第2話

胸の高ぶりは半端ではない。

たまに自殺者が現れるというこの場所だが、今夜現れる確率ははたしてどのくらいあるのだろうか。

けっして高くないことは確かだが、俺はクリスマスにこだわり、それに希望を持つことにした。

俺は待った。

なんなら朝まで待ってもいいと思った。

わずかでも望みがあるのなら、いくらでも待つことができる。

と言うよりも、待たずに帰ることなんてとてもできやしないのだ。

とにかく今日は長期戦になると思っていた。

ところがだ。

それほど待たないうちに、ふらふらと誰かがやって来るのが見えた。

髪はぼさぼさで無精髭、まるでホームレスのような汚れた格好の男だ。

男は崖っぷちまで来ると靴を脱いで丁寧にそろえ、それから手を合わせて何事かをつぶやいた後、ふらりと崖下に向かって飛び込んだのだ。

――やったー!

俺は心の中で叫んだ。

心の中だが絶叫と言っていい。

すかさず男が飛び込んだところに向かう。

そこには先ほど見た一足の靴がそろえてある。

崖下を見てみたが、そこはさすがに暗く、なにも見ることはできなかった。

でも確かに見た。

男が崖下に飛び込むのを。

俺は子供の頃からの夢が今かなったのだ。

人が自殺する瞬間をこの目で見たのだ。

あまりの喜びに、俺の体は小刻みに震えだした。

この瞬間が永遠に続けばいいと思った。しかしそれは永遠どころかすぐに打ち破られた。

突然後方から大きな声がした。

「くそっ、失敗しやがった。なんでなんだ」

慌てて振り返ると、さっき崖下に飛び込んだはずの男がなぜかそこに立っていた。

男はしばらくぶつぶつ言っていたが、やがて怒りをあらわにした顔で俺のほうに歩いてきた。

いや男の目は俺を全く見ていなかった。

崖っぷちにむかって歩いたのだ。

しかしその直前に俺がいた。

男の体が俺と重なった。

すると俺は振り返って崖の方に体を向け、靴を脱いでそろえた。

自分の意に反して体が勝手に動く。

そして崖に一歩踏み出した。

――まさか

そのまさかだった。

俺はそのまま崖下に身を投げたのである。


       終

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「自殺者の聖なる夜」 ツヨシ @kunkunkonkon

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