02 退屈を描く

大学の有名人である白石めぐ子とバイト先で出会ったあの日から、3日が経っていた。


あれから大学内で彼女を見かけていない。どうしたんだろうか?


心配になって見渡した食堂は、沢山の人で溢れ返っていた。


いや、待てよ?「関わるな」と言われてるのに何故に僕は彼女を探しているんだ。


僕はため息をつきながら引き返し、今日は午後の授業が無いので近くのショッピングモールで買い物を済ませ帰る予定だった。


目当ては本屋、僕が好きな作家の一春紡さんの新作が出たとネットで知り、探しに来たという訳だ。


しかし、僕の目当ての本は入荷されてないようだ。


だが、本屋を出ようとした時に一冊の本が僕の目に止まった。


それはとある絵本だった。

絵本のコーナーでもない場所に堂々と並べられてある。


この絵本、人気なんだろうか?

一人一冊までと棚に紙が貼られてる上に残りは三冊しかない……


少しに手に取って読んでみると、僕が昔読んだ絵本と違い文字が一つも無かった。まるでイラスト集だ。


僕は少し気になりながらも絵本を棚に戻した時に気付いた。


「ん?めぐこ?……」


この絵本の作者の名前は平仮名で『めぐこ』、白石めぐ子と同じ名前だった。


まさかな?と思いながら僕が店を今度こそ出ようとした時、誰かが僕の横を通り過ぎた。


「えっ?白石さん!?」


僕は恥ずかしげもなく、大声を上げてしまう。


白石さんは振り返り、そんな僕に急いで詰め寄り、胸ぐらを掴んだ。


「貴方、どういうつもり?話しかけるなって言ったわよね?」


「最近、大学来てなかったみたいだからビックリして……」


白石さんはいつもの様に僕を睨み付けてくる。


「言っとくけど、普通に学校は行ってたわよ?」


そうだったんだ。いつもあの時間に学食にいるから、てっきり休んでるのかと……


睨みつける白石さんの事を裏に、僕はこれは偶然じゃないと絵本との関連性に思っていた。


「そういえば白石さんって、絵を描いてるっていってませんでした?」


「言ってたけど、それが?」


小説家や漫画家が自分の作品の売れ行きとかを確認しに店舗に出向くのを思い出して、もしかしたらと思った。


僕は白石さんの絵は知らないが、やはり偶然とは思えない。


「あの絵本描いたの白石さんですか?」


「はぁ?──あっ……」


僕が指さした方向を確認し、分かりやすく反応してこちらを睨み付けてきた。


「もしかしてスランプってのは、この絵本の件?……」


「誰も描いてるとは言ってないでしょ!?」


「いや、もうそれは言ってる様なものでは?」


「そうよ。描いてるわよ!悪い!?」


「あれ?白石さん、急に素直だね」


「もう言い逃れも見苦しい気がしてね」


へぇ、意外と潔いな。失礼だけど、もっと頑固な性格だと思ってた。


「今、失礼な事考えてた?」


「エスパー!?」


「我妻くんが分かりやすいだけよ」


あれ?そんなに僕、顔に出やすかった!?今度から気を付けよう……


「私はもう帰るから、明日からは話しかけないで」


「あっ、はい……」


そりゃそうか、自分の秘密知ってる人と関わり合いになりたくはないよな。


あれ?何で僕、こんなにガッカリしてるんだ?……


僕は白石さんが後にした本屋に再び入り、例の絵本を手に取った。


「絵、上手いな……」


僕は絵を描くのが苦手だったので本当に感心した。その表紙にも引き込まれるものがある。


そういや、本当に白石さんが描いたのならうちの大学に欲しい奴は山ほどいるよな?


大学内で売れば大繁盛だよな?という最低な冗談はさて置き……


僕はそれを購入した。

お値段は何と2800円、絵本ってこんなに高いものだっけ?


同級生の、しかも美少女と名高い白石さんの描いた絵本!これだけ払う価値はあると下心と好奇心で購入した。


しかし、帰って読んだ僕は元からの涙腺の弱さもありテッシュを一箱使い切るほど泣いてしまった。


どうやら没頭してお腹を空かせていた事も忘れていた。とても面白かったし、同時に絵だけでここまで物語を表現させるのは至難の業だと感服した。


どうやら三作目だそうで、僕は前作も気になりネットを漁ってみたが全てが3万円越えのものだった。


しかも一作目には50万という値が付いてる物もあった。


畜生、転売ヤーめ!許せん!


しかし、この作品が人気なのには納得した。この作品にはそれだけの価値があると思った。


でも思えば、こんなに楽しいのは久しぶりかも知れない……


僕にとって小説を書くのを趣味で生き甲斐で、僕の退屈を埋めてくれるものだった。


なのに、それをスランプで失った僕は退屈に苛まれていた。


でも、白石さんとバイト先で会ってから、いや?遭遇が正しいか?……


何はともあれ、僕は白石さんと出会ってから不思議と退屈しくなった。


だから、僕は……──


次の日、食堂の前にいた白石さんに声をかけた。


僕が彼女に話しかけたのは、彼女の絵本に感動してその思いを伝えたかったからだ。


「白石さん、誰か待ってるの?」


「友達だけど、それより貴方って記憶とか消えたりする人?」


あっ、これ完全に『関わるな』の件だよな?遠回しに指摘されてる。


「バッチリ覚えてるけど、白石さんって友達いたんだ……」


白石さんに睨み付けられ「あ?」という低い声の威圧に僕は失言だったと気付く。


「違くて、大学で誰かと一緒にいる所なんて見た事なかったから!」


「普段は私の友達が忙しいから、だから一人でいるだけ」


あれ?本当に友達いるのかな?俺もあまりいないし文句は言えないんだけど……


「もう良い?私、そろそろ行くから」


「ちょっと待って、白石さんの本読んだんだ!」


何か凄い意味不明なカミングアウトで呼び止めちゃったけど…だから何?って感じだよね。


いや、もしかして怒られるか!?何で勝手に人が書いた本を読んでるんだって……


「あぁ、読んでくれたんだ?ありがと」


「えっ……」


「何よ?何かあるなら言いなさいよ」


「いや、怒られると思ったから……」


「何でよ?自分の書いた本を読んでくれた人に怒る意味が分からないんだけど」


だよね、そうだよね。そんなわけないよなぁ……


でも、てっきり関わっては欲しくないんだから、僕に自分の書いた作品も読まれたくないのかと思ってた。


「めっちゃ面白かった!特にラストとか泣いちゃって──」


僕は何か言おうとした白石さんを気に留めず、絵だけで物語を表現するなんて凄いとか、絵本について語った。


「何よ?初めて面と向かって言われたから少し、照れるわね?」


これは僕の本心だ。

僕は字で物語を伝えるが、絵では無理だ。


一つは僕に絵心が無い事、後は物語を絵で表す方法が分からないこと……


というか、絵だけで全ての物語が伝わって来るなんて、僕にとっては初めての事だった。


「あれ、もしかして揶揄ってる?」


「いや、紛うことなき僕の心からの言葉だけど……」


「だとしたら過大評価、私だって物語をちゃんと全て伝えられる訳じゃないのよ?」


僕は首を傾げた。実際、僕は物語を読んで、というか絵を見て物語を感じた。


……全て伝わってない?


「あぁ、全ては読み手の解釈次第なのか……」


「そういう事、中にはあれを幸せな物語と感じる人もいる…」


「小説も解釈によって話が変わる事はあるって事だろうけど、作者が考えた話があるよね?」


「そんなの読者からすれば、どうだって良いんじゃない?それを解釈するのも醍醐味でしょ」


「確かに、でも白石さんが伝えたかった物語があるんじゃ……」


「良いわよ、1人にでも伝わっていればね」


気の所為か、少しその表情に寂しさを感じた気がした。


「じゃあ、私はそろそろ行くから」


「あっ、うん……」


白石さんは一人で食堂の方へ…あれ?白石さん、友達待ってるって言ってなかったっけ?


「オイ、何してんだよ?」


僕が食堂に入って行く白石さんを見ていると、背後から大智の声が聞こえた。


「大智、おはよう」


「おはようじゃねぇ!何で白石さんと朝からイチャイチャしてやがる!」


「は!?違うって、そうゆうんじゃ…」


「じゃあ、女子と普段話さないお前がどうやって陽キャも恐れる蛇睨みの白石さんと仲良くなったんだよ!」


「あっ、蛇睨みとか失礼だよ?」


「うるせぇ!話せぇ!」


この後、大智の誤解を解くのに暫く時間を用意た。正直、休み時間に毎回大智が来て大変だった。


しかし、考えないとな。

いくら白石さんと話してると退屈を忘れられるとしても、これじゃまるでストーカーだ。


自重しよう、これからは……

別に僕らは友人ですらないのだから……


そう言えば、白石さんの絵本のタイトルは何故、『draw bored days』だったのだろうか。


『退屈を描く日々……』なんて題名だったんだろうか?

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エピローグを咲(わら)って僕達は。 NORA介(珠扇キリン) @norasuke0302

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