鋼鉄の犬(その8)

自動車整備工場に沙保里は監禁されていないのだけは分かった。

別の場所には分社も工場もないようなので、首謀者の自宅に連れ込まれたのかもしれない。

HPを公開していないので、ハッキングして会社の情報を探ることはできなった。

工場を監視して、従業員の後をつけたりして、首謀者を割り出すしかなかった。

もっとも、工場に荒っぽい手口で侵入したので、彼らも用心して簡単には尻尾はつかませないだろう。

だいいち、大麻の加工工場も、とっくに別の場所に移したかもしれなかった。


午後に、丘陵のアパートの管理室に出向くと、溝口は双眼鏡で工藤の部屋を監視しながら、昨夜のわれわれの捜査報告を聞いた。

「あれから、娘からは何の連絡もない」

溝口は、昨夜は一睡もしなかったのか、げっそりとやつれた顔をしていた。

「工藤の奴、ここに居座るつもりだ。・・・住人を脅して、大麻の栽培を続けさせようとしている」

「本人からは何も言って来ないのですか?」

溝口は首を振り、

「こっちから条件を出させようとしているのだろう。・・・ここの団地での大麻の栽培を黙認するとか、警察にはタレ込まない、とか。・・・3日以内と言ったが、今日で打ち切りだ。あんたたちに頼んだのがまちがいだった。とっとと帰ってくれ」

双眼鏡から目を離さずにそういった。

・・・依頼人にそう言われれば、帰るしかなかった。


いったん引き上げかけたが、思いつくことがあった。

「今から工藤の部屋に出向いて、逆に相手の要求を聞いてみてはどうです」

と提案すると、

「それで?」

と溝口は前のめりになった。

「まず、娘さんをほんとうに誘拐したかどうかを聞いてみるのです」

「昨日の奴の態度だとまちがいないだろう。娘は帰って来てないし、携帯もずっと通じない」

「よくドラマなんかにありますが、無事かどうか娘の声を聞かせろ、とまずやるんです」

溝口は顔を向け、黙って聞いていた。

「まず無事を確認して、それから交渉です。呑める条件なら呑んで、まず娘さんを取り戻すことです。それから警察に行ったらいいです」

「警察だって?・・・それはダメだ」

「工藤を訴えるのではなく、自動車整備工場を訴えます。蛇口の詮じゃないですが、元栓を締めれば、工藤に仕事は回って来ません」

それを黙って聞いていた溝口は、携帯を取り上げてボタンを押した。

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