エターナルメモリー

川谷パルテノン

彼からの電話

 彼からの電話。今更何よ。もう終わったことなのだ。私たちが今出来ることは、あの頃の想い出を綺麗にとどめておくためにそっとしておくこと。呼び出し音は一向に止まらない。あきらめてよ。あの日私がそうしたように。


「ありがとうアマンダ出てくれて助かったよ」

「なに? どうしたの? もう連絡しないんじゃなかったっけ」

「すまない。君のことを傷つけたのは謝るよ」

「今更だって。それと何その鼻声。もしかして風邪でもひいたから看病してってワケ? 冗談でしょ」

「いや、そのこれはというかこれがその」

「はっきりしないなら切るわよ。私だって暇じゃないから」

「待ってくれアマンダ! 頼れるのは君しかいないんだ!」

「いい加減にしてよ! あなたが先に裏切ったんでしょ! 信じてた! 私はあなたが一生のパートナーになるんだって! ほんとバカみたい。昔の自分をぶん殴ってでもあなたからのプロポーズになんて耳を貸すなって言ってやりたいわよ!」

「違うんだアマンダ」

「何が違うのよ。あの日、私が部屋に入った時のアレの何が違うの? あなたとキャシーがベッドの上で素っ裸。どう間違えたらよかった? 何が正解? 家だって決めてたのよ。子供が出来なかったのが幸い。もう二度と連絡しないで! じゃあね!」

「待って!」

「もういいから!」

「助けてほしいんだ」

「は? 何を? キャシーに頼んだら」

「キャシーはもういない」

「へえ だから私? ふざけんなよ!」

「ごめん でも頼れるのはもう君だけなんだ」

「もう騙されないから そのまま苦しんで」

「ブラジリアンワックス」

「は?」

「君がくれたブラジリアンワックス 覚えてる?」

「それが何よ」

「キャシーと別れて気づいた。僕が本当に大切にすべきだったのは誰かってね。だからって君に戻ってほしいなんて言えなくて。それで君との想い出を全部探した。そこに君がいなくてもこの想い出と生きようと思ったんだ。だから使った」

「それ今までの話と関係ある?」

「幸せな気分になれた。鼻の中に君を感じた」

「気持ち悪いこと言わないで」

「心が安らいだ。気がつくと眠ってしまっていたんだ」

「だから何が! ってあなたまさか?」

「そのまさかさ」

「鼻の中」

「ガッチガチに固まってる。セメントみたいだ」

「私があげたブラジリアンワックス」

「君にもらったブラジリアンワックス」

「取れないの?」

「取れない。取れたとして無事では済まない感じだけがする」

「病院に行きなよ」

「今日は   休みさ」

「じゃあ明日行きなよ」

「頼むアマンダ! 僕はもう決めたんだ! このブラジリアンワックスと生きていく!」

「取りなよ!」

「アマンダ、助けてと言ったのはブラジリアンワックスを取ってほしいからじゃないんだ。僕がブラジリアンワクサーとして生きていく最後の一押しを君に頼みたかった。この君がくれたブラジリアンワックス。最後のお願いなんだ。キャシーじゃダメなんだ。このブラジリアンワックスは僕と君の最後の想い出だから」

「ブラジリアン  ワクサー」

「そうだよブラジリアンワクサーさ」

「仕事とかどうするのよ」

「口呼吸になるね」

「そうじゃなくて! 嫌よ! あなたの人生が少し、いやだいぶおかしくなるのが私のあげたブラジリアンワックスだなんてやめてよ! お願い病院に行って!」

「アマンダ、嬉しいよ。君がそんなに心配してくれるのはいつぶりだろうね」

「脳外科にも行こう!」

「アマンダ、お願いだ。ひと言でいい。胸を張ってとひと言でいいから言ってくれないか。そしたら僕は真のブラジリアンワクサ」

「関係ない! 抜け! 探すから! 今やってる病院探すから!」

「アマンダ! お願いだ! 頼む!」

「嫌よ! だって 言ったら ほんとにそうするじゃん 昔っからそうあなたは」

「アマンダ、最後なんだ。もう今日かぎりなんだ。僕たちが出来ることはお互いが別々に生きてもあの日の想い出を綺麗なままでとどめておくこと」

「ピート……だって 鼻の中よ」

「塞いだままだ。見えやしない」

「本気なのね?」

「勿論だ。だからお願い。アマンダ」

「ピート、あなたが真のブラジリアンワクサーになれるように 真の……応援する。胸を張ってピート」

「ありがとうアマンダ、ありがとう。さようなら」

「ピーッ!……」

 電話は切れた。もう繋がらない。私たちが出来ることはもう想い出を鼻の中にしまい込むことだけ。私はしばらくソファに座ったまま想い出に浸った。ピートの未来を少しだけ祈った。今からカレーうどんを食べにいく。最近近くに出来た美味しいと評判のその店に。

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