第2話

 就職してから三年で親父が死んだ。冬の初めだった。

 告別式の後で社長は「それでも君のことは面倒を見るよ」と義務のようにつぶやいた。  

 叔父も父も、社長の知り合いであったらしい。俺は喪主というみじめさの中で自分が残飯になったような気分になったのに、夏は寄ってきてもくれなかった。

 怒りというエネルギーの中では、夏はうまく生きられないようだった。俺はさびしくなって、ビールを飲みすぎたふりをしながらトイレで嘔吐した。叔母が涙ぐみながら優しく背中を撫でてくれた。夏は勝手なもので知らんぷりをしていた。その時ようやく気付いたのだけれど、俺が泣いている時、大抵夏は冷たかった。


 夏祭りは最悪のイベントの一つだったけれど、それにしても俺はよく働いた。その方が夏は機嫌が良いからだ。ころころと汗の粒が目に入って、社名の入ったタオルで拭うたびにひりひりと日焼けで荒れた頬と首筋が痛んだ。

 俺はヒゲが薄い方で、よく羨ましいと人に言われたが、かえっていい加減に剃るものだから髭をあたるたびに皮膚が傷付いて俺はそれを喜んでいる節もあった。

 出店を担当するのは現場組で、俺のような事務働きや女の子は商工会議所の方々にお酌をしながらお愛想をするのが仕事だった。へらへらと笑って心にもないことを言うだけなので俺は割合それが得意で、特に痩せ気味の高齢者は何故だか俺のことを好意的に思うらしく、会長だか班長だかが俺に何度も酒を注がせては嬉しそうに笑っていつも離さなかった。

 夏は長机とパイプ椅子の前でおとなしく座っていて、時々だけ足をぶらつかせて遊んだ。


 そういうことを、何度か繰り返した。


 不自然にならないタイミングで生命保険に加入し、勧められたままであるかのように不自然にならない範囲でありったけの死亡保険をオプションに付けた。おそらく母は長生きするであろうと思ったからだ。

 自殺での死亡の場合、加入後二年は経っていないと死亡保険金が降りないと保険屋のおばちゃんが機嫌よく言うのに曖昧に頷いて、それならこれから二年は生き延びられるしそうしようと思った。

 お金は後に遺す者へのせめてもの誠意だと思っていた。人は死ぬけれど、それが周囲に対して誠実でなくていい理由にはならない。少なくとも俺にとってはそうだった。

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