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「あ、ばか、遅い」

 試合が始まって数分。星野はずっとヤジっていた。

 テイラーは荒山や星野に比べて寄せが遅く、球出しもスムーズにいかない。キャリアが浅いのだから当然だったが、「出られていない」星野にとっては腹の立つことだった。

「どうだい、君からは」

 鹿沢は荒山を横に座らせていた。

「まだまだです。でも、筋はいいと思います」

「うむ。父親に似ているか?」

「えっ? テイラーの? すみません、知りません」

「フランスでプレーしていた。同じハーフだ」

「そうなんですね」

「いい選手だった。怪我さえしなければ、代表にも選ばれていただろう」

 テイラーの父親が代表で出るとしたら、おそらくカナダだ。カナダは次のワールドカップに出られない。ひょっとしたら、「テイラーがいれば」みたいな人だったのか? 荒山はいろいろと想像した。

「ちなみに今年で五十歳だ」

「あ、はい」

 両チーム決め手のないままに10分が過ぎた。その時、いつものチームにない動きが出た。テイラーからボールを受け取ったフッカーの佐山が、ノールックで真後ろに小さなパスを出したのだ。そこには金田がいた。ステップを踏んで、金田が相手を抜いていく。

「今の……」

「テイラーが頼んで練習してもらっていたぞ」

 荒山の目が丸くなっていた。金田の走りは驚かない。佐山のプレーに驚いていた。もともと頭がいい選手で、自分で考えていろいろできる。ただ、それだけに他人のアドバイスを嫌うところがあった。

「あの佐山が……」

「多分な、一年はかわいいんだ」

「え」

「お前はライバルだ。しかもずっと前を走ってる。素直に聞き入れるのは癪に障るさ」

「そんなものですか」

「俺も追いかける側だったから」

 強いチームに所属したことはない。それでも鹿沢は、ずっと下手な方だった。レギュラーが約束されている同級生はうらやましかったし、妬ましかった。

 荒山は悪い奴ではない。だが、追いかけたことがないから、追いかける者の気持ちはわからないのだ。そして追いかける立場の佐山には、テイラーの言葉の方が響くのだ。

「うおー、あれやりたいわ!」

 叫んだのは星野だった。彼もまた追いかける者である。

「監督……俺に見せるために?」

「そういうわけでもない。みんなが見るべきだ。いいか、このチームは全員戦力だからな」

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