第7話 とびきり甘く、けど――


 後夜祭が体育館でおこなわれている。


 けど俺は、文化祭の残骸が哀愁をただよわせている校舎を抜け、食堂へといたる渡り廊下の途中で角を曲がり、中庭を通って特別棟に急ぐ。

 階段を駆け上ってゆき、最上階の廊下を奥に進むと、音楽室が見えてくる。


 俺は音楽室の前に立つ。



「どうされました?」



 ドアをはさんで中から声がした。――そう、美しい声が。


「試合はどうでした?」

「初戦で俺たちが負けるわけないだろ」

「たのもしいですね」

「君たちは?」

「大成功でしたよ。やっぱりお姉ちゃんはすごいよ」

「君もだろ?」

「うん……」


 俺はドアを開けようとすると、彼女は言った。


「すこし待ってください」

「どうしたの?」

「今、見えないからこそ、伝えたいことがあるんです」

「うん」

「……あのね、私はね……」


 俺は、彼女が次の言葉をつむぐ前に言った。

「ありがとう……けど、あなたは天音さんですよね?」


 一瞬、黙りこんだあと、ドアのむこうから残念そうな声が聞こえてきた。

「バレたか」

「そりゃもちもん」

「後輩くんのドヤ顔が目に浮かぶよ」



「何をなさっているのですか?」



 うしろを振り返る。そこには、ロングの黒髪をした女の子がいた。


 琴音だ。


「ごめんね、琴音ちゃん。また彼をからかっちゃった」

 天音がドアから出てくる。


「お姉ちゃん、今度は何したの?」

「琴音ちゃんをよそおって、彼に告白しようとしちゃった」

「……それはやりすぎだよ、お姉ちゃん」

「ゴメンね。――けどね、琴音ちゃん、ほんとはどうなの?」

「ほんとは?」

「彼のこと」

「それは……」

 琴音は二の句をつぐことができなかった。



 天音が歌いだす。


 いつか 思いを伝えて

 君の そばにいたいよ

 あの日 出会い

 恋した 場所で

 いつか 思いを伝えて



 天音は歌い終えると、静かに去っていった。



 俺と琴音のふたりだけが残る。

 あの日出会った、この場所で。



「すこし待ってください」


 琴音が言った。

 天音とまったく同じだ。やはり姉妹だ。


「どうしたの?」


「伝えたいことがあるんです」


「うん」


「……あのね、私はね……」



「あなたのことが好きです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音楽室の美しい彼女 九重 守 @Thukydides

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ