白と黒の夫夫

柳鶴

第1話

 ある雪の日。

 レオは積み上げられた小石達の前に薔薇を置き、日本人の友に習い、手を合わせ、目を瞑り弔いをしていた。


 ここに眠るは日本から来た俺の鳥さん。名前はリン。風鈴の音に習いつけた名だが今の季節は少し寒い。そして──寂しい。


 心の中で響くあの涼しげな音に彼女の羽毛の感触。まだ、まだ残っていてそれが一層目頭を熱くさせる。


 まだ響く。

 まだ。

 まだ。

 リン

 リン

 チリン

 リンリン

 ちりん

 りん

 りん


 段々と消えてゆく。薄くなっていく。それとは反対に、さく、さく。と言う音が大きくなってゆく、やがてそれは無視できないほ大きくなり、雪は踏まれる度にぎゅっと言う悲鳴をあげる。


 程なくして悲鳴は鳴り止み。気配はそこで止まる。


「レオ、冷える」

「……あぁ、ルーカス。お前か」

 震えたような、掠れたような声で夫の名前を呼び振り返ると、夫はたちまち慌てた顔をした。

「レオ。君は、とても寒そうだ。それに……顔色が悪い」

 と言って、彼の着ていたコートをかけられ、優しく撫でられる。

「どうして、薄着で外なんてきたの?」

 体が大きいからか、心配しているその目は大型犬のようだ。

「どうしてって?リンは雪が好きだっただろう?だから雪の日に埋めてやる、て決めてたんだ。それで今日雪が降るってラジオで聞いて……」


「だけど!しばらくは振っているけど、ぐずぐずしてると晴れてしまって、溶けるって!」

 叫んだが、悲しさと寒さに喉を刺されて、次の声が掠れてしまう。

「……聞いたんだ。だから、ここまで来たんだ」

 ぼろぼろ涙をこぼす俺をルーカスは優しく抱きしめる。大きくてあったかい胸板に、心が揺れる。

「そうだったんだね。僕はラジオを聴いてなかったから知らなかったんだ。すぐに溶けてしまうこと」

 熱いくらいの体温が痛いくらい寒い体に注がれる。

「君が気づかなかったら、埋めてあげられなかったよ……ね、でも、服はきちんと着なさい。風邪を引いたら……心配だよ」

 微かに頷くとルーカスも同じように墓の前で手を合わせ、目をつぶる。

 立ち上がってこちらを見たときは悲しげな顔が映ったが、レオを見るとふっと笑った。何かと思って見ていると、頭に手を伸ばされる。

「レオ。雪が頭に積もってる」

 と言って優しく払ってくれた。

「あ、ありがとう」

 びっくりしたが、笑ってお礼を言うと向こうももっと笑顔になり、悴んだ俺の手を握って。

「レオ。帰ろう」

 と白い息を吐いた。

「うん」

 いざ、帰ろうと言う時にルーカスの持っている茶色い手提げの紙袋が気になった。

「ルーカス。その袋、何が入ってるんだ?」

「……あぁ! 危ない忘れてた」

 と言って中から薔薇を二本取り出すと墓の前に置いた。

「よし、帰ろう」

「ああ」


 行きは寒くて冷たかったが、帰りは熱くて暖かい。


 薔薇は静かに霜を纏っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白と黒の夫夫 柳鶴 @05092339

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ