鋼鉄の犬(その10)
「警察に行きましょう」
と言うと、
「ダメだ。それだと、・・・娘が殺される」
溝口は、首を縦に振ろうとはしなかった。
逆に、身代金はいくらでも払うので交渉してくれと言い出した。
「交渉相手が分かりません」
と言うと、
「・・・工藤が誘拐を頼むのは、元いた暴力団しか思い浮かばない」
それは、新宿にある誠友会という右翼の結社を偽装した暴力団だと溝口が答えた。
可不可が見て記憶した工藤の携帯画面の電話番号をたどると、沙保里を誘拐したのは誠友会の幹部の松谷銀二郎という男と分かった。
「ダメです。やれません。相手が暴力団では・・・」
「では娘はどうなる」
「警察に行ってください」
「それだと娘は殺される」
どうどう巡りの言い合いが繰り返された。
「分かったよ。あとはひとりでやる。・・・君らは馘だ」
溝口はしまいには怒り出した。
今日が、沙保里救出期限の3日目の最終日だった。
アパートを追い出され、可不可を連れて車にもどった。
玲子にそそのかされて探偵事務所をはじめたが、引きこもりのじぶんには、探偵どころか、他人とまともにコミュニケーションすらできない。
それに暴力団と聞いて怯えてしまった。
深夜、玲子から電話があった。
「東條くん、何とかならないの?」
玲子の悲しそうな声がした。
そういえば、沙保里は玲子の従妹だった。
「・・・・・」
何も答えることができなかった。
松谷の携帯のGPSは新宿の誠友会の自社ビル辺りを指していた。
何の当てもなかったが、取りあえずオンボロ車に可不可を乗せて新宿へ向かった。
「取りあえずビール」と同じ取りあえず、だ。
大型デパートの国道を挟んだ裏手にある誠友会ビルに着くころには、日はとっぷりと暮れていた。
松谷の動きは1時間ほどは何もなかった。
デパートの明かりが消えるころ、誠友会ビルの前に大型の角ばった外国車が横づけされ、長身の男が乗り込んだ。
ノートPCの画面上のGPSの矢印が動いているので、長身の男が松谷だろうと思った。
・・・すぐに外国車の後を追った。
外国車は旧武蔵野街道を北へ向かって悠然と走り、驚いたことに暗い丘陵地帯の森に入った。
今夜は雨模様で、墨を流したようなモノクロームの空に星はなかった。
さらに驚いたのは、溝口の持ち物の団地の右手のアパートの前で停まった外国車は、外階段を転ぶようにして降りて来た工藤を拾うと、今度は霊園へ向かう道へと左折した。
・・・ここまで来ると先が読めた。
案の定、工藤を乗せた外国車は、霊園の横の自動車修理工場の前で停まった。
二階の外階段から髯面の巨漢が下りて来て、車を降りた松谷と握手をした。
「可不可、このツーショットを記録してくれ」
オンボロ車の窓を手動で下し、可不可に囁いた。
犬の網膜の奥にはヒトにはないタペタム層という反射板があるので、たいていの犬は、暗闇のわずかな光量でも対象をよく見ることができる。
ちなみに、聴力もヒトより優れていて、1キロメートル離れた距離でも音を聞くことができる。
速く走ることも、泳ぐことも、高く跳ぶこともできる・・・。
犬の身体的能力は、ヒトをはるかに凌駕している。
「ばっちりです」
と可不可が答えたので、車を静かにバックさせ、街路灯の下を避けて路地裏の暗闇の中に車を停め、息を潜めて待った。
これで、構図がはっきりと見えた。
自動車修理工場の二階で大麻を加工するグループが、工藤に大麻の栽培を頼み、大家の溝口の娘の沙保里の誘拐を誠友会に頼んだ工藤が、大麻製造グループとの橋渡しをした・・・。
誠友会でも、覚醒剤に成分の近い大麻ワックスだか大麻リキッドをシノギにしようというのだろう。
・・・今夜はその手打ちなのか?
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