#3 伝わらない
視界がぼやけてる。
目の調子が悪いのかと思い眼鏡を外そうとする。
「あれ」
眼鏡が掛かってない。
外に出るときは必ず掛けるはず。
掛けずに外に出ることなんてまずない。
というかいつの間に外に出た?
記憶を辿ってみるが、イイダと焼肉を食いに行き、家に帰り、寝た、これだけ。
いつ起きた?酒なんか飲んでないのに記憶が簡単に飛ぶことがあるか?
というかここはどこだ?ぼやっと見える建物に近づき、目を細める。
見たことのある外壁だ。
「...あぁ、俺んちか」
まごうことなき住んでいるアパートの壁だった。
壁のおかげで安心するとは思わなかったが。
何がどうあれ、まず眼鏡を取りに行こう。
気持ちを104号室に向ける。
「m:ma@p;@.!」
その時後ろから高くて大きい声がした。
思わず振り返る。人らしきぼやけた像がこちらに向かってる気がする。
「m:ma@p;@.!」
俺に言っている気がした。
不思議に思って突っ立っていると、その像はほぼ目の前まで来ていた。
目を細める。見たことない顔、女性だ。
「m:ma@p;@.!」
さっきからよくわからない言葉を発している。
それは確かに俺に向けていた。
「え、えっと、なんですか?」
その言葉に女性は少し怒ったような表情で答えた。
「.f[@.s@gp.dsgl;fc.!」
何を言っているのか訳が分からない。
日本語を話してほしい。英語か?
「uh...who are you?」
呆れた表情をした女性は俺の腕を引っ張りどこかに連れてこうとした。
結構力が強く、急だったこともあり抵抗する余地がなかった。
痛いと訴えてみるも見向きもしない。そして何か強く言われた。
気づくと104号室の前にいた。
どういうことだ?目を細めすぎて痛くなってきた。
するとドアが開く。またしても分からない言葉が開いたドアから聞こえてくる。
聞いたことのある声質、イイダだ。
腕を引っ張った女性はその声に向かって話しかけた。
しかし、言葉を詰まらせた。
部屋の中を覗く。
玄関のそばに人がいる、少しぼやけているがイイダだ。
「あ、イイダ」
思わず声が出た。しかし、反応はない。
後ずさっている気がする。
しばしの沈黙.........
居ても立っても居られなくなり、そのまま部屋に上がる。
眼鏡を取れば現状の把握ができるはずだ。
勢いよくドタドタと部屋に歩みを進めたところで気が付く。
もう1人いる。
いつもいる6畳の部屋に誰かいる。
少し驚いたが、勢いよく歩んだことで顔が見えるとこまで来ていた。
俺だ。俺だ。俺?俺だよな。????
そこには眼鏡を掛けていない俺の顔がもう一つ。
歩みに急ブレーキをかける。心臓が跳ね上がりそうだった。
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さっきから目の前の3人は訳の分からない言葉で話している。
何を話している。時折こっちを向いては何か話し込んでいる。
少し笑い声も聞こえた気がする。全体がぼやけている状態は非常に不安だ。
「あのー」
会話試みる、が、沈黙が一瞬訪れてまた理解できない言葉が耳に流れる。
どうしたらいい?このまま机の前に座らされた状態でいいのか?
目の前に立っている"俺"とイイダと女性に何かされるんじゃないか?
いや、夢の可能性もある。だとしたら現実味がありすぎだ。
頬をつねっても起きる気配はない。
「なぁ、イイダ!イイダ!これどういう状況?」
イイダに助けを求める。
突然大きい声を出したことで3人とも引いていた。
痺れが切れた。ぼやけの中イイダに駆け寄り名前を連呼する。
この状況を変えなきゃという気持ちで必死になる。
当然イイダの体は硬直する。何度か名前を呼んだがダメだった。
諦めて先ほど座っていた位置に戻り、顔を伏せる。
「l[@:f[@,オド」
その時オドという音がはっきり聞こえた。
「オド?」
オウム返しをする。
顔上げるといつの間にか近くに来ていたイイダが自分に指をさして"オド"と何度も言ってきた。なんだ?名前か?こっちも指をさして"オド"と聞いてみる。
イイダだと思っていた奴は激しく頭を縦に振る。余計に訳が分からない。
どう考えてもイイダの見た目だ、ふざけているのだろうか。
いや、ここまで来るとふざけてない、マジだ。
するとオドと名乗るイイダは灰色のリュックサックのようなものからペンとノートを取り出し、こちらに渡して来た。何か書く振りをしている。なるほど筆談か。早速自分の名前を書いた。
サエキ
ノートをオドとさっきからずっと離れたところで話している2人に見せる。
感じる雰囲気的に伝わっていないようだ。文字もダメなのか。
とりあえずこのぼやけた世界をどうにかしよう。
ノートに眼鏡の絵を描き、オドに見せ、掛ける振りをして目を細める。
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机の前で目を細めている"俺"はオドにノートを何か書いて見せた。
するとオドは何か理解したのか、灰色のリュックサックから眼鏡ケースを取り出した。
「あ、目が悪かったのね」
カイアがそう呟いた。
俺だと思って話しかけたときに睨まれたかと思って気分が悪かったらしい。
さっきまで俺たちは今目の前にいる"俺"が何なのかを話し合っていた。
突然"俺"がオドに駆け寄ったときはさすがに驚いたが。
可能性として以下が挙げられた。
明晰夢、ドッペルゲンガー、そういうイベント、そして、平行世界だ。
オドが真面目な顔で「そういうイベント」と言った時は少し笑ってしまった。
可能性としてはゼロに近いが、こういう状況なのでなくはないと思ってしまう。
「カイアはどれが可能性が高いと思う?」
「んー、ドッペルゲンガーかなー。明晰夢はないと思う。ほら。」
そう言って俺の頬つねってくる。
この幼馴染、腹立つ。
「痛いな!自分のでやってくれよ」
「ははは、これで夢ではないことは分かった。サエキは?」
「平行世界だと思う」
おそらく挙げた中では一番可能性が高いと思っている。
平行世界の存在が報道された当時、ポータルの繋がっている先が本当に平行世界なのかどうか疑われていた。学者たちは証明のため目の前で何度かポータルを繋ぎ、そこに手を突っ込み、その先にある物を掴んで引っ張りだしたのだという。
取り出されたものはこちらの世界には存在しない文字が書かれた紙であったり、
今の技術では作れないような小さな機械だったのだ。一般に公開された時期もあり、平行世界を信じる人が増えたのだ。しかし、現在でも疑っている人はいる。
その後なんども実験が行われ、最近では人が通れるほどのポータルを開けるようになり、向こうの世界に行ったのではないかと噂されている。
「じゃあ、ポータルを通ってきたってこと?」
「平行世界だとしたらね、でも見てる感じそうじゃないようにも見える」
「確かに、平行世界に来たってわかってるならあんなに動揺しないもんね」
"俺"に視線を向ける。
どうやらオドの眼鏡を掛けたようだ、こちらをじっと見ている。
その顔は困惑に満ちていた。目が怖い。俺あんな顔になんのか。
「サエキ、どうする?」
こちらを振り向いたオドが聞いてくる。
「んー、シタノウチ先生に聞いてみるかな、あの人なら状況理解早そうだし」
オドが納得した表情をする。
シタノウチ先生、大学の平行世界学を専門に担当している教授だ。
学問としては歴史が浅いため、数少ない専門家として重宝されているらしい。
オカルトにも精通しているかなりの変人だが。
「えー、春休みに大学行くの...」
カイアも同じ大学に通っている。
「別に一緒に来いとは言ってないけど」
「いや、気になるじゃん」
「じゃあ、決まりだ」
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