迂遠な自殺

迂遠な自殺

 ずっと遠くから、そうだ。

 俺たちの心くらいの距離を隔てて演奏されるのは、『ルパン三世のテーマ』だ。

 俺たち。

 晴れ渡った青い空がキャップの上から俺を押さえつける。

 なんの気なくそこに浮かぶ白い雲が、押しつけがましく綺麗だった。

 

 ブラスバンド特有の濁った演奏がぼやぼやと耳を揺らす。

 スタンドが陽炎で揺らめいた。

 金属音。歓声が上がる。

 熱気と共に土埃が舞って、くるくるとランナーが走りまわる。

 その全員が、その輪から逃れんがために走りまわる。俺と一緒だ。

 

 この夏、全国の自殺者は千六百人になるらしい。四月や五月の八割だ。

 打球が高く上がる。観客が皆それを追う。俺も追う。センターが受けとめた。

 そりゃあ、そうだろうなあ。

 夏ほど自殺に向かない季節もないだろう。

 日差しが首に纏わりついた。

 

 自殺なんて考えるヤツは、ちょっと気負いすぎだ。

 なんて、ちょっとした慰みを呟く。

 自分で何かを変えられるとか。

 自分のせいで何がどうとか。

 そんなこと、そうそうあるもんじゃない。

 

 一つの方法に固執するのはよくない。ああ、そうだろう。

 でもこれ以外に何がある?

 この腐った洗面所みてえな心の内をぶち壊せるのは、俺だけだ。

 今、この場だけだ。

 忌々しく青い空から、押しつけがましい白球が降ってくる。

 

 ◆

 

「さあ、甲子園準決勝。九回裏二死一塁。二点を追う北本高校、バッターは三番の塚本」

「ホームランでサヨナラですが、ここは大事に繋いでほしいですね」

「さあ初球っ、ファールです」

「ピッチャーの平山君もだいぶ疲れが出ていますね」

「二球目、打ちました! 上がる、上がる、ライト方向!」

「十分取れる角度です、ライト山井」

「しかしおおーっと、落としました。落としましたライト! 慌てて送球……送球しません! 送球しませんライト山井! ピッチャー平島、大声で呼びかけます!」

「何事でしょう」

「一塁ランナー二塁からから三塁へ回ります。バッター一塁から二塁へ。センター島本が山井の元に駆け出します」


「山井はっ、なんと、島本に背を向けて走りだしました! あっ、あり得ません! 島本、たまらずグラブを投げつけます! ファースト、キャプテン木村もライトに走ります!」


「ランナー三塁へ、バッターも二塁を回りました! 島本、山井に駆け寄ります! 山井、グラブを抱えてうずくまりました! 前代未聞です! 島本、木村が山井の肩に手をかけます。焦りがこちらまで伝わってくるようです」


「ランナーホームイン! ああっ、木村が山井を殴りつけました! 宥める島本に構わず、一発、二発……今度は蹴り上げます! 山井から奪い取ったボールをホームに投げる!」


「────」


「ゲーム、セット」


「ゲームセット、です」




テーマ曲:『ルパン三世のテーマ』(演奏:北本高校吹奏楽部)



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迂遠な自殺 @North240

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