9

 宝田さんとの時間が終わってしまった。

 能代は仲間たちの一番後ろで、涙をこらえていた。宝田さんの現役生活が、終わってしまったのである。

 高い壁だった。よじ登ろうとも思えなかった。中学生の時から有名で、全国大会に出るべき選手と言われていた、らしい。

 高校からラグビーを始めた能代には、かなうはずのない相手だった。二年後のレギュラーを目指して、フルバックを選んだ。

 しかし宝田の怪我により、思わぬ状況になった。宝田が戻ってくるまで場所を預かるという気持ちだったが、途中から欲が出た。この場所を渡したくない。ずっと試合に出ていたと思った。

 今、この時間は思い出作りのために設けられた。来年また来られるとは限らない、グラウンド。監督の恩情で、ここにいる。

 前線で、笛が吹かれた。残り2分、相手のペナルティだ。主将代行の佐山がカルアと話していた。カルアが何回も首を振っていた。

 もう、勝ち目はない。最後にあの華麗なカルアのキックで点数を取る。そういう作戦もあるだろう。

「3点じゃ追いつきません!」

 能代の耳にも、カルアの声が届いた。

 そんなこと言うタイプじゃないだろ、お前は。能代は苦笑した。

 カルアはちょんとボールを蹴って、そのまま抱え込んだ。フォワードたちが密集する。モールだ。

「入れ!」

 星野がそう言って、自らモールに加わっていった。

 能代も走っていき、モールに加わった。2回止まれば、モール攻撃は終わらなければならない。

「うああっ」

 それは近堂の声だった。 誰よりも重く、誰よりも押す力の強い選手。彼もまた、これが最後の試合になるのだ。

 大学でも続けてほしいな。能代はそんなことを思った。相撲をするのかな。でも、先輩はラグビー向きだと思うんですよ。

 東博多も、最後のプレーとわかっている。勝利を確信しても、手を抜くことはない。ゴールラインまで、もう少し。だが、押し切れない。

「頼みます」

 モールが解かれる瞬間、カルアは能代の腕の中にボールをねじ込んだ。能代は、二人のプレーを思い出していた。宝田の力強さ。荒山の華麗さ。思い浮かべながら、斜めに走った。守備を引き裂いて、突進した。白い線が見える。越えている。

 能代はその場に倒れ込んだ。後半初得点、5点を返した。

 カルアのキックが決まり、21‐32。そして大きな笛が鳴り、試合は終わった。


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