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 ラグビーのラインアウトは、不思議なルールである。ボールを投げ入れるのは相手側だが、両チーム同じ人数がまっすぐに並ぶ。そして、ボールはまっすぐに投げ入れなければならない。その結果ボールを取る確率が五割ならば、ラグビーはどんどんボールを蹴り飛ばす競技になってしまうかもしれない。しかしチームメイトが意思疎通することによって、投げ入れる側の方が圧倒的にボールを確保できるようになっている。

 だが、中には奪取のうまいチームもいる。技術がうまいこともあるが、単純にでかい選手がいる場合もある。「リフト」と言って、仲間を抱え上げることも許容されている。でかい選手たちがでかい選手を抱え上げれば、ボールは奪い取りやすくなる。

 今回の対戦では両チームとも突出して長身の選手はいない。北嶺も特にラインアウトに難のあるチームではない。

 ボールは北嶺が確保した。そして今度は、北嶺のキックがラインを割る。

「カルア、用意しといて」

「あ、うん」

 今度も総合先端未来創世がラインアウトを確保して、テイラーから何人か経由してカルアへとボールが渡る。カルアは立ち止まり、大きく右足を振りぬいた。

 仲間たちはもはや驚かない。ただ、北嶺の選手たちはボールの行方を追いながら、次第に表情を変えていった。ボールはぐんぐんと伸びていく。そして、ゴールポストの間を通り抜けていった。

 ドロップゴール成功。総合先端未来創世が、3点を先取した。

 


 荒山は、瞬きを忘れるぐらいに試合を見つめていた。最初はテイラーの足りない部分にばかり目が行ったが、次第に違うところが気になり始めた。

 一見、カルアのキックを多用する作戦に見える。しかし、点が入った後はキックは使われず、試合も膠着状態になっている。そして、スタンドオフの二宮にボールが渡る場面が多い。

 委ねているのだ。

 いくつかのプレーは、事前に準備していたようだった。ただ、それ以外は、「下手さ以外は」目立たない。ごく一般的なプレーだった。

「あいつ、憧れてるとは言い切れないと思うんですよ」

 小さな声で言ったのは一年生の杉畑だった。内気で寡黙で、力持ちだがまだうまく力を使いこなせていない選手である。

「あいつ? テイラーのことか」

 荒山は、視線を移さないままに尋ねた。

「はい。前に聞いたんですよ。生の父親の記憶はない、って。ほとんど一緒に住んでなくて、フランス行って、引退して、そんでも帰ってこなかったって。それでも……それでも父親と同じラグビーして、同じスクラムハーフって……どんな気持ちなんでしょうか」

 荒山は答えられなかった。彼はこれまで、一年生たちとプライベートな話をしてこなかった。興味がなかったのだ。そして、興味がないということにも気が付いていなかった。

 一年生について知っていることは、ほとんどが「西木が話したこと」だった。聞かれなくとも西木はいろいろと話す。けれども、荒山から何かを尋ねるということはなかった。

「テイラーそっちじゃねー!」

 星野が叫んでいる。荒山はあまり意識してこなかったが、星野もまた先輩になったのである。

 俺は、チームを見ていなかった。荒山は気づいてしまった。

 宝田に偉そうに言ったこともあるような気がする。けれども、自分が全然できていなかったのだ。

「監督、俺にこれを見せたかったんですか?」

「ここから全部見ろ。お前はフィールドに慣れすぎた」

 荒山は、唇をかみしめながら試合を見つめた。


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