#4 倉庫にあるもの
"俺"が目の前の扉を叩く。
木製の古いドアが軋む。
ここは....大学か?
オドから眼鏡を貰ったあと、しばらく"俺"の顔を見ていた。
あまりにも似すぎている、というよりまんま俺だな。
部屋の雰囲気が違う。殺風景のはずだが、少々物に溢れている。
イイダの悪戯にしちゃ手が込んでいる。ここに来て悪戯かどうか疑うのは浅はかかもしれない。イイダが女性を巻き込んで何かやるとは考えられないしな。
そう考えていると"俺"が近づいてきて、ノートに何か書いて見せてきた。
学校...?凸のようなものに時計が描かれている。その絵の傍に読めない文字が書いてあった。見た目が現在の俺と似ていると考えると大学の可能性が高い。
これがどうしたのかと目線を向けると"俺"は順に自分、オド、女性、俺と指差していき、最後に大学らしき絵に視線を持っていき2本指で歩く動作をしてきた。
何かこの状況を理解するための情報でもあるのだろうか。
このまま何もしないまま過ごすわけにもいかないため、"俺"を見て頷くことにした。
にしてもこの建物は古いな。ほぼ倉庫のような見た目をしている。
ここに来る前とても近代的な建物がある敷地に入ったので、そこかと思ったが、少し離れたところにある倉庫のようなここに来た。ちなみに来る道中、数人にジロジロ見られた。双子、珍しいよな。双子じゃないけど。
「.(#o@d@;#;/」
"俺"が何か言うと中から白衣を着た大家さんが出てきた。
「え!?大家さん!?」
思わず大きな声を出してしまう。
その声に4人はびっくりする。
すぐに口を押さえ、ぶるぶると首を振る。いや、あれ大家さんだって。
奇妙に向けられた視線は徐々に倉庫に向かっていき、少し話をしたのち、中に入っていった。"俺"が手招きする。大家さんの顔を横に建物の中に入っていく。大家さんは大家さんで俺の顔をじっと見ていた。
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古い木製の扉が開き、中から眼鏡を掛けた細身の中年男性が出てきた。
確か助教授のヒガシナカ...
「.@]!?,/.;:@..wi!?」
突然の大声で4人とも反応する。後ろを振り向くと"俺"が口を押さえていた。
激しく首を振っている。何かあったのかと少し周りを見渡すが特に何もない。
とっさにヒガシナカ先生に視線を向ける。
「と、突然すみません。今シタノウチ先生いらっしゃいますか?」
「....え、あ、はい。居ますよ」
目線は "俺"に向けたまま返事をして来た。
「学生のサエキと申します。ちょっと春休みの課題についてお聞きしたいことがありまして、お時間いただくことって可能でしょうか」
「...あぁ、今ちょっと忙しくってね。ちょっと待ってもらうけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
オドが脇から元気よくそう返事をし、ぞろぞろと建物に入っていく。
"俺"に対して手招きをする。ヒガシナカ先生が少し驚きの目で追っている。
そりゃびっくりするよな、あとで説明するから待って。
建物の中に入ると意外と殺風景だった。少し埃っぽい。
真ん中に無機質な長机とそこに7席くらいの椅子が向かい合って並んでいた。
”くらい”というのは1席だけ背もたれが壊れており、脚もかなり傷んでいる。
座るには危なそうだ。
「ここで待ってて」
ヒガシナカ先生がその机を指さし、どこかへと行こうとする。
「あ、あの、シタノウチ先生はどちらに?」
「今用事伝えてくるから」
この空間にシタノウチ先生はいない。
長机の片側に3人、もう片側に"俺"を座らせる。
ちょっと気まずい、なんで俺の目の前に座るんだ。
オドがノートとペンをリュックサックから出し、机の真ん中に置く。
意思疎通を取れるように出してくれたんだろう。
ちょうどいい、今のうちに得られる情報は得ておこう。
そこから時間をかけて絵やジェスチャーやらなんやらで何とか以下の情報得た。
・年齢は20歳
・寝てて気づいたらあそこにいた
・今日は2012年3月5日という認識
「へー、同い年なんだ!」
「寝てたらって...どういうこと...?」
カイアとオドが各々感想を言っている。伝わらないけどな。
なるほど、同い年のようだ。
読み方は違えど数字の概念は一緒のようで、ここはすんなり伝わった。
寝ててあそこにというのは今見てる景色は"俺"の夢なのか...?
だとしたら悲しすぎるな。とりあえず意思を持ってポータルを通ってきたわけではないらしい。仮に平行世界の人間だとして、その事実を発見できている世界はそう多くないのだろうか。
そして、一番引っかかているのは今日は2015年3月8日ということだ。
「月日」がずれていても同い年であれば「年」は一緒のはずだ。
てっきり同じ時間を生きているかと思っていたが、平行世界は必ずしも同じ軸で動いてるわけではないのか。これは面白い。
まだシタノウチ先生は来なさそうだ。伝わるか分からないが平行世界の可能性を伝えておこう。ノートに地球を2つ、線を2本平行に描く。
その絵に"俺"は特に表情を変えることなく、腕を組んで考えている。
どうやら理解はしているような気がする。質問される雰囲気はなく、黙っている。
「やぁやぁ、お待たせお待たせ」
そこに突然陽気な声が割り入ってくる。
中肉中背、生やしっぱなしの髭、白髪混じり、くたびれた白衣。
シタノウチ先生だ。授業の時と何ら変わらない。また"俺"が驚いている。
特に気にすることなくそのまま"俺"の隣に座る。傍にヒガシナカ先生が立つ。
「えっと、春休みの課題について...だっけ?」
「それもなんですけど、ちょっとお伺いしたいことがあって...」
「ん?何?それ以外に用事あるって聞いてないけど」
なんかやだなこの人。
「あの、先生の隣にいる人についてなんですけど...」
シタノウチ先生が横を見る。
「うお、びっくりした。居たんだ。で、この人が?」
「何か気づきませんか?」
「何って...ああ、眼鏡してるけどよく似てるね君と。双子?」
「いや、僕は一人っ子なのでそれはないんですけど、その、ここに来る前に初めて出会ったんです。」
「はぁ...ドッペルゲンガーって言いたいの?あのさ、僕忙しいんだけ...」
「先生、平行世界からポータルを通らずに人が来ることは可能でしょうか。」
この人は単刀直入に言った方が話が進むタイプか。
シタノウチ先生が少し黙り込む。
「んー、あー、なるほどね。この人が平行世界から来たんじゃないかってことね。根拠はあるの?」
「顔が寸分も狂いなく似ていること、日本語が通じないこと、書いてる文字が見たことないことです。」
「見たことのない文字...?どんなの?」
ノートを広げ、"俺"が最初に書いた文字を見せる。
シタノウチ先生の目が少し光ったような気がした。
「確かに... 見たと...ない...ねぇ..」
ゆっくりと、少しニヤつきながらそう呟いた。
すると突然立ち上がる。椅子がバタンと倒れる。
「君たちにいいものを見せてあげよう、こっちおいで」
そう言うと颯爽と歩きだす。
「え、大丈夫なんですか、教授」
ヒガシナカ先生が倒れた椅子を直しながら遠ざかる背中に問いかける。
「大丈夫!大丈夫!」
やはり変人といったところだ。色々と早い。
慌てて自分たちも立ち上がり、シタノウチ先生を追う。
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なるほど、平行世界....
確かにその可能性を捨てていたわけではなかった。
状況的には説得されたら納得しそうではある。
イイダが口にしていたことが絵で示されるとは思わなかった。
真面目な顔でこれを出してくるってことは可能性は大だ。
先ほどの白衣を着た大家さんを見る限りここは研究室だろう。
そう言えば、大家さんの名前知らないな...。
意思疎通を取ってくれたおかげで目の前の3人が同い年であることが分かった。
まぁ、見た目的にそうだろうとは思っていた。ただ意外だったのは生きている時間が違ったこと、こちらの世界の方が3年先だ。平行世界のことはよくわからないがこんなものなんだろうか。映画や漫画で描かれている平行世界はそもそも全く違う技術で成り立っているものが多い。ここまで状況が近い世界だと年月まで一緒だろうと思い込んでいた。ちなみに、この大学は自分が通っている大学に似ているが本校舎の雰囲気が違うのとこのような建物はなかった気がする。
突然の明るい声にびっくりする。
中肉中背、生やしっぱなしの髭、白髪混じり...あれ...ヤマウチ先生?
姿、話し方が似ている、この人は物理学全般担当している教授のはずだ。
こっちの世界でも教授なのか...。運命だな。
相変わらず理解できない言語でやり取りしているのを眺める。
ヤマウチ先生らしき人がこちらを見て何か問いかけて来たが分からない。
そして"俺"が俺の名前が書いてあるノートを見せる。
突然立ち上がり、椅子が倒れる。颯爽と歩きだす。
こっちの世界でもこんな感じなのか...。大変だな。
どうやらついて来いといった感じなのだろう、3人が立ち上がった。
自分も立ち上がってヤマウチ先生についていく。
この倉庫は机と椅子以外がなく、どこで研究をしているのか。
その答えは至極簡単だった。建物の隅の方に黒いカーテンがあり、そこを開けると地下へつながる階段があったのだ。本校舎に拠点がないところを考えるに、大きな機械でも置いてあるのだろうか。
コンクリートの階段を響かせながら降りていく、6人も降りてるとさすがにうるさく感じる。降りた先には広々とした部屋が広がっていた。
向かって左側の壁には本棚が敷き詰められている。おそらく専門書かなんかだろう。
本棚近くには作業机のようなものがあり、本が数冊積み重なっている。
そして、部屋が複数あるのだろう、奥の壁にドアが付いている。
ヤマウチ先生は早足気味にその奥の壁のドアに向かっていき、消えていった。
取り残された5人はその場で立ち尽くしていた。相変わらず大家さんはこちらを見ている。目が合うたびに気まずくなる。
そうこうしているうちにドアからヤマウチ先生が大きめの額縁を持って出てきた。
作業机にそれを置き、俺を見て手招きする。
何かと思い、近づく。意図せず体が震える。
そこにあったのは額縁に入った古い紙切れ。
書かれていたのは紛れもない日本語。
読める日本語だった。
思わずヤマウチ先生を見る。
すると何か紙に書いて渡して来た。
”読める?”
この世界は直線か平行か 茶甲 兜 @kabutp5810
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