「ある共生社会の一例…」

低迷アクション

第1話

 「オイッ、いつまで食ってるんだ?もう腹は膨れただろ?じゃぁ、話を戻すぞ?」


苛立たし気にテーブルを小突くと、目の前で何皿目かの主菜を片付け、付け合わせのサラダを指でつつく人物との会話を再開させる。


「俺はこう考える。アンタ等、いや、世間で繰り返し、紡がれる恐怖譚、映画では、心〇館の悪霊共、日本なら、〇落怖みたいなネットに投降される実話怪談の幽霊、魑魅魍魎が本当にいるとしたら、今頃、連中が跋扈してる世の中に

なってる筈だ。あれだけの話の多さならな。


これは幽霊が存在しないって言ってる連中の意見と同じだ。


“それなら、死んだ奴、全ての幽霊が何かしらの未練を持って、世界中に溢れかえる計算だってな?”


どうだ?違うか?そんなモノは存在しないよな?アレは、俺の、俺達の幻覚…

にしたい。だから、何か的確な反論があるなら、言ってくれよ」


こちらの問いに相手は口に含んだモノをゆっくりと咀嚼しながら、語り始めた…



 「絶対、変だ。可笑しい…でも、正しい」


最後の言葉は自分の腑に落ちない感情と矛盾しているが、現在の状況を的確に表している。


学校が終わった放課後“佐伯 由香(さえき ゆか)”は、本日、とゆうより、

出来れば、このまま一生、家に帰りたくない思いで一杯だ。


父親は彼女が幼い頃に消えた。母親は女手一つで育ててくれ、国や誰の助けも借りず、来年には大学へと、自分を送ってくれる予定だ。


その分の代償として、由香に対する暴力と、自身の身を壊す飲酒量は増えた…


それも今は無い…由香が思い描いた生活が形成されつつある。


でも…


気が付けば、自宅のあるホームタウンの入口だ。嫌だと思っていても、

体は家に向かっていたらしい。


静かな住宅地の一軒家…母が酔った時に零す言葉によれば、まだ、父と母の仲が良好だった証だと言う。


(やっぱり駄目…母さんを見捨てられない)


覚悟を決め、もう視界に入り始めた自身の玄関先を改めて見据える。


不快な異音に気づいたのは、そんな時だった。


周りに視界を動かすと、入口近くの、ゴミ集積所をうろつく影がある。


時刻は夕刻、夏とは言え、この辺りは暗くなるのが早い。早だしのゴミ捨ては

違反、住民達も、お互いを監視し合っている。


意を決して、近づく。直後に漂う獣臭と、ボロ布を纏ったような、相手の出で立ちから、全てを把握した。


(ご近所の噂になっているホームレス…まだいたんだ)


夏の陽気に冬のような服装…顔が見えない位、ボサボサの長髪と髭…

警察に何度か通報を行ったが、ゴミを漁る以外の迷惑行為はなく、


巡回の警官が着く頃には、姿が消えている。厄介な存在かもしれないが、

タウン内の美化と清潔を保ちたい住民達の目の敵にされているだけで、

目下、それ所ではない由香からすれば、さしたる問題ではなかった。


そのまま踵を返すこちらを、相手が見ている…


一瞬、そんな気がしたが、ドアを開けた瞬間に漂ってきた“嫌味な香水”に

気持ちが集中し、すぐにどうでもよくなった…



 「その、足音と踵を、少し地面に擦る音、お母さん、由香ちゃんが返ってきましたよ」


穏やかな男性の声に、母の嬉しそうな声が重なる。自分とこいつ以外に、誰が、ノックも無しに、家に入ってくると言うのか?今の母はそんな単純な事にも

気づけず、信頼しきっている。


改めて、絶望的な気持ちになった。この家はもう自分達のモノでなく、

こいつに支配されてる。ウンザリする気持ちを抑え、居間に入った。


「ただいま」


「おかえり」


「おかえり、由香ちゃん」


楽しさを含んだ母の声に被さるようにして、


自称メンタリストの“SATОRU(面倒くさいのでサトルと呼ぶ事にする)”

が割り込んできた。


母が口コミで知った、この人物は、甘い容姿に加え、テレビのメンタリストと同じくらいの的中率を誇ると言う評判だ。


確かに母の気持ちを文字通り、手を取るように、把握している。今だって、ニコニコ笑う彼女に


「もしかして、クミさん(母の名前)今日は何か用意してる?右の紅茶が入ってる戸棚に、素敵な香りがするね」


「あ、ああ~、気づいちゃった?流石、サトルさん、よくわかるわね?」


「僕が来た時から、今に至るまで、時折、棚に目がいっているし、なにより、

ギリギリ視界に入るゴミ箱に、新しい包装紙、あれは?メロウ・レジェの

ケーキかな?」


「そうそう、商店街でもらった割引券で、ケーキ買ってきたの。由香とサトルさんと一緒に食べようと思って…ね?」


自分を見る目は“空気を読め”と言う、強い意思表示がある。彼女としては、円満なサトルと娘との関係を望んでいるのだろう。


拒めば、サトルが帰った後の機嫌が悪い。大人しく従うべきか?


翔潤する由香の前で早くも食器を出し始める母の肩に、そっと手がのせられた。


「サトルさん…?」


「クミさん、時間的に考えて、由香ちゃんは、外で友達とお茶してきたかもしれない。それに男性の僕が言うのも、変だけど、カロリーとか気にするんじゃないのかな?甘い物はさ?


とりあえず、夕食の時に食べるかどうか、判断する方が良いのでは?」


最後の言葉は、こちらに向けられていた。同意するしかない流れが、そこにはある。


仕方ないと言うていを、サトルには充分示しつつ、母には悟られないように、

言葉を短く、的確に選ぶ。


「うん…今日は商店街のお店に行ったから…着替えてくる」


母が何かを言ったが、そのまま廊下に出る。今は一刻も早く、この家で

唯一、ひとりになれる自分の部屋に逃げ込みたい…


「由香ちゃん」


そもそもの原因が追いかけてくる。無言で歩を進める背中に、声が次々と被さってくる。


「君は“今、余計な事をするなと思っているね?”その歩の進め方は、感情が高ぶっている時の君の癖だよ」


「‥‥」


「おや、今度は


“違う、アンタがいなければ、こんな事にはならなかった”


と思っているね?髪をかき上げる仕草は、否定と肯定を示すが、顔が一瞬、廊下に置いてある写真立てを見た。それは過去を懐かしむ行為、つまり、今を否定している事になる。


そして、その原因を作っているのは僕だ。だけど…」


「うるさい」


小さく言葉を発し、振り上げた手は華奢に見えて、力強いサトルの手に止められる。見れば、居間から母もこちらを見ている。その視線を充分理解したと言った表情で、サトルが口を開く。


「落ち着いて由香ちゃん、お母さんが心配している。確かに、今までは君が

彼女の心配をしていた。だけど、もうそれをしなくていい。安心して。お母さんの面倒を見るのは、君だけじゃないからね。


勿論、僕1人だけではないよ。今は全ての人達が互いの役割を生かし、支え合う時代、僕は自身の出来る事を生かし、人々に貢献したい。君の拒絶もわかる。だけど、理解してほしい。きっと上手く行くから、きっとね」


母の顔より近いサトルの顔…その細い目の奥には、優しさが、いや、違う。これは…


勢いよく手を振り払う。


返す言葉は、全て利用され、目の前の男に対する母の信頼に貢献するだけと判断し、無言で、部屋の戸を開けた。


「由香ちゃん、待ってるからね。君の困り事にも、相談に乗るから。例え、今は気がむかなくても」


しっかり、心を読んでるじゃないか?と言う返答を、由香は戸を強く閉める事で示した…



 朝方の登校前はサトルがいないから、静かな時間だった。だが、今朝は少し違う。


“お酒をキッパリ辞める”


と宣言した母が最期まで隠していた秘蔵のコレクションを全て捨てると自身に告げた。


ビンのゴミ回収は今日ではないし、中身は全て捨てた状態でなければいけない事を説明するが、笑顔を崩さない母は譲らない。


彼女曰く、自身で捨てるより、身内にやってもらう事により、決心が強まる事、流しで酒を捨てられたら、せっかくの断酒が台無しになる、辞めると決めたら、すぐの実行が最善だとサトルに教えてもらったそうだ。


楽し気だが、拒否できない圧を感じる。昨日の由香の態度を暗に責めているのだ。


断る事も出来ず、大量の瓶を入れたビニール袋を持たされ、玄関から見送られる。

ビニールが破れたら一大事だ。袋に集中し、歩くのがいけなかった。


軽い衝撃と共に、何かにぶつかる。地面に酒瓶が割れ、ホームタウン全体にアルコールの臭いが漂うイメージが脳内を走った直後、


落ちる袋を、太い腕が掴んだ事で、現実に引き戻された。


「ありがと…」


と言う当たり前の返しは、相手が件のホームレスと言う事に気づき、止まる。


警戒するように一歩下がった自分を全く気にする風でもなく、視線は袋に注がれている。


「あの、何ですか?」


「‥‥…」


「ああ、お酒?…えと…要ります?」


思わず答えてしまったのは、この酒の処理に丁度いい方法だと思ったからだ。

この人物の目当てが酒なら、近所をうろつく事も無くなるし、自分も厄介事を始末する事が出来て、一石二鳥だ。


こちらの予想通り、相手は頷き、袋をゆっくりと受け取ると、彼女から離れていく。それを見ながら由香は、少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが晴れたのを感じた…



「何かスゲェな。そんなメンタリストがいんのかよ?全然しらねぇぞ?」


クラスメイトが素っ頓狂な声を上げる。


「あまり、宣伝してないのかな?よくわからないけど…母さんは口コミで知ったって言ってた。私は嫌いだけど、確かによく当たる。まるで、心の中を読まれてるみたい。しかもちゃんと解説付きでね」


「でも、高いんだろ?そーゆうの…」


相手が指で作る金銭マークに首を振る。


「タダ、せいぜい、お茶とお菓子を食べていくぐらいかな?母さんは色々渡した

がってるけど…一切受け取らない。何か、共に支え合う社会行動の一環だとか…」


「食えねぇ話だな」


横から割り込んだ別の級友が、今、由香の心中を占める最も的確な言葉を発する。


「そいつが言ってるのは、現在の社会が掲げる多様性何たら社会に対する方針と言うか、建前だろう。それぞれが出来る事を生かし、お互いに支え合う。だけど、変な話だ。


向こうさんは与えてばかり、お前さん等は何も与えてない。それで“共生”って言えるか?


何か可笑しい。いつか大きな見返りを求められる事があるかもしれない。注意が

必要だ。何事も自分の都合通りにいかない事は、お前もよく、わかっているだろう?」


図書室で借りてきた本を捲り、片手間で喋る友人の言葉はあっている。あっているが…


「そんな事はあたしが一番知ってる!てか、本読みながら、余計なツッコミ

やめてよ?何それ?ゲゲゲ?そんな子供騙し…」


「子供騙し?文明の最先を行くと勘違いするモノは、常に古き伝承や人の

叡智を忘れ、蒙昧な迷宮に貧窮する。だが、それらの答えは、全て過去からあったもの…ただ、彼等は現況に合わせ、姿、形を変え、影響を人々に与え続けるだけ。本質はいつも一緒…」


そう、しめくくった級友から、差しだされた本に、仕方なしといった表情で一応、目を通してやる。


子供の頃には怖かったかもしれない、異形の者達を見ていく内に、何かがひっかかった。微笑みを絶やさない目の奥にある。無機質さ、いや、残忍さ…


背筋を、熱さとは違う別の汗が流れた…



 「母さん!!何処?」


午前中に早退し、駆け込んだ家の中は静かだ。

しかし、この漂う臭い…あいつが来ている事がわかる。


「由香ちゃん?驚いたな。学校はどうしたの?」


たいして驚いてない風で、姿を現したサトルに勢いよく飛びかかる。だが、相手は難なく躱し、自身の体は床に這いつくばる形となった。構わず叫ぶ。


「母さんは何処?何処にやったの?」


振り仰いだサトルの顔は笑っている。だけど、目は…あれと同じ…と言う事は…


由香の予想が寸分も狂っていない事は、相手から発せられる言葉で証明された。


「ああ“さとり”を読んだんだね?人の心を読む妖怪…全く、あのセンセイは

素晴らしい。聞き伝えだけで、私達の本質をしっかりと絵にしてしまうんだか

らね。いや、それとも彼は私達に会った事があるのか?」


「そんな事どうでもいい。母さんをどうする…う…ぐっ…」


今まで感じた事ない程の激痛が腹部に加えられ、無言のサトル、いや、さとりの足が容赦なく何度も往復していく。口から吐しゃ物を散らし、呻く自身を見ながら、冷たい、とても冷たい声の、元メンタリストの語りが再開された。


「勘の良い子は嫌いなんだ。正直に言うとね。色々指摘されると冷める。

せっかく、こっちは君達に合わせて、こんなスーツまで着ているのにね?


人間は本当に理解できない。自分達は、何不自由なく与えられると思っている。支え合う社会と言いながらね?何かをもらったら、お礼をしなくては駄目だよ?


相手の喜ぶモノをね。それが基本。私の場合は、君だ。若い娘は肉が柔らかい。それを、やんわり、伝えたら、君の母親は激怒したよ?


愚かな…少し殴り過ぎたけど、生きてるよ。年増の肉は固いが、新鮮なウチが

いい。まぁ、2人とも美味しくいただくとしよう。私の報酬としてね?」


そんな非日常的な会話と自分のこれからの運命を告げられているにも関わらず、由香の頭はとても冷静に、学校でのやり取りを回想していた。


級友もこいつも言っていた。何かをもらったら、相手の喜ぶモノを…


似た文面を、彼が呼んでいた本で見た。それも、目の前のさとりと

同じ“サ行”の項目でだ。


“酒屋で大酒を飲むが、無料で飲ませると、そのお礼として…”


これと同じ行いを最近行った。


“本質はいつも一緒”


友人の言葉と、さとりのような非現実要素が闊歩する事実があるのなら…


自身を掴み上げた相手の後ろに影がさす。振り返った怪物が人の声で悲鳴を上げた。


影は、獣臭を存分に振りまき、自身が与えた酒瓶を一口煽ると、怯えるさとりの頭を無造作に、あっさり砕く。卵を割ったような音、嫌味な香水の体、自身が崩れ落ちる音がほぼ同時に響く中、ゆっくり玄関へ進む影に向けて、

由香は、その妖の名前を呟いた。


「“三吉鬼(さんきちおに)”…」…



 「この話の結論はアレか?悪霊に妖怪、怪異は確かに存在しているが、悪さをするばかりでなく、人に良い事をするモノもいる。そのお礼、見返りをきちんと

与える事によってな。


彼等も立派に現在の共生社会に溶け込んでいる。そうだな。そういう事でいいんだよな?


と言う事は…


…………助けてくれるのか?俺達も?」


実際そうだった。自身、いや、自分の大切な人達は現在、異常な事態に直面している。人の力では、解決する事は勿論、出来ない。


こちらの切迫さを知ってかしらずの、その“浮浪者”は食事を終え、


ただ、ボンヤリとした眼で、先程から、こちらの用意した大量の酒瓶をじっと見つめている…(終)

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