5
「近堂先輩、ここにいたんすか」
近堂は公園のベンチに腰かけていた。そこに現れて声をかけたのは、一年生ロックの杉畑である。
「ああ。ちょっと、考え事をしていて」
「今日は疲れましたね」
小川が来られなかったことにより、今日の試合は杉畑がロックのスタメンで出た。初めての出場だったが、全国二位相手にはほとんど何もできなかった。そして後半は、杉畑に代わって近堂が出場した。近堂はプロップに入り、プロップの酒井がロックに回ってきた。近堂もまた、何一つ活躍できなかった。
自分より軽いはずの相手に、吹っ飛ばされた。元相撲部としても屈辱だった。
杉畑もまた、パワーはある選手だった。様々なスポーツも経験してきており、期待はされている。だが、今のところ強豪相手には全く太刀打ちできていなかった。
「杉畑君は何でラグビー部に?」
「え、あ、はい。あんまりいい理由じゃなくて。いろんな部活で挫折して、でも……中学にラグビー部なかったから、高校でもラグビーなら僕の情けない姿を知っている人もいないんじゃないかな、って」
「そっか」
「近堂先輩は……ずっと相撲ですよね?」
「ああ。ちっちゃいときから大きかったから」
「楽しかったですか?」
「……そうでもないかも。でも、やめようとは思わなかった」
「そういうものですか」
「負けっぱなしは嫌じゃん」
「そうですね」
杉畑はうそをついた。負けてもしょうがない、と思って生きてきた。だから、本気で勝負してきた人たちとは気持ちが違う。それでも、割り切ることはできなかった。負け方にも、いい負け方と悪い負け方があるのだ。
せめて、すっきりと負けたい。そのためには、努力しないといけない。
近堂とは思いが違う。けれども杉畑は、近堂を一番信頼していた。「共に挑戦していく先輩」は、貴重な存在だった。
「どうですか?」
カルアは、ボールを蹴った後振り返った。そこにいるのは、宝田である。
「軸がぶれてるな」
「やっぱり……」
今の時間、ラグビーグラウンドは東博多が利用している。総合先端未来創世高校はゴールポストのないグラウンドで練習していたため、カルアの蹴ったボールがゴールすることはなかった。
「まあ、今のはくぐったと思う。けど犬伏、時間かけたらど真ん中だから」
「どうしても準備がいるので……」
宮理や東博多と戦う中で、カルアはなかなか活躍できなかった。自慢のキック力を生かすには、時間がかかる。強豪校は、その間待っていてくれたりしない。詰められてくるのを見ると、カルアは慌ててしまう。結果、雑なパスに逃げることもあった。
キック以外の技術向上も求められたが、監督がまず求めたのは「キックを確実に蹴れる背景を作る」だった。いつでもカルアのキックが飛んで来るという恐怖が、相手のプレーも制限することになる。
「狙わなくても、遠くには飛ばせるんだよなあ」
「まあ、はい」
「それもどうにか生かせないものか」
狙ったところに行かなかったとしても、ボールが遠くに行けばそれだけラインは相手のゴールに近くなる。中に入ったときは奪い返す手段があればいいし、外に出た時にはラインアウトを頑張ればいい。もちろん簡単なことではないが、やりようはあるのだ。
東博多に唯一勝っているもの。それがカルアのキック力だった。それを生かさなければ、県代表になることも、全国で活躍することもできない。
とは思うものの、そう思ってしまうこと自体を宝田は反省もした。カルアが入ってくることは、知らなかった。それでも勝負できるチームだと、自惚れていたのだ。
頑張ればなんとかなることばかりではない。東博多に惨敗したことで、宝田はわかったのだ。
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