ラジオの特番

さいとう みさき

らじ……オ……


 それは子供の頃の記憶だった。



 確か選挙の頃でいつもの番組が立候補者を呼んで対話形式で対談をする特集番組に変わってしまっていた。

 もうじき高校受験だったのに相変わらずラジオから流れて来る番組を聞きながら受験勉強をしていた頃だった。

 番組が変わっていたことを知らずいつも通りにラジオを聞きながら勉強を進めていくと何時もと違うパーソナリティーが出て来て特番であることを伝えて来た。


 軽く舌打ちをしながらCDにでも音楽を変えようかと思っていた矢先だった。




 流れて来る会話がになる。


 そして慌ただしい音だけが流れる。


 パーソナリティーが叫んでいたり、選挙立候補者の悲鳴と「助けてっ!」という叫び声が聞こえて来た。




 一体どんな番組だよとか思いながらラジオをCDに変えてその時はそれ以上ラジオを聞く事は無かった。



 そして翌朝テレビニュースを見て驚いた。


 妄信的な気の狂った奴がラジオ局に侵入してその選挙立候補者を殺害してしまったらしい。

 勿論ラジオ局にいたスタッフも死傷者が出てニュースはその特番でもちきりだった。



「こんな平和な日本でおっかねぇなぁ……」



 その時の俺はそんな事を思っただけで単語帳をまためくるのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あれから何年が経っただろう?


 俺は何とか高校受験には受かり、そして何事もなく地元の大学に行きそして順調に中堅所の会社に勤めたがそのあまりのブラックさでたったの半年で心が壊れ、引きこもる羽目になった。


 そして外の世界に怯え当時匿名で書き込める掲示板にのめり込んでいた。



 しかしそんな生活も父親が死んで終焉を迎える事になる。


 家族には兄がいて母親がいた。

 兄貴はとうの昔に結婚して家を出てしまい、今は遠い東京で暮らしている。


 母は父の死がショックで痴呆症が始まって俺の飯を作るどころではなくなってしまった。


 兄は年に何回か帰って来ていたが親父が死んでからはそれも少なく成り、おふくろの痴呆症が酷くなると更にその足は遠のいた。

 結果ニートと化した俺が何とかするしか無く、それが嫌で逃げるかのように真面目にハローワークに通う日々が続いた。




―― ハローワーク自立支援課 ――



「杉本さん、これなんかどうですか? あなたパソコンは出来ますよね?」


「……はい、出来ますけど」


「事務職ですが、あなたのその技能であれば臨時事務員としてやっていけると思うんですけどね」



 自立支援課で俺の担当となるこの人は早い所俺に仕事を押し付けて終わりにしたいとしか見えない。


 しかし長年引きこもっていた俺には丁度いい仕事に思えた。


 仕事内容は沢山有る個人データーの打ち込み。

 市のマイナンバーカードの促進の一環だとか言ってたな。

 個人情報を打ち込むのは相変わらず手作業の為、膨大な資料は結局は人が打ち込まなければならない。

  

 本来は外部委託するとかがあたりまえらしいが、この不景気でなるべく安くしたいらしい。

 なので臨時の事務員を雇ってこういった仕事を押し付けようと言う事だ。


 しかしまあ、俺もいい加減自立しなきゃならない。



 先日兄が戻って来て実家を売ってその金でおふくろを老人ホームに入れると言い出した。

 家族年金も入って来るし、老人ホームならそれ等の金を使って介護もしてもらえる。

 ニートの俺は最後の方はおふくろの介護ばかりする羽目になっていた。

 だから兄のその話を承諾して、市営住宅に引っ越す予定だった。



 とうとうあの部屋からもおさらばとなってしまう。



 理不尽とも思う。

 しかしおふくろの介護を続ける自信も無かった。

 こんな俺でもおふくろの心配するくらいの良心は残っていた。


 だからハローワークで仕事を探し、そして自立する決心をした。



「それ、難しい仕事じゃないですよね?」


「そうですね、役場のデーター室で資料の打ち込み作業がほとんどらしいです。どうですか? やってみませんか??」



 まるでテレビ通販のように俺に進めて来るそれを見ながら口元に苦笑を浮かべ承諾するのだった。



 * * * * *



「杉本さん、こっちです」


「はい。失礼します……」



 役場に行って面接を受けて即採用。

 こんな田舎の役場だが一応は形式的にそんな事をやっていた。


 そして今日から出勤なんだが、通された資料室は壁一面にスチール棚があってそこに書類の山が積まれていた。

 そんなに大きく無い部屋にぎっちりと詰まったそれを見ながら呼ばれて奥へと行く。



「杉本さん、とりあえずあのパソコンでこっちに準備した資料の打ち込みをお願いします。えーと、ここからここまでを専用のやつに打ち込んでもらえばいいので」



 そう言って部屋の一番奥にあるパソコンの電源を入れる。

 立ち上がった画面を見て苦笑する。


 何世代前のOSだよ?

 最近は見なくなったその画面を見て俺は懐かしさすら感じていた。

 丁度匿名の掲示板に夢中になって書き込んでいたのはそのOSを使っていたパソコンの頃だったからだ。


 しかしデーターの打ち込みなんかどんなパソコンでやっても同じだ。


 だから俺は何も言わずに指示された画面の中のシートに山のように積まれた資料を打ち込み始める。

 それを見た担当者は「じゃ、後よろしく」と言って部屋を出て行ってしまった。



 それは俺にとっても僥倖で、下手に他の人間と関わらずに済むので無心になって資料を打ち込んでいく。

 まさしく元ニートの俺にはやりやすい仕事だった。



 * * * * *



 仕事も見つかった。

 市営住宅の入居手続きも出来た。


 後はこの家の自分の荷物をまとめて出て行くだけだった。



 おふくろは先日に兄貴が老人ホームに連れていった。

 旅行に行くとはしゃいでいたおふくろは「お父さんは先に旅館に行っちゃうんだもんね、またみんなで旅行出来てうれしいね」などと言っていた。

 少し心が痛んだが俺におふくろの面倒をこれ以上見るだけの甲斐性は無い。


 だから後は兄貴に任せて自分の事をするしか無かった。



「ん? これって……」


 押し入れの奥からあのCDラジカセが出てきた。

 当時毎日使っていたやつ。


 最近ではCDなんか聞かずにずっとネットで音楽を聴いている。

 ラジオだってネットで聞けるからいつの間にかこいつを使う事は無くなっていた。



「懐かしいな…… あの頃はまだこんなになるとは思っても見なかったなぁ……」




 高校に受かれば彼女が出来る。


 大学に受かれば未来が見えて来る。


 今の仕事を我慢していればそのうち結婚も出来て……




 そのCDラジカセを見ていると当時を思い出す。

 順風満帆の未来しか考えていなかった。

 しかし現実はどうだ?

 俺は今生きるのがやっとだった。




「なんでこんな事になっちまったんだろうな……」




 CDラジカセを両手で持ちながらそんな事を言う。

 そして知らぬ間に涙がこぼれていた。


 その涙の雫がぽたりとCDラジカセに落ちた時だった。




 ガーガー!




 とうの昔に壊れているはずだったスピーカーから雑音が流れ出す。

 驚きCDラジカセを見るも電源が入っているわけでもない。


 一体どう言う事だ?


 しかしその雑音は次第にはっきりと聞き取れるようになる。

 そして人の声がはっきりと聞こえた時、俺はそれが誰の声だか思い出す。



―― 私が選挙に勝ち、そしてこの日本を変えようとする派遣法や近隣諸国に合わせた歴史認識の改定などと言うあやふやな…… ――



「ちょ、ちょっと待て、これって……」



―― なるほど、そうすると今の法改正は将来的に日本によくないと言うのですね? ――


―― そうです。安易に外国人労働者の受け入れなどと言う考えも言われています。これからの将来日本の出生率だって下がると言っています。何故でしょうか? それは日本の未来を人任せにしているだけ、ご都合主義に声をあげないからです。それでは将来日本はダメになってしまう…… ――



 おかしなことだった。


 聞こえてきたのはあの襲撃を受けたはずの番組だった。

 立候補した人他数名の命を奪ったはずの大惨事。

 しかしまぎれもなくあの番組だった。



―― 今は良い。でも二十年、三十年後にこの国はどうなっていますか? 今の若者はその時に幸せですか? 皆さん、まずは選挙に行きましょう。私に入れてもらえばそれはとてもうれしい事ですが、それはこれを聞いている皆様にお任せします。ただ、これを聞いている皆様は選挙と言うかけがえのないその権利を無駄にしないで欲しいと言う事です ――



 俺は驚きながらもその聞こえて来る番組に夢中になった。



 そいつの言っている事は綺麗事だった。

 この数十年、俺が味わってきた苦痛はそんなもので覆されるとは思わない。

 確かに選ぶ政治家によって多少は国は変わるかもしれない。


 しかしそれはもう遅いんだ。


 気付くと俺は泣いていた。




 

 なにが悪い?



 誰が悪い?



 どうしてこうなった?





 そんな負の念がぐるぐると頭の中を駆け回っている。


 


―― ありがとうございました。この国を変えるのはあなたの清き一票。皆さんも是非とも次の投票日には参加して…… ――





 ガシャン!




 俺はそのCDラジカセを放り投げていた。

 そして壁にぶち当たったそれはカバーが外れ壊れてしまい音も出なくなった。



 俺はゆらりと立ち上がる。




「そうだよ、この国を変えられるのは俺たちの清き一票だよ…… 清き一票…… そんな綺麗な一票はねぇ! みんな汚く淀んだ色の票だ!! だったらそんな票は俺が破り捨ててやる!!」








 そう叫んで俺は台所から包丁を取り出し夜の繁華街へと向かうのだった……    


  

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ラジオの特番 さいとう みさき @saitoumisaki

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