ざまぁ済みの元彼女が和解を求めて迫って来るのだが……徹底的に追い詰めるのが正解ですか?

棘 瑞貴

ざまぁ済みの元彼女が和解を求めて迫って来るのだが……徹底的に追い詰めるのが正解ですか?


時谷ときや、本当にごめんなさい……!!」


 少なくない人通りの中、高校生にとって貴重な昼休みに中庭でそう言って頭を下げているのは俺の元彼女。


 名前を大城 柊おおしろ ひいらぎと言う。


 茶髪を肩辺りでボブっぽく切り揃え、マスコット的な人懐っこい明るい女の子……だった。


 ……思い出したくもない名前だよ、ったく。


 鬱陶しいから簡単にしか説明しないぞ。

 今から2ヶ月程前、俺達は恋人という名の契約を終わらせた。


 と、同時に彼女にいわゆる"ざまぁ"と言うものを慣行した。


 このクソ女、俺と言うものがありながら浮気してやがったんだ。


 2ヶ月前の純情な時谷君はそれはもう傷付いたもんさ。


 今となっては清々しい気持ちで胸は満たされてるよ。


 ……とりあえずはこれで良いか?


 俺にとってはまだ心にしこりがある話なんだよ。

 

 だからこそ、今さら謝って来ているこの女に腹が立って仕方ない。


「……柊、俺はお前との縁を切った筈だ。今さら謝ってどうしたいんだよ」

「……あたし、は……」


 柊は頭を下げたまま、声を震わせた。


「……勝手なのはっ……分かってる、けどっ……あたしはまた時谷と……!」


 ポタポタっ、と地面に涙の粒が落ちていく。


 だったらなんであんな事……!


 思わず拳を握り込んでしまう。


 だけど……この涙が嘘でないと証明出来るのなら俺は──


 ……一瞬でもそう思う自分が居なかったと言えば嘘になる。


 それでも、もう無理だ。


「お前とやり直す、なんてのはあり得ない話なんだよ」

「……!」

「お前、自分が何したのか分かってるのか?浮気してたんだぞ?それも──」


 ──体が交わっている所を俺に見せつけるなんてマネして。


 さすがに公衆の面前で言う事じゃないからそれ以上は黙ったが。


「……ともかく、俺はこの謝罪を受け入れないし、お前とこれ以上話す事はない」


 それに……


「……もう十分仕返しは食らったろ。元カレからの情けだ、俺の事はもう忘れろ」


 そして俺は柊を置いて中庭のドアに向かった。


 俺にはこいつをこれ以上責める事は出来ない。


 それに段々と野次馬も集まって来たしな。

 俺達の事はそれはもう有名だし、俺と柊が一緒に居るってだけで話題になってしまう。


 だが、柊はそれでも諦めなかった。


「待って……!お願い、あたし、時谷から許して貰わないと──」


 あー……そういう魂胆ね。


 悪事がバレてからの柊はそれはもう転落一直線だ。


 高校生ってのは性に関する部分において敏感だ。

 浮気男は毛嫌いされるし、次々に女を作る男もまた然り。


 大学生にでもなればこの価値観は薄れるのだろうけどな。


 今現在、俺が知ってる限り柊は"ビッチ"で"ヤリマン"で"男が居ないと生きていけない"、"クズ女"って扱いだ。


 当然友達とも縁を切られ、灰色の高校生活を送っている。


 ま、全部間違ってないし当然の報いだ。


「柊……じゃあな」

「待って、時谷──」


 俺は振り返る事なく中庭を後にした。





「ちょっと時谷君!今どこ行ってたの!?」

「ん?あぁ、辻元つじもとか」


 教室に戻った俺を出迎えたのは辻元 杏つじもと きょう


 ロングの黒い髪を靡かせた美少女だ。

 高校生とは思えない完成されたスタイルに、性格は友達想いという、男子どころか女子にまで人気のある凄いやつ。


 そして、俺が柊に仕返しをする時に世話になったやつだ。


 そんな辻元に詰められる理由、まぁ一つしかないわな。 


「ん?じゃないわよ!どうして一人で大城さんと会ってたの!?また時谷君に何かあったら──」

「大丈夫だって。心配してくれてありがと」

「……バカ」


 辻元はその大きな胸の前で手を組んで本気で悲しそうにしている。


 ……クラス中の男子からの視線が痛い。


「あ、あのさ辻元、俺まだ弁当食ってないからそろそろ良いか?」


 さっさと飯を食わんともう昼休みも残り10分だ。

 

 だが辻元はつい今しがたとは態度を変えて、腕を組み出した。


 え、なに、指をとんとんさせて。


「時谷君?あのさ、人をこんなに心配させて弁当食いたい?ちょーっと誠意が足りなくない?」

「誠意?何言っちゃってんのお前。良いから──」

「"ドカちゃん"、やっちゃって」

「杏様!了解だす!!」


 ドカちゃん、それはクラスの中で一番の大食漢の男である。由来は勿論ドカ食いから。


「ちょ、ちょっと待て!?それ、俺の弁当箱じゃ!?」

「バクバクバクバク!!」

「おいぃぃぃい!?」

「げぷぅ」

「嘘……だろ……?」


 僅か30秒。

 残りの授業を受けるだけの体力補給手段を俺は失った──


「ふんっ、これで反省した?」


 辻元は床に項垂れて動けないで居る俺を見下ろしていた。


 この悪魔め……


 だがもはや俺に文句を言う体力は残っていない。


「……反省しましたよ……もう俺は終わりだ……」

「よろしい」


 クソっ……柊を追い詰める時はあれ程信用していたのに、裏切られた気分だ。


 もう女なんて──


「はいっ、時谷君。私の手作りお弁当♡」

『なにぃ!?』


 辻元はしゃがみ込んで俺に赤い風呂敷で包まれた弁当箱を差し出した。


 ……それを見た男子どもが絶叫している。


 辻元め、どういうつもりだ。


「……おい、お前はマジで悪魔か。そうなんだな」

「ひひっ、時谷君だけの小悪魔ちゃんじゃだめ?」

「知らねぇよ。だが弁当はありがたく受け取る」

「残しちゃヤだかんね!」

「腹ペコの男子高校生舐めんなよ」


 俺は辻元から弁当箱をひったくり、自分の机の上で急いで腹に詰めていく。


「……旨い」


 はっきり言ってお袋のより旨い。


 柊と会ってささくれていた心が癒されるよ。

 

「美味しそうに食べてくれてるねぇ~」

「! ……素直に渡してくれてたらもっと喜べたんだけどな」


 弁当を半分程食べ終わった所で、辻元が空いている前の席の背もたれに座って話し掛けてきた。


 ……後少しで見えそうなのに。ちっ。


「だって、時谷君私が居ない間にこっそり抜け出してあの女と会ってたんだもん。皆に聞いてびっくりしたんだよ?当然の報い」


 仕方ないだろ。

 今朝いきなり通学路で待ち伏せされて、お願いだから来て欲しいって言われたんだから。


 まぁこれを教えたら、それはそれで「そんなの行く必要ないでしょ!?」と言われそうだが。


「だからってなぁ……ドッキリで物壊されて新品貰うようなもんだぞ?俺あーいうのあんま好きじゃ無いんだよ」

「そっか。次からは気を付けるよごめんね」

「よろしい」

「む」


 俺は先程の辻元と同じように返事をしてやった。

 おーおーちょっとむくれてやがるよ。


 辻元は「それで……」と話を変えた。


「大城さんと、今さら何話してたの?」


 ……あんま言いたくねぇんだけどな。


 まぁ辻元に言わない訳にはいかないか。


「大したことじゃねぇけどな?ただ謝られただけだよ」

「……ふーん。それで?」

「あー……後はやり直したいとかなんとか。後は謝罪を受け入れて欲しいってさ……」

「へぇ……そっか。で、時谷君はどうしたいの?」

「そうだな……」


 許す許さないの話をするなら、俺は許さない。


 俺が受けたのはそれくらい酷い仕打ちだったからな。


 だけど……


「……さすがに今のあいつを見てたら、少なくともこれ以上は望まないよ。柊を見て痛々しいと思う気持ちも0ではないし」

「優しいね、時谷君は」

「そうか?今の学校の雰囲気がちょっとやり過ぎってのもあるからかもな」


 その原因を作ったのは俺達なのだが。


 さてと、弁当も全部食べ終わったしここは素直に礼を言っておこうか。


「辻元、弁当旨かったよ。さんきゅ」

「うんっ、お口に合って良かった!そだ、これから毎日作って来てあげようか?」

「お前は俺の彼女か。男子からの嫉妬が凄いし遠慮しとく」

「……それは残念」

「気持ちは嬉しいよ」


 俺は弁当箱は洗って返すと伝え、辻元が席に戻るのを待った。


 だが彼女は中々動く事なく俯いている。


「……時谷君、今はまだ彼女とか……欲しくないよね……?」

「え?んー……しばらくは勘弁かな。女は信用出来んってレベルまで行きそうだったからな」


 そこまで行かなかったのは辻元のおかげだ。


「そう……だよね。時谷君をこんな気持ちにさせて……あの女、本当許せない」

「もう終わった事だよ。それよりそろそろ授業始まるぞ?」

「……うん」


 辻元は前髪で表情を隠しながら、ストンっと椅子から降りた。


 一歩、足を進ませた後振り返り様に彼女は言う。


 ──悪魔的な笑みで。


「時谷君、スカートの中が見たいなら早く元気になってね♡」

「なっ!?」


 き……気付いてたのね……





 午後の授業と言うのは恐ろしく睡魔に襲われる摩訶不思議な時間だ。


「…………で、……、だ」


 日本史の先生の話は俺を遠い夢の世界へ誘う。


 マジ……日本史の先生って催眠術師……だよ…………


 ──俺は目を閉じた。


 目蓋の裏に映るもの。


 それは消えない記憶。癒えない記憶。


 2ヶ月前の事だ──



「柊、今日の放課後はどこに行く?」


 昼休み、俺達は中庭で昼食を取るのが二人だけの決め事だった。


 ベンチの隣で眩しいくらいの笑顔を見せる可愛い彼女とは、1年の頃同じクラスだった。

 2年になってからは別のクラスになり、離れ離れになってしまったので学校でちゃんと話せるのはこの時間だけ。


 俺はこの時間が凄く好きだった。


 彼女もそうだろうと、この時までは思っていた。


「あー、時谷ごめん今日さちょっと用事出来ちゃったんだ」

「そうなのか?じゃあしょうがないか……」

「でもでも、あたしも少しでも一緒に居たいしさ……ちょ~っと穴場のスポット見付けたからそこで会わない?」

「穴場って……この学校のか?」

「そう!」


 柊は口角を上げて妖しく笑う。


「……そこだったら何でも出来ちゃうよ……♡」

「……!?」


 何でも……!?


 俺達は1年程付き合っているがまだキス止まりの関係だ。


 これは柊からのお誘いと見て良いのか!?

 俺達常に親が家に居るし、そういう事が出来る場所って無かったしな……


 いや、だが……柊用事があるんじゃないのか?

 

「……お、俺もちょっと興味ある、けど……お前用事は?」

「大丈夫、どこかに出掛けるよりは早く済むでしょ?♡」

「ぐっ!」


 俺の体に密着して耳元でそんな事言われたら……!


「よし、行こう」

「やった!」


 俺は真顔で童貞卒業を決意したのだった。





「ふっふ~そっつ業~♪そっつ業~♪さらば童貞!ようこそ大人の世界へ、俺!!」


 放課後、浮き足立った俺はとんでもない歌を唄いながら教室を出ようとした。


 だがそんな奇行を咎めるやつが一人。


「……時谷君、さすがの私も引くよ?」

「げっ、辻元!?聞いてたのか!?」

「いや……クラスの皆が聞いてたケド……」

「なんだとぅ!?」


 見れば教室中のドン引きの視線が俺に注がれていた。


「時谷君……私から言える事は一つ」

「……はい」

「……きちんと避妊はしなよ?」

「止めて!超恥ずかしい!!」


 周りが見えてないってこんなに怖い事なのか。


「て言うか、時谷君ってまだ彼女とそう言う事してなかったんだね」

「あぁ、ピッかピかの童貞だ!」


 こうなれば開き直る、それくらいにはメンタルの強い俺だった。


 ……まぁこの時まではな。


「ふーんまぁ良いけどさ、別に」

「何でちょっと怒ってるんだよ」

「だって今から捨てて来るんでしょ。早く行って来なよお幸せに」

「あぁ!行ってくるぜ!!」

「……バカ」


 俺はクラスメイトの女の子に何て話してんだよ、本当に。


 だが最早ここまで来たら関係ねぇ!


 柊に教えて貰った場所は確か俺達の学年が集まる3階の隅だったかな。


 第二理科室……だっけな。


「待ってろよ、柊!今行くぞ!!」


 駆け足で俺は向かった。


 逸る心は抑え切れず、「柊ぃぃーー!」と叫びながら。


 すぐに第二理科室に着いた俺は、思い切りドアを開いた。


 そこには──


「あっ♡遅いよ時谷ぁ……あたし待ちきれなくってもう始めちゃったよぉ♡」


 目の前には黒板に手を付いて俺の知らない男と官能に浸る彼女の姿。


 え……?


 誰だよその男……3年生か……?


 いや、そうじゃないだろ……


「な……に、やってんだよ……柊……?」


 ここまででも声を出せた俺を褒めて欲しい。


 だって意味が分からないだろ?

 俺は本来、ここで彼女と素晴らしい思い出を作る筈だったんだ。


「何って~……わかんない???」


 止めろ……俺の聞いた事の無い声を出しながら……


 問い質したいが、もう聞きたくない。


 段々と状況を理解し始めた脳が俺に告げる。


 これ以上ここに居たらいけない、と。


「……柊……俺は……」


 それ以上は言葉にならなかった。


 涙も出なかった。


 思い描いていた未来と正反対の事が起こったと言うのに。


 そうだ、俺の目の前で起こってるのってこう言う事なんだな。


 

 カノジョガホカノオトコト──



「時谷君っ!!!」

「はっ!?」


 ──俺は誰かが呼ぶ声で目を覚ました。


 ガタッ、と机を揺らしながら頭を上げるとそこには、あの時俺を引っ張ってあの場から離れさせてくれた女の子が居た。


「……どうしたの?顔色青いよ……?」

「……夢か……くそっ……悪い辻元、何でもないんだ」

「……そう?てか時谷君寝すぎ。もう放課後だよ」

「うそ!?」


 俺は5限どころか6限すらすっ飛ばして眠ってたのか!?


 つくづくあの女が絡むとロクな事がねぇ……


「時谷君……本当に大丈夫?一緒に帰ろうか?」

「大丈夫だってば。お前は俺のオカンか」

「……むー……」


 むくれんなよ。気持ちは嬉しいって。


 しかし……辻元は何でこれ程俺に尽くしてくれるのかな。


 クラス1の美少女で男女に大人気で……


 彼女に浮気された俺なんかに構う要素なんて無いだろうに。


 まぁその面倒見の良さが人気の証なのかもな。


 もしも……俺の事が好きなのなら──


 いや、ねぇな。少なくとも今は恋人なんて作る気にならん。


「ま、大丈夫なら良いんだ。私も今日はちょっとやりたい事・・・・・があったからさ」

「心配要らねぇよ」

「分かった。それじゃね、時谷君!」


 俺は「あぁ」と短く言ってそそくさと教室を後にしようとする彼女を目で追った。


 その背中に思わずつい声を掛けてしまう。


「辻元!」

「え?」


 慌てて振り返った彼女に俺は笑顔で言った。


「その……いつもありがとな。感謝してるから」

「……!」


 辻元は一瞬驚いたような顔をした後、ピースサインを作ってドア手を掛けた。


「どういたしましてっ!全く、私が居ないと駄目なんだから!」

「へっ、うるせーよ」

「ひひっ、じゃあーね!」


 そして辻元は消えて行った。


 男子どもの刺すような視線を残したまま──





 放課後になり人通りの少なくなった2年生の廊下。


 その隅の隅に存在する誰にも使われない教室、第二理科室。

 この教室のドアの鍵は壊れており、この事を知る人はほとんど居ない。


 今この学校でそれを知る人物は3人。


 一人は秋保 時谷あきう ときや

 もう一人が大城柊。


 ──そして最後の一人がこの私、辻元杏。


「……お待たせ」


 ガラガラ、と立て付けの悪いドアを開けて、私はそこで待たせていた人物と対面する。


「……っ」

「元気そうだねぇ……大城さん」


 大城さんは立ち尽くしたまま、私を睨んでいる。


 へぇ……まだそんな生意気な態度を取るんだ。


「ねぇ大城さん。あなたがどうしてもってお願いするから、時谷君に許して貰えたら解放してあげるって言ったけど……」


 昨日言ったばかりでまさか今日やって来るとは思わなかった。

 時谷君も一旦私に報告してくれると思ってたのに……


「言った……!だからあたし──」


 まぁ……それは良い。


 だけど意味が分からなかった事が一つある。


 私は大城さんの顔面スレスレまで近付いて声を低くする。


「やり直したいって……なに???」

「き、聞いたの……!?」

「当たり前でしょ?時谷君、何て言ってたと思う?」

「も、もしかして許してくれるっ──」

「そんな訳ないでしょ……!?」

「ひっ……」


 つい大声を出してしまう。


 駄目だ……この女と話してたらイライラする。


 早く用事・・を終わらせなきゃ……


「時谷君はね……今の学校の雰囲気がやり過ぎだって言ったの。時谷君を傷付けたあなたなんかを想って……!」

「そ、そうなの!?で、でもそれならちょっとは時谷は……!」

「ねぇ、ちょっと静かにしてくれない?あなたは私が聞いた事だけ答えなさい」

「は……はいっ……」


 この女の心は既に折ってある。

 基本的には私の言いなりだ。


「じゃあ改めて聞くけど……何で時谷君を裏切ったの?」


 私は復讐心を忘れない為に、敢えて確認をした。


「そ、それは……先輩が……面白そうだからって……」

「……面白そう?」

「そ、そう!私だって被害者なんだよ!?断れなかったし、それに、いつまで経っても進展しない時谷に飽き飽きしてたって言うか……」

「……時谷君はあなたをずっと大事に想ってたのよ……!?」


 握り締めた拳からは血が出ていた。


 ……だけどおかげで冷静になれた。


「もう良いわ。で、昼休みのやり直したいってのは何で?」

「そ、それは勿論、またあたしと付き合えた方が時谷は喜ぶかなって!まだあたしに未練がありそうだったし!」


 殺意、と言うものをまさか高校生で知るとは思ってなかった。


 だけど……未練がある、そこに関してだけは否定出来ない。


 ……だからこそ時谷君は私とは……


「……そこまでで良いわ」

「! も、もう解放してくれる!?あの動画、消してくれるのよね!?許しは貰えなかったけど、ちゃんと誠心誠意謝ったもの!」

「あー……動画ってこれのこと?」


 私はスマホを取り出し、動画を再生させる。


「ちょ、止めてよ!?誰かに聞かれたら──」

「時谷君にこれを直接見せた癖に何言ってるの……!?」

「っ……」


 そう、この動画は私が撮影していた、あの時の動画。


 時谷君の後を思わず尾けてしまった為に撮れた、この女に対するリーサルウェポン。


「……これ、世間に知られたらあなたは退学、生きて行くのに苦労するだろうしねぇ……消して欲しい気持ちも、分かるよ……?」

「な、なら!!」

「──時谷君が感じた苦痛はそんな未来よりも何倍も酷いものよっ!!」


 私が怒鳴り付けると、彼女は怯える子犬のように床にしゃがみ込んだ。


 ……はぁ……まだ躾が足りないみたいね……


「さてと……じゃあ大城さん、今日は何指・・にする……?」

「や……やめ……て!!」


 私は壁際まで逃げる大城さんを追い、足を取った。


 靴下を剥ぎ、赤く血で染まった指を見た。


「ありゃ、もう2枚・・しか残ってなかったか。じゃあ──」

「やめてっお願い!!あたし、もう……!!」

「──もう……全部逝っちゃおっか……???」


 私は許さない。


 時谷君は優しい男の子なの。


 私の大事な男の子なの。


 例え彼女が居たって彼が幸せならそれで良いと思ってたのに……


 私は彼の幸せの為なら何だってする。


 時谷君は優しいから彼女が全っ然反省してない事実を見ようとはしてない。


 気付いてる筈なのに、情が、未練があるから甘やかす。


 ねぇ時谷君。

 この手の人間はね?それじゃ駄目なの。


 ──徹底的に追い詰めるのが正解なの。


「やめてよぉ!!お願い、何でもするからぁ!!時や──」


 誰も居ない放課後の廊下に、喉を裂くような絶叫が響いた。


 その時、ガラガラと教室のドアが開く。


「辻元……?」


 目が合った愛しい彼の表情に私は──

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