑の視線を向けた。
「……貴様、あの娘のなんだ」
「……一応、友人です」
するとゴーファは目を見開いて、一歩後ろに下がり、そしてリーネを指さした。
「あ、あ、あ――――」
「あ?」
「――――あの不良娘の友人だと!?」
「不良て」
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