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 近堂は、大きく息を吐き、空を見上げてからフィールドに入った。以前は、同じようにして土俵に入っていた。

 二年生になり、相撲部が廃部になった。先輩たちが抜け、後輩が誰も入らなかったのだ。団体戦での活躍を誓っていた近堂にとって、喪失感はとてつもなく大きかった。

 そんな彼に声をかけてきたのは、荒山だった。隣のクラスの彼は、ラグビー部の有望選手として名前が知られていた。体はそれほど大きくないが、ラグビーでも「スクラムハーフ」というポジションは小さくてもできるらしい。

「近堂君さ、ラグビーしない?」

 単刀直入だった。近堂は面食らった。球技などしたことがないし、向いているとも思わなかった。ただ、入学したころはアメフト部から勧誘された。ラグビーも似たようなものの気がする。

「いやあ、興味ないというか」

 小学生の頃から、相撲をやってきた。高校で活躍して、卒業したら大相撲に行くという目標があった。ただ、一年やってきて、それは無理かもとも思い始めていた。なかなか勝てず、強くなれる実感がわかなくなってきたのである。それでも団体戦なら、活躍できるかもしれない。そう思っていたのに。

「向いているとおもうんだけどなあ。見学だけで来てよ」

 あまりに何回も誘われるので、ついに近堂は練習を見に行くことになった。そしてそこで見たのは、想像以上の「団体戦」だった。特にスクラムは、相撲でも見たことのない「みんなでの押し合い」だった。

「どうだった? あのスクラムに近堂君が入ったらさあ、強いと思うんだよね」

 何もしないよりはいいか。ついに近堂は、ラグビー部に入ることを決断したのである。

 しかし、道のりは簡単ではなかった。ラグビーは走る競技であり、投げる競技である。高校まで未経験者も多かったが、二年生から、というのは彼一人だった。同級生たちはすでに皆、それなりの技術を身に着けている。だが近堂は、ルールすらちゃんとは覚えられていなかった。

 一年経ち、三年生になった。チームで一番大きな彼は、まだレギュラーになれていない。今日も、三年生で唯一新人チームに入っている。

 点を取るとしたら、自分だ。近堂はそう思っていた。体重で、押し切る。三年生で、押し切る。

 だが、他に可能性が二つ、出現した。金田と、犬伏だ。金田は一年生とは思えない堂々とした振る舞いで、試合中も素晴らしいパフォーマンスを見せている。おそらく、今後の試合もレギュラーとして出るだろう。中学から注目されていて、エリート中のエリートだった。

 もう一つは、犬伏。今日突然現れた彼は、とんでもないキックを見せた。そして、ドロップゴールも自信があるらしい。少なくとも中学からの経験者で、自分よりもうまい。

 近堂は三年生になって初めて、ラグビーにおいて負けたくないと思った。「点を取るのは、俺だ」と。

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