終章 最弱無害のアンタッチャブル


 残ったのは、二人の退魔師と、一人の万能生贄、そして枯れかけの植物のみ。

 静けさの中で息を整えている内に、今感じている世界が現実か幻覚なのか分からなくなっていく。

「終わったのか?」

 不安から俺が呟くと、神堂が頷き返した。

「多分な……アガルタはどうなった?」

「スモーキー・ゴッドと共に……幽世にいっちまった」

「そうか……人間が幽世にいくと、大抵発狂するんだが……妖魔になって生き延びんことを祈るだけだな……さて、居守」

 神堂が俺に向き直る。


「教祖なんかに……なりやがって……ボケカスが。立場上……テメェと……戦わなきゃならん……わかるなアホタレ」

「まぁな……だが後悔はしていない」

 俺は退魔師にはなれなかったが、悲痛な祈りを聞く奇跡にはなれた。そして衛境衆を継いで何をすべきか決めているし、それがどのような反発を招くかも理解しているつもりだ。

 神堂はそんな俺の心中を察したのか、どこか寂しそうに笑った。

「……今回は……見逃してやる……お前コラアホ……高原連れて……とっとと逃げろオラ……ユグノーには……後日引き合わせて……クソが……」

 神堂はぐらりと傾くと、言い終わらないうちに地面へと突っ伏した。


 気絶したか。今度はちょっとやそっとじゃ起きそうにないな。

 俺も行動しないと。

 複数の妖気が、こちらに近づいてくる。形式から察するに神道系。数は四つ。フォーマンセルで活動する宗教組織は、日本には一つしかいない。

 天御門探索部。来やがったか。

 俺は杏樹の肩に手を置くと、彼女と視線を合わせた。

「杏樹。これからどうしたい? 天御門に降れば命の補償はされるだろうが、一生座敷牢で過ごすことになる。クロイツはお前の存在を許さない。きっと良くない結末が待っている」

「御館様。わたくしは地獄の底までお供する覚悟です。御館様には、既にお心に決めたることがあるのでしょう。それをお聞かせください」


 想いを言葉にすることを、少し躊躇う。

「きっと。この時代では、似たような事件が再び起こると思う」

 杏樹のいう通り、この世界では祈りを聞き届ける神はなく、手の届くところに妖魔はいない。だからこそ、衛境衆が求められると思っている。

「俺は……今回みたいな大事件に発展する前に、信じるものをなくした無くした術師や、迫害される妖魔の拠り所になりたい。そうして彼等が真っ当に生きる助けになりたいんだ。衛境衆をそういった宗教にしたい」

 俺だけが進むなら、その茨の道もいいだろう。だが杏樹を伴うには、辛い道のりになると思う。

 だが俺の不安を吹き飛ばすように、杏樹は微笑んで見せた。

「なぜ私の祈りだけが聞き遂げられ、他の祈りを断つ事ができましょうか。参りましょう。おそらく世界には、御館様の助けを待つ人々がいらっしゃいます」

 また。杏樹に助けられちまった。

 不甲斐なさに頭を掻きつつ、差し出された杏樹の手をとった。

 二人で影の中に沈み、この冷たき世界から姿を消した。



 誰も俺たちに触れることはできない。誰にも俺たちに触れさせない。

 今はただの一妖魔に過ぎないが、いつの日かそんな居場所を作れると信じて。

 俺は。

 最弱無害のアンタッチャブルだ。

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最弱無害のアンタッチャブル 水川 湖海 @Koumi-Minakawa

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