決勝戦

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「なんとか高校と、か」

 朝、鏡を見ながら蔭原はつぶやいた。

 水曜日。決勝戦の日曜日まではまだ遠い。だが、宮理くうり高校の蔭原は気になって仕方なかった。

 梅坂学院以外、想定していなかった。東嶺はずっといいチームだったが、強敵という感じはしていなかった。

 名前を変えて、監督・コーチが解任された。前回の試合でも、脅威は感じなかった。

 だが、チームは変わっている。鹿沢、という監督が就任していた。聞いたことのない名前だったが、これまでにない戦法を採用している気がする。荒山をウイングに、瀬上をフランカーに。前の監督ならば、そんな大胆なことはしなかっただろう。

 前回の対戦は、完勝だった。10点は取られたが、危なかった場面はない。

 ただ、犬伏は不思議な存在だった。キックだけに特化した存在。10点のうち5点は彼のキックだ。

 前よりも、苦戦するかもしれない。

 蔭原は、力強く顔を洗った。



「大丈夫か」

 グラウンドを走り終えた松上に、鹿沢が訪ねた。

「オッケーです」

「よし」

 決勝進出が決まって以来、監督は毎日学校に来ている。給料が出るわけではない、ボランティアである。

「じゃちょっと全員集合―」

 ポジション別に練習していたメンバーを鹿沢は呼び寄せた。

「ありがたいお言葉だー」

 先頭で西木が陽気に言う。

「そうだ、ありがたいお言葉だ。いいか。今度の試合、普通にやったらお前たちの負けだ。地力はあきらかに宮理高校の方が上だ。ただし、勝ち目がないわけじゃない。宮理は接戦を経験していない。県予選や全国1回戦では危なげなく勝っている。だが、強豪校相手にはいいところなく負けている。相手の経験していない展開に持ち込めば、接戦の経験値はこちらが上だ」

 鹿沢の言葉にうなずく部員が多かったが、浮かない顔をしている者もいた。金田もその一人である。

 どうやって接戦に持ち込むんだ?

 本来なら、そこを詰めるべきである。しかし鹿沢は、説明しない。

 精神論に逃げる監督ではない。ということは、そもそも対策がないのではないか?

「あー? 細かい対策を求めている奴がいるな。今更守備が急にうまくなることはない。やれることをやる以上はない。ただ、リスクをおかして取りに行く必要はない。少なくとも14点差までは耐えろ」

 14点差。2トライ2ゴール差。

 それ以上開けば、逆転の目はないと言っている。金田も心の中で同意した。

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