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「えー、今日から皆さんの監督になっていただく鹿沢先生です」

 唐突な発表に、部員たちはただ一人を除いて驚きの表情をしていた。一年生たちは顧問の顔を見るのも初めてだった。

「えー、どうも鹿沢です。三年の英語を担当しています。非常勤なので月、木しか来ていません。ラグビーは大学までやっていたけど、一部に上がったことのないチームでした。指導は初めてですがよろしくお願いします」

「じゃ、僕はこれで」

 顧問が去っていったのを確認すると、鹿沢は目を細めて口角を上げた。

「……まあ、ちゃんとした挨拶はこれぐらいで。戸惑ってんだろ? 俺もだよ。非常勤で監督なんて聞いたことない。ただ、まあ週二ぐらいの契約なら何とかしてくれるっていうので、森田さんがいろいろ掛け合ってくれた。みんな感謝するように」

 皆の視線が集中する中、森田マネージャーは右手を突き上げた。

「えっと、賀沢監督は……その、うちらのことは……」

 おずおずと宝田が切り出す。数分前まで監督代行だった人間である。

「試合見たよ。うらやましかった。俺は勝てる高校にいなかったからね。それだけにもったいないと思った。特に宮理戦、最後守られたら何もできなかった。あれじゃ花園はいけない」

 何人かの部員の目の色が変わった。空気が少し重たくなる。

「いきなり来て偉そうに言われるのは、困るだろう。でもな、大人が一人いるってのは大事なんだぜ。いろんなことをそいつのせいにすればいい。なあ、宝田」

「その、俺は……」

「さっきも言ったように、俺は週二日しか来ない。土日になにかすると、手当が出る。何の話だって思うだろうが、大人はお金もらわないとやる気でないんだ。だから平日は、今まで通りみんな主体でやるつもりで。一応去年までの確認できるデータは見てきた。感情とか感覚でやる監督にはならないつもりだけど、間違い始めたら指摘してくれ」

 一年生たちはうなずきながら聞いていたが、二年生以上はあっけにとられていた。昨年までいた監督とあまりにも違ったからである。前監督はいかにもな体育会系な人物で、気合と根性をよく口にしていた。

「あの、監督!」

 荒山が手を挙げた。

「なんだ」

「端的に言って、今のチームには何が足りないと思いますか」

「面白さ」

 即答に、荒山は少しのけぞった。

「え、おもしろ……」

「いい選手ばっか集まったチームは、基本をしっかりやってりゃ勝てる。もちろん宮理のドライビングモールみたいに、得意なものはあるんだが。ただ、もう一歩ってチームには弱点がある。そこを突かれたら苦戦だ。つかれないように、別のとこで面白さを見せて目くらまししなけりゃならない。苦しいとこで苦しい顔をしたら、攻めてくださいって言ってるみたいなもんだ。例えば宝田。指揮官の顔見てたらうまくいってるかが筒抜けだった。鷲川はいらいらしているのがわかった。能代は球飛んで来るといやそうな顔してた。近堂はあからさまに緊張してたな」

 三年生たちは、授業のことを思い出していた。欠席者の名前を教室に入ってくるなり把握していた。授業中、気を抜いた生徒を狙って当てていた。鹿沢は恐ろしく注意深く観察するタイプの教師だったのである。

「ミスしても楽しそうだったら、ばれないことがある。無理に笑えってんじゃない。どこかに成功を見出すんだ。作戦を忍ばせておくんだ。『はまればこっちのもんだ』って虚勢を張るんだ。そうやって強い相手に立ち向かってくんだよ」

 鹿沢は、不敵に笑って見せた。

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