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その場にいた全員が、しばらくボールの方を眺めていた。試合中ボールを観るのは当然である。しかし、いつも以上に皆は釘付けになったのだ。
なかなか、ボールは落ちなかった。放物線を描いて、という表現は少し不適切だった。まっすぐにぐんぐんと飛んで、そのままボールは落ちた。相手陣の、ゴールライン手前でタッチラインを越えて。
「なんだありゃ……」
レギュラーチームの監督を務める宝田が、思わず声を漏らした。彼も一流のキッカーであり、飛距離には自信があった。しかし、犬伏のキックはけた外れに飛んでいた。今まで、プロも含めてここまでの飛距離は見たことがなかった。
西木の勧める理由が分かった。これだけのキック力は確実に武器になるし、もし狙ってゴールライン手前に落としたとすれば、コントロールもいい。
急いで新人チームの選手たちが相手陣奥へと走っていく。
「な、言っただろ」
西木は他のメンバーたちに向かって得意げな顔をして見せた。
「ありえないだろ」
「俺も初めて見たときはそう思ったよ」
金田は納得のいかない様子だった。人間の飛ばせる距離ではないと思ったし、そんな選手が無名ということが信じられなかった。
ラインアウトで再開となったが、新人チームがボールを奪えるはずもなかった。自陣最も深くからだったが、レギュラーチームはパスをつないで前進していった。あっという間に、トライを決める。
結局前半はレギュラーチームが5ゴール2コンバージョンを決め、29‐0で終わることとなった。
「犬伏君、すごいね!」
ハーフタイム。自然と皆がカルアの周りに集まってきた。特にテイラーのテンションが高かった。
「はいはい、君たち負けてるんだよー」
荒山が手を叩く。
「あ、はいっ」
「まあ、あれはすごかった。生かせるね。なんであんなのが蹴れるようになったの?」
カルアは気を付けの体勢をした。
「あの、完封負けしたくなくて。僕が点取るしかなくて。蹴るしかなくて」
「んん?」
「だいたいどこからでもドロップ狙えます」
「ドロップゴール?」
「はいっ」
「あー、それはすごいけど、さすがにあからさますぎるかもね」
ラグビーではインプレーでキックを決めるドロップゴールというものがあるが、試合ではあまり見ることがない。3点しか入らないうえ、ドロップキックは地面にワンバウンドさせて蹴る。それで試合中に正確にゴールを狙うのは難しい。
同点の場面などでは効果的だが、点差がある場面では基本的に積極的に狙うものではない。
「わかりました。狙いません」
「いや、試合がもう終わるとなったら狙おう。正直、新人が点を入るだけでもすごいから」
こうして後半の作戦は、「ドロップゴールを狙うこともある」でまとまった。
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