第5話 ネコの正しい裁きの日は近い

 戸惑うソマリにドンスコイは言った。

「そろそろお主も自分のスキルについて理解が深まっておろう」

「猫と会話できて、猫の傷を治せて……猫のスキルを使えること?」

 指折り数えるソマリの言葉にドンスコイは「うむ」と鹿爪しかつめらしい顔をした。

「スキルについての認識は若干違うがおおむね合っておる。猫を『装備』したときに限り、その猫の持つ特性がお主に備わる」

「装備……」

「認識を変えねばならぬのは、猫の特殊能力は個体ではなく一族特有のものということだ」

「つまりシロとマシロは同じ能力を使う……?」

「そうだ。そしてその能力を発動するためにが必要。ソマリ、お主のことだ」

 詳しく説明してもらったが、いまいち理解に欠ける。『和解』の部分がなんとも曖昧なのだ。コトラや美食猫のスキルは使えているから、彼らとは和解できているのだろう。

 ではシロはどうか。あの仔猫の能力はまだ分からない。

「白猫の能力ならもう発揮されている」

 ソマリの心を汲み取ったのか、ドンスコイが口を開いた。

「白猫を助けたあと魔獣に遭遇しなかったのはなぜか、砦に魔獣が来ないのはなぜか」

「……それがシロの能力?」

「その通り。あの子の能力は保護と豊穣。一定範囲の敵視を下げ、穀物の実りを促す」

 そこまで聞いて、ソマリはハッと顔を上げた。

「つまり、シロの能力があれば飢饉ききんを回避できる?!」

「理解が早いな。しかし此度こたびの飢饉、シロだけでは補えまい。村を回って、同じ一族の猫たちとするのだ」

「でも……」

 ソマリは顔を曇らせた。マシロに信用してもらえなかったのに、ほかの猫たちとうまく交流できるのだろうか。

「何を言う。マシロとはもうできておるぞ。今、この森は守られておる」

「えっ」

「何事にも誠意を持って接すればよいということだ。では、健闘を祈るぞ」

 ドンスコイはそれだけ言うと、引き留める間もなく煙のように消えてしまった。言うだけ言って立ち去って、まるで気まぐれ猫のようだ。

「とにかく行けるところから回るしかないか。コトラ、行こう」

 ソマリの言葉に、コトラはうにゃとうなずいた。


 一度砦に戻ってあとの二匹に状況を伝えると、ソマリはコトラと一緒に再び砦を出た。シロも声の届く範囲で仲間の猫を呼ぶと言ってくれた。

 砦を出るとまず一番近い故郷の村に向かう。白猫を見つけて、ついでに村で麦の種を購入できれば上出来だ。

「あれ? お前、スキル無しじゃないか」

 村の中で猫を探し歩いていると、突然背後から声をかけられた。振り返ると昔からソマリを揶揄やゆしてきた顔なじみが立っている。ソマリは顔を曇らせた。

「へえ、まだ生きてたんだ? 施設を出たって聞いたからもう死んでるかと思ってたよ」

「習得スキルでなんとかね」

「あれって役に立つんだ。でも生活苦しいから施設に泣きつきに来たんだろ?」

「いや、猫を探してて」

 猫? と男は眉をひそめた。それから大笑いする。

「まさかお前、おとぎ話を信じてるのか?! こりゃ傑作だ!」

「おとぎ話?」

「苦しいときに猫が救ってくれるって話だよ。ああ、お前親がいねーから聞いたことないかァ」

 小馬鹿にしてくる男とこれ以上会話をしても意味がないと悟って、ソマリはくるりときびすを返した。背後から大声で何やらまくし立てているがもう聞く耳はない。

 こんな人間の住んでいる村を救って、自分に得があるのか? 唐突に疑問が湧き上がってくる。

(でもお世話になったマザーもいるし、幼い妹や弟たちもいるし……)

 葛藤を抱えながらソマリは猫を探す。しかし思うように見つからない。ようやく見つけた一匹に力を貸して欲しいとお願いすると猫はにゃあと鳴いた。ちゃんと理解してもらっているのかは不明だ。

 同じようにソマリの足で行ける範囲の村を回っては猫たちにお願いした。砦に戻るとシロの呼び声で白猫たちが数匹集まっていたので、彼らが移動できる範囲に分散してもらった。


 出来ることはやった。そろそろ自分たちも生き延びるための準備を始めなければならない。

 砦に戻ったソマリは早速小さな畑を作って、村で手に入れた種をいた。

 すべてが終わったところでシロがするりと足下に擦り寄る。それから一声、にゃあーと長く鳴いた。

 すると目の前のうねから小さな芽が顔を出す。そこからみるみるうちに背が伸び始めた。

 これが、豊穣の力。

 くわっ……と一仕事終えたシロがあくびをした。

 干ばつをもたらそうとしていた日の光は今や、あらゆるものの芽吹きを促す春の日和だ。

 石塀の上でひなたぼっこを始めたシロの頭を、ソマリはふわりと撫でた。

「……これもお前の、……なのか?」

「にゃあー」

 一人と一匹の眼前では、青々としげった麦が心地よい風に吹かれてそよいでいた。きっとほかの村々でも同じように作物が育ち始めているだろう。

「飢饉も免れそうだし、畑も出来たし、そろそろ砦の掃除と改築でも始めようかな」

 これからもソマリは生きていく。

 ときどき猫たちとこっそり世界を救いながら。

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猫と仲良くするスキルしかなくても、世界を救えますか? 四葉みつ @mitsu_32

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