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「……」

 宝田は、しばらく声が出せなかった。負けた。点差以上の完敗だった。

 もし、後半二宮を入れていなかったら、もっと失点していただろう。そうなっていれば、部員の気持ちももっと沈んでいたかもしれない。

 二宮を入れようと言ったのは、森田だった。

 カルアがスタンドオフとして未熟なせいで、荒山に過度な負担がかかっている。そんなことは、頭では理解しているはずだった。ただ、荒山なら何とかしてくれる。あいつなら大丈夫だ。あいつなら……

「無条件の信頼は、時に暴力だよ」

 森田は、そう言った。

 頭をぶん殴られたような気分だった。中学からずっと一緒にいた仲間。お互いのことを分かり合っている関係。そう思ってきた。

 けれども今、単に任せっきりになっているのではないか。そのことに、気づかされたのだ。

 俺は、何も見えていない。プレーしているときもきっと、後ろからすべてを見渡せていると勘違いしていた。全然そんなことはなかったのだ。

 監督なんてやりたくない。逃げ出してしまいたい。

道久みちひさ

 宝田の両肩をつかむ手があった。振り返ると、酒井がいた。

「なんだ」

「お前がいないから逆転できなかったぞ」

「なっ」

「そうそう。宝田君がいればね」

 今度は、フッカーの佐山だった。

 ずっと一緒にやってきた、三年生の仲間たち。

 いっぱい一緒に勝って、一緒に負けてきた。最初からレギュラーだった宝田と荒山。中学から一緒だった二人。同級生たちとなじむには時間がかかった。エリートは嫉妬される。加えて、二人はクラブではなく学校のチームにいた。「クラブ組」との間には、なんとなく相容れぬ空気があったのである。

 本当の仲間になるには、時間がかかった。

 そして、本当の仲間になってからの信頼は、とても厚かった。

 初めての花園へ。その思いで、つながっていた。

 確かに今日は負けた。宝田も出られない。けれども、この大会は「花園への道」ではない。

「俺がいたら、勝てた?」

「勝てた勝てた。ばっちり」

 佐山が宝田の頭を何回もたたいた。

 その様子を、森田は苦笑しながら見ていた。

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