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「では、主将から一言」

「え? あー……」

 鹿沢は試合後、すぐに練習に移行しなかった。体を動かして「忘れたい」と思っていた部員は多かったのだが。

「どうだった、東博多は」

「強かったです。……何もできなかった」

 荒山はうつむいていた。これまで県内二強には勝てずにいたが、惨敗というほどではなかった。しかし今日は、圧倒的に惨敗した。攻められっぱなしだったし、全力を出されているという感じでもなかった。後半からは大幅にメンバーを替えてきたが、おそらくはレギュラークラスではなかった。それでも圧倒された。

 宮理高校も、全国大会では活躍できていない。「上には上がいる」を、荒本は嫌というほど実感していた。

「犬伏はどうだ」

「えっ、僕?」

「唯一の得点者だ。どうだった?」

 試合開始早々、東博多は反則をした。すかさず荒本は、ペナルティキックを選んだ。見事カルアが決め、総合先端未来創世は先制したのである。

「あの……こんなこと言ったらだめかもしれないけど……楽しかったです」

 三年生たちが目を丸くした。これまでで一番の敗北を喫した、そして全国への最後のチャンスに向かっている彼らにとって、「楽しい負け」などありえなかったのである。

「なるほど。どういうところが?」

「いろいろ勉強になるというか。ああいうプレーもあるんだ、とか」

 カルアにとって、負けることは痛くも痒くもなかった。そんなものは慣れっこなのだ。けれども、一流のプレーを間近で見られることは、なかなかないことだった。全国でも最高峰のプレーが、至近距離で繰り広げられていた。それは、幸せでしかなかった。

「積極的だな。いい感じだ。あくまで練習試合、相手を教科書とするのも悪くない。あと、実力差はわかっていたんだ。落ち込んでるやつは、分析ができていなかった」

 鹿沢は、ちらりと荒山の方を見た。

「……」

 荒山だって、実力差はわかっていたのだ。ほとんどが推薦で入っているレギュラー。三軍までいる部員数。恵まれた施設に指導者。そして、変わらない学校の名前。

 うらやましいとともに、少しだけ恐怖もある。「東博多だったら、俺もレギュラーではない?」

 カルアの純粋な感想に、申し訳なくもあった。確かに自分たちが見せているのは、「最高峰」ではなかった。宮理でさえ、全国大会で優勝候補に挙げる人はいないだろう。東博多のプレーを間近で見るというのは、確かに贅沢なのだ。

 でも、それじゃダメなんだ。

 荒山は、勝利の味を知っている。勝ちまくった中学時代。二強以外には負けてこなかった高校の県大会。負けるのは悔しい。何度負けたって悔しい。

「言いたいことは言っといたほうがいいぞ」

「強くて当たり前の奴らが強いのは当たり前っていうか」

「ふむ」

「試合する前からそれはわかってるんですが……それで負けて納得してたら試合する意味がないっていうか……」

「なるほど。わかっていたけれど、何かはできるつもりでいたんだな」

「そう……ですね」

「金田がいれば、違ったか」

「そうですね」

「古龍と小川も」

「痛かったです」

「忘れるな。いないこともあるんだ。それでも、どうするか。県内ナンバー1ハーフなら、なんとかできたんじゃないか」

 荒山は拳を強く握っていた。県内じゃダメなんだということを、思い知らされていた。全国ナンバー1ではないと、この先には行けない。


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