7

「ノックオーン!」

 近堂はボールをこぼした。

 ラグビーでは、ボールは後ろに投げなくてはならない。不意に前にボールを落としてしまうだけでも、反則となる。

 ノックオンの後は、スクラムを組むことになる。新人たちがスクラムでボールを奪うのはまず不可能だった。つまり、近堂のせいで、チャンスをつぶして相手にボールを奪われてしまったのである。

 スクラムを組みながら、近堂は泣きそうになっていた。「ラグビーでも、駄目なのか」

 その後、回されていくボールはゴールまで運ばれた。そして能代のキックは外れた。

「犬伏」

「え、何?」

 そしてコンバージョンキックを待つ間、金田は犬伏に話しかけていた。

「ペナルティ、どこからなら入る?」

「あー、どうだろ? どこからでも入るんじゃないかなあ」

「いやさすがにそれはないだろ」

「相手陣ならはずしたことない。自陣なら、15mぐらい?」

「わかった」

「まあ、止まってるからね」

「やっぱり」

 金田は、疑問を持っていた。確かに犬伏のキックはすごかった。ただ、あまりにも時間がかかったているように思えたのである。

 金田の予想通り、犬伏は流れの中では的確なキックを繰り出せない。あくまで止まって、しっかりと狙って、とんでもないキックができるのである。

 おそらく、ドロップゴールも普通の選手よりは時間がかかる。そう考えた犬伏は、何とか得点するためのプランを考えていた。



「お前のせいだぞ」

 上級生からの厳しい視線が、突き刺さった。

 桐屋スクール。金田の所属していたラグビーチームの名前である。そこそこ強いものの、優勝などの経験はなかった。そんなチームにおいて、金田は一年生の時から抜きんでた存在だった。だが、尊敬されることはなかった。

 誰に対しても、厳しい指摘をする。そのため、「チームクラッシャー」と呼ばれた。あまりにも的を射たことを言うので、言われたものが気に病み、最悪やめてしまうことがあった。

 そんな彼が推薦で東嶺に行くことになり、皆驚いた。一部の者は、本来別の選手が行くはずだったことも知っていた。「東嶺も終わったな」と言う者までいた。

 金田もわかっていた。「好かれていない」ということは。どれだけトライをしても、後輩たちからのまなざしは冷たいままだった。

 そのまなざしは、今も感じていた。あの時、言葉を浴びせかけてきた先輩の一人が、レギュラーチームにいたのだ。スクラムハーフ、星野。三年間スクールではレギュラーだったが、現在は控えである。天才荒山がいる間は、おそらくレギュラー奪取はない。だが、今日は荒山が試合に出ないことになり、レギュラーチームで出場している。

 お互いに、完全に意識していた。星野は、少し怖かった。あの金田が、何のトラブルも起こしていない。大人になったのか? 本当に? それだけではない。レギュラーでない姿を見られるのが恥ずかしかった。桐屋スクールでは絶対的なチームの中心として、威張っていたからである。

 金田は、恨む気持ちもあったが、星野を尊敬している部分もあった。スクールで不動のレギュラーになるだけの力が、確かにあったのだ。ただ、手を抜く癖があった。それは今も、あまり変わっていないように見えていた。

 金田は、そこにチャンスを見て取ったのである。

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