原点回帰

そう思ったところで電話がかかってきた。

画面には「実家」と出ていた。

「もしもし?」

「ああ、大丈夫だった?」

とこの数日付き添ってくれていた母の声がした。

俺は実家で暮らしていた頃の癖が抜けず、電話をするときは外に行くことにしている。いつも通り移動しながら返事をする。

実は退院日にも来てくれると言ってくれていたのだが、もう大丈夫だからと断ったのだ。当然ひとりで帰るのも反対され、ついには父に車を出させるとまで言われたが、そこは無理を言って押し切った。しかしながら心配してかけてきてくれたのだろう。


「大丈夫。今ちょうど着いたとこだったよ」


「そう?ならいいんだけど。あなたはどうもぼーっとしてるところがあるからね。お友達から連絡が来た時も本当に心配したんだから」


「うん、ちょっと疲れてたのかもね。だけど怪我もたいしたことなかったしもう平気だよ」


「本当に大丈夫?無理してない?」


「本当に大丈夫だよ。持ち物は無事じゃなかったけど。スマホも財布も買い替えなきゃだめそう。それに鍵もまた作らなきゃ。」


「ああ、鍵、見つからなかったんだっけ」


「うん……鍵はいいとして、くっつけてたストラップ、結構気に入ってたんだけどな。まあ、見つかったとしても壊れちゃってると思うけど」


「まったく、相変わらずね。まあ、無事で何より。たまにはこっちに顔出してね?」


「わかった。ありがとう」


そして二言三言交わした後、電話を切った。びゅうっと風が吹き付け、身震いする。早く家に入って温まろう。すっかり手が冷えてしまった。


リビングの扉を開ける。ああ、早くふわふわのクッションにダイブして、ゲームがしたい。




しかし、そのクッションはもう使えなさそうだ。洗濯して落ちるとも思えないし。



お気に入りの猫型クッションは黒に染めあげられていた。



クッションの上には少し色の白い少年が口回りを少し黒くして、ちょこんと座っていた。にこにこと笑ったその口からあふれる黒は、今もなお猫型クッションに吸収されていく。


固く握りしめられた手からは、お気に入りだった猫のストラップが揺れている。


こちらを振り返った少年は嬉しそうに口を開く。


「おかえり!」


びしゃっと水音が響いた。


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やっと出会えた 藤間伊織 @idks

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