7

甲(FL 3)→西木(FL 1)



 いけるんじゃないか?

 カルアは、プレーに余裕が持てるようになっている気がした。相手は強い。ただ、東博多ほどではなかった。

 実際にはカルアのスキルが突然上がったわけではない。スタンドオフも、相手の方がうまかった。それでも、心に余裕ができたのは大きい。

「金田君っ」

 カルアは、後ろを向いてキックした。キックはラグビーにおいて前にボールを送れるものであり、わざわざ後ろ向きにするのは意味がないように思える。だが、カルアには意味があった。普通のバスよりも、正確さが増すのである。

「50点は遠いな」

 金田はボールを受け取ると、つぶやいた。

 東博多と対戦したと聞いて、悔しくて仕方がなかった。自分の力がどこまで通用するか、試してみたかった。

 金田はステップを踏んで、相手をかわしていく。敵も見慣れてきたのか、簡単に抜かせてはくれない。

「来てんなっ、ちゃんと」

 倒れ込みながら金田は、そのままパスを出した。そこに走り込んできたのは、西木だった。

 西木はボールを受け取ると、まっすぐに走った。そこには、道があった。金田と違って、警戒されていなかったのだ。

「トライしちゃったー!」

 西木のトライで5点。カルアがゴールを決めてさらに2点。28-24、一年生たちで7点を取って総合先端未来創世は逆転に成功した。

 だが、その後紀玄館田辺が猛攻。何とか耐え忍ぶ総合先端未来創世だったが、ゴール前で反則を繰り返し「認定トライ」を取られた。反則がなければトライしたと思われた場合認定トライがとられ、キックはゴールポスト正面となる。

 28-31。点差はわずか3点だが、取った直後に取り返されると、常にリードされているような気分になってしまうこともある。

 荒山はそうなっていた。

 攻撃の調子はいい。しかし守備の緩さが相殺している。勝利するには。

 荒山はベンチの方をちらりと見た。誰もアップしていない。このメンバーで行くつもりだ。合宿での練習をこなしたうえで中一日での試合はきつい。それでも今日到着した金田と小川は元気なはずだ。鹿沢監督はおそらくそのことも考慮して、疲れの見える甲だけを交代した。相手はおそらく、そのことを知らない。

 荒山は、小川にボールを集めた。元陸上部のロックは、短い距離の突進力に優れている。少しずつ前進を重ねる。

「ノックオーン」

 しかし、残酷な声が響いた。小川はボールをこぼしたのだ。二日間でも、実戦から離れていたのが響いたのか。もともとの技術力なのか。

「多分、能代さんが余ります」

 スクラムに向かう荒山に、カルアが声をかけた。荒山は振り返って、一瞬動きを止めた。

「回すのか」

「はい」

 不思議な感覚だった。二宮ならば、よくあることだった。全体を見て、アドバイスをする。スタンドオフは、チームの頭脳でもあるのだ。

 正直、カルアはまだ「たまたまスタンドオフの位置にいる」と感じていた。ウイングとしては物足りない。フルバックとしては迫力がない。

 だが、彼なりに頑張ろうとしているのだ。荒山は、その思いにこたえたかった。

 バックスできれいにラインができていた。ボールを奪えば、当然チャンスだ。

 相手は押さずに出してくる。これまでの戦いから、荒山はそう予想していた。そして実際、素早く後ろに蹴り出されたボールを、相手のスクラムハーフがつかんだ。荒山はすかさずとびかかる。足に絡みつき、パスが乱れた。

「犬伏っ」

 そのボールに追いついたのは、カルアだった。偶然なのか、何かを読んでいたのか。

 そこから順番に、外へ外へとパスが回される。そして本当に、最後にパスを受けたフルバックの能代の前には、誰も選手がいなかった。

「本当だったわ」

 実はその時まで、荒山はカルアの言葉を信じていたわけではなかったのである。


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