#2 平行世界によこうそ

「なぁ、サエキ、平行世界分かるか?」

机にかじりついていたオドが顔をこちらに向けて聞いてくる。

オドの対面で漫画を読んでいた俺はその顔を睨みつけた。


「今いいところなんだけど」

「いや、ちょっとは助けてくれよ、この課題難しくてよー。夕飯奢るから、な?」

「じゃあ、焼肉ね」


オドに近づき、ムッとしている顔を無視して手元の課題を見る。


平行世界学概論


「あーこれね」


”この世には平行世界が存在する”

かの物理学者ハイデン・バルシムはそう語り、論文を床に叩きつけたという。

それが1973年の話...40年ほどの前の話だ。その後彼は姿を消したとか。

当然だが皆信じるわけがなかった。でも、証明されてしまったのだ。


世界中の学者が残された論文を基に再現を試みた。

面白半分で研究した者もおり、真面目に取り組んでいたのは一部だったという。

そして月日が流れ、2001年、その存在が大々的に報道された。

当時俺は6歳だったがよく覚えてる。それはそれは相当な騒ぎだった。

両親もテレビを凝視して、興奮した様子で話していた。

それもそうだ、アニメや漫画でしか見たことないようなポータルのようなものが画面に映しだされていたのだ。かなり小さかったが。


発表直後、平行世界に関する国際機関が設立され、研究、管理、法整備がなされた。

あまりにもスムーズだったため、色々と噂が出回っていたらしい。


そんなこんなで一般的に認知され、1つの学問としてまで発展した。

 

オドが顔を伏せながら言う。


「何言ってるかよく分からん、なんだよ"エーキュレート値が上昇することで空間が飽和する"って」

「そのままの意味だろ、エーキュレート値が上がって、空間が飽和するんだよ」


そう言い放ち俺は漫画に視線を戻す。

オドは大きく溜息を吐く


「でもお前、理解してるよなこの授業」

「ん...まぁ、中学生の頃からそういう本読んでたしな」


現に今読んでる漫画だって平行世界に関するものだ。

実際に研究に関わっている学者が分かりやすく描写してくれている。

理解しやすいし、最近判明したことも載せているので知識の更新にもなる。

オドにこの本を教えようかどうか迷っているところではあるが、焼肉を奢ってくれるなら教えないほうが得だ。


「今何の漫画読んで...」

「ユメのコトバ」

「食い気味やめろ」


当然嘘。

無地のカバーで包んでいるため何の漫画かはオドには知りえない。


「てか、課題やるためだけに俺の部屋に来たの?」


伏せた顔からも分かるくらいオドの目が輝いてるように感じた。あと、多分ニヤついている。


「いや、課題もそうなんけど、昨日こんなもん拾ったんよ。」


いつも背負って来ている灰色のリュックサックから銀色で形容し難い形をしたのものを取り出した。思わず凝視する。


「....?」

「お前も見たことない感じか」 


奇妙だ。


「んー、奇妙としか感想が出ない、材質はなんだ?」

「鉄じゃない?重たいし、硬いし」


そう言って俺に渡してくる。

確かに鉄っぽい材質だ。よく見ると、ところどころに波打った模様が入っている。

大きさは片手でギリギリ持てるぐらい。

机に置いて全体を2人で眺める。


「あれ、ここだけなんか黒い」


オドが指差した先を見る。

確かに円形に黒くなっている箇所がある。

気づくと指がそれに触れてい...。


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「おい!サエキ!サエキ!」


オドの声で気が付く。


「ん?どうした?」

「...え?」


オドの顔が怯えてる。


「お前、今起きたこと覚えてないのか?」

「?いや、この黒いとこに触れてさ」


机に視線を向ける。

無い、さっきまでそこにあった奇妙なものが、無い。

困惑してる俺を見てオドが状況を説明しくれた。


俺が黒いとこに突然手を伸ばしたと思ったら、その奇妙なもの全体が黒く染まり、縮小していくように消えていったという。俺を見ると目を見開いたまま固まっていて、1分ほどその状態だったらしい。


「ちょっと待て、待て。縮小して消えたって言ったか?」


オドが声も出さず首を2,3回縦に振る。

俺はなぜか笑いだしてしまった。理解できないものに出会ったとき、人間は笑うことで恐怖を回避しようとする。オドはずっと怖がっている。

俺が笑い出した途端、オドがリュックサックに教科書やらペンやらを詰め込んで帰ろうとする。


ちょうどそのタイミグで玄関前辺りから2人の声が聞こえた。


「なんで逃げようとするのよ!話があるって言ってんでしょ!」

「#-&(+! #-&(+! @($+3(_(&(#):*!」

「ねぇ!なんでさっきからめちゃくちゃな言葉で話すの、それ以上ふざけるなら口聞かないからね。あと目を細めて見てくるのやめてくんない!?」


オドが気付く。


「あ、カイアちゃんだ」


助けを求めるように駆け出し、玄関の鍵を開ける。


「カイアちゃん、ちょうどいいとこに...」


オドが急に黙り、後ずさる。


「あ!オドくん居たんだ。ちょっとさ、助けて欲しいんだけど」


俺と目が合う。

カイアの顔が陰る。


今日は表情豊かな一日だ。


カイアの横からもう一人、目を細めた俺が出てきた。

さすがにこれは恐怖を感じざるを得ない。


今日は感情豊かな一日だ。











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