鋼鉄の犬(その9)

しばらくすると、工藤はいつもの洗い晒しの紺色のジャージー姿でやって来た。

全身から大麻の匂いがする。

不自由な右足を棒のように投げ出して、玄関口に半分だけ腰を下した。

足元に寝そべる可不可を胡散臭げに見やると、

「痛む足を引きずってわざわざやって来た。お土産は用意してあるだろうな」

工藤はへらへらと笑った。

「いや、まず娘の声を聞かせてほしい。話はそれからだ」

溝口が言うと、

「親なんかになるもんじゃねえ。いくつになっても心配の種は尽きねえやね。特に可愛いい娘なんかの親にはよう」

などと嫌味たっぷりに説教をはじめた工藤だが、壁を伝って立ち上がると、玄関の扉を開けて外へ出て行った。

可不可が、工藤の足元をすり抜けるようにして後を追った。

10分ほどすると、再び現れた工藤は後ろ手で扉を閉めてから、溝田に向かって携帯を突き出した。

「お父さん。お父さん・・・」

携帯から女の子が呼びかける声がした。

あわててすり寄った溝口が、携帯に取りつこうとすると、

「おおっと」

工藤は、携帯を貧相な顔の横に引き寄せて、

「そこから大声で話しな」

どこまでも意地悪をする。

「沙保里、元気か?」

溝口が大きな声で呼びかけると、

「元気よ。お父さん・・・」

スピーカーフォーンから返事があって、そこで電話は切れた。

「さあ、これでどうだ。・・・そっちから何か提案してくれ。事と次第によっては大事な娘を返してやってもいいぜ」

工藤は、髑髏顔をぐいと突き出し、ニヤリと笑った。

「あっ、いや、その、・・・工藤さんの方から条件を言ってもらいたい」

溝口はしどろもどろながら、筋書き通りを口にした。


まんざらでもないような顔つきの工藤は、顎をひと撫ですると、

「・・・そうだな、まず俺はサツが大嫌いだ。どんなことがあってもサツは引っ張り出さねえこと。サツにたれ込んだら、娘の命はないと思え」

と、くどいほど念を押したあと、この団地での大麻の栽培を黙認することを強要した。

「そっちのお兄ちゃんは大学生で学があるだろうから、この二つを念書にして差し出してくれ。それでもって、娘は熨斗つけて返してやらあ」

偉そうに大見得を切った工藤は、肩を揺らして意気揚々と引きあげて行った。


だが、・・・念書を渡したが、娘の沙保里は帰って来なかった。

「どうなってるんだ」

溝口が血相を変えて、工藤のアパートの部屋にねじ込んだ。

「そいつは、あずかり知らねえ」

おびえたような表情の工藤は、溝口の鼻先でぴしゃりと扉を閉じ、携帯電話も通じなくなった。

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