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「近堂先輩、ここにいたんすか」

 近堂は公園のベンチに腰かけていた。そこに現れて声をかけたのは、一年生ロックの杉畑である。

「ああ。ちょっと、考え事をしていて」

「今日は疲れましたね」

 小川が来られなかったことにより、今日の試合は杉畑がロックのスタメンで出た。初めての出場だったが、全国二位相手にはほとんど何もできなかった。そして後半は、杉畑に代わって近堂が出場した。近堂はプロップに入り、プロップの酒井がロックに回ってきた。近堂もまた、何一つ活躍できなかった。

 自分より軽いはずの相手に、吹っ飛ばされた。元相撲部としても屈辱だった。

 杉畑もまた、パワーはある選手だった。様々なスポーツも経験してきており、期待はされている。だが、今のところ強豪相手には全く太刀打ちできていなかった。

「杉畑君は何でラグビー部に?」

「え、あ、はい。あんまりいい理由じゃなくて。いろんな部活で挫折して、でも……中学にラグビー部なかったから、高校でもラグビーなら僕の情けない姿を知っている人もいないんじゃないかな、って」

「そっか」

「近堂先輩は……ずっと相撲ですよね?」

「ああ。ちっちゃいときから大きかったから」

「楽しかったですか?」

「……そうでもないかも。でも、やめようとは思わなかった」

「そういうものですか」

「負けっぱなしは嫌じゃん」

「そうですね」

 杉畑はうそをついた。負けてもしょうがない、と思って生きてきた。だから、本気で勝負してきた人たちとは気持ちが違う。それでも、割り切ることはできなかった。負け方にも、いい負け方と悪い負け方があるのだ。

 せめて、すっきりと負けたい。そのためには、努力しないといけない。

 近堂とは思いが違う。けれども杉畑は、近堂を一番信頼していた。「共に挑戦していく先輩」は、貴重な存在だった。



「どうですか?」

 カルアは、ボールを蹴った後振り返った。そこにいるのは、宝田である。

「軸がぶれてるな」

「やっぱり……」

 今の時間、ラグビーグラウンドは東博多が利用している。総合先端未来創世高校はゴールポストのないグラウンドで練習していたため、カルアの蹴ったボールがゴールすることはなかった。

「まあ、今のはくぐったと思う。けど犬伏、時間かけたらど真ん中だから」

「どうしても準備がいるので……」

 宮理や東博多と戦う中で、カルアはなかなか活躍できなかった。自慢のキック力を生かすには、時間がかかる。強豪校は、その間待っていてくれたりしない。詰められてくるのを見ると、カルアは慌ててしまう。結果、雑なパスに逃げることもあった。

 キック以外の技術向上も求められたが、監督がまず求めたのは「キックを確実に蹴れる背景を作る」だった。いつでもカルアのキックが飛んで来るという恐怖が、相手のプレーも制限することになる。

「狙わなくても、遠くには飛ばせるんだよなあ」

「まあ、はい」

「それもどうにか生かせないものか」

 狙ったところに行かなかったとしても、ボールが遠くに行けばそれだけラインは相手のゴールに近くなる。中に入ったときは奪い返す手段があればいいし、外に出た時にはラインアウトを頑張ればいい。もちろん簡単なことではないが、やりようはあるのだ。

 東博多に唯一勝っているもの。それがカルアのキック力だった。それを生かさなければ、県代表になることも、全国で活躍することもできない。

 とは思うものの、そう思ってしまうこと自体を宝田は反省もした。カルアが入ってくることは、知らなかった。それでも勝負できるチームだと、自惚れていたのだ。

 頑張ればなんとかなることばかりではない。東博多に惨敗したことで、宝田はわかったのだ。

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